第191話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の六十五
「ステラ……セルフィ……助けて……！」
リリカの切実な叫びが、鍾乳洞の静寂を切り裂いた。
その声は冷たい岩壁に反響し、何重にも重なって耳に届いた。
その孤独な響きには、深い恐怖と絶望が滲み出ていた。
それは単なる叫びではなく、心からの救いを求める声だった。
一方、ステラとセルフィは、不意に耳に飛び込んできた声に驚き、互いの顔を見合わせた。
「ステラ……セルフィ……！」
「リリカ……？！」
ステラが驚きと戸惑いの入り混じった声を漏らしながら周囲を見回した。
しかし、リリカの姿はどこにも見当たらない。
「今の声、確かにリリカの声だったわ！」
セルフィもまた、困惑した表情で声を震わせた。
「……間違いありません！ 私にも聞こえました！」
ステラが言葉を絞り出すように話す間にも、胸の中で何かがざわめくのを感じていた。
それは不安や疑念ではなく、もっと深い、本能的な感覚だった。
その瞬間、ステラの背中に異変が起きた。
彼女の背中に刻まれた半円形の魔法陣が突如として熱を帯び、微かに輝き始めた。
その光は脈動するように明滅しながら次第に強さを増し、ついには眩い光を放つに至った。
「……これ、何？」
ステラが驚きの声を上げると、セルフィが目を見開いてその現象に注目した。
「その魔法陣リリカ様の背中にもありましたよね？ 何かをを知らせているのかも！」
セルフィの言葉に、ステラはハッとした表情を浮かべた。
「リリカが危ない。嫌な感じがする」
ステラはそう断言すると、強い決意を宿した目でセルフィに向き直った。
その真剣な眼差しに、セルフィも深く頷き、静かにステラの行動を見守る。
すると、次の瞬間、ステラの背中に漆黒の翼が広がった。
その翼はまるで夜空そのものを映し取ったかのように黒く、美しく、そして不思議な力強さを感じさせるものだった。
その羽根は、彼女の内なる力が具現化したかのように輝きを放ち、周囲の空気を震わせた。
「ナーガ！行くわよ！」
ステラが叫び、翼を大きく羽ばたかせた。
彼女の動きは優雅でありながら力強く、一気に宙に舞い上がった。
その姿はまるで風そのものと一体化したかのように滑らかで、見る者の心を掴む威厳を備えていた。
暗闇の中、リリカはただじっと耳を澄まし、微かな希望を抱いた。
それでも、静寂は続き、不安が胸を締め付けた。
「きっと助け来てくれる……」
リリカは小さく呟いた。
その瞬間、洞窟の中にこもる空気が揺れ、彼女の背中に刻まれた魔法陣がかすかな光を放ち始めた。
その光は、最初はほんの微かな輝きだったが、徐々に強さを増し、洞窟内の暗闇を静かに追い払っていく。
「えっ……？」
リリカは驚きの声を漏らした。
彼女の背中に刻まれた半円の魔法陣が、心地よい暖かさを伴って輝き始めた。
それは疲れ切った彼女の体を包み込み、まるで優しい手が癒してくれるかのようだった。
「何が起きてるの……？」
彼女は目を見開きながら背中の感覚に意識を集中させた。
橙色の光が洞窟内に広がり始めた。
光は、まるで生きているかのように波打ち、洞窟の壁に反射して美しい模様を描き出していく。
その光景に、リリカは思わず言葉を失った。
「暖かい……お母さん……？」
自然とその言葉が唇から漏れた。
彼女の脳裏に、一つの光景が浮かび上がる。
それは、自分の記憶にはないはずの光景だった。
一人の穏やかな女性が微笑み、両腕に二人の赤ん坊を抱いている。
赤ん坊たちは無邪気に笑い、その笑顔を見つめる女性の表情には深い愛情が溢れていた。
「誰……？」
リリカの心の中に、説明のつかない懐かしさが広がっていった。
その光景は、彼女の恐怖や痛みを薄れさせ、穏やかな感情で満たしていく。
その間にも、彼女の背中に刻まれた魔法陣の光はさらに強さを増していった。
そして突然、魔法陣が自らの意志を持つかのように、治癒魔法を発動し始めた。
リリカの体に浸透する光は、彼女の体を毒と傷から解放していった。
蛇の毒に侵された体はみるみるうちに回復し、疲れ切っていた体が活力を取り戻していく。
「これ……まるで治癒魔法……？」
リリカは驚きと共に呟いた。
傷口が塞がり、体中の痛みが和らいでいくのを感じながら、彼女は自分の腕の中に抱えていたチャチャを見つめた。
その小さな体にも、魔法陣の光が降り注ぎ、生命の力を与えていく。
チャチャが微かに鳴き声を上げた瞬間、リリカの目には涙が溢れた。
「チャチャ……本当に良かった……」
彼女は安堵の息をつきながら、チャチャを優しく抱きしめた。
その光景は、暗闇に閉ざされた洞窟の中で、まるで奇跡のように輝いていた。
リリカの魔法陣の光はさらに強さを増し、洞窟内の空間を完全に照らし出すと、ついには天井を貫いて一本の光の矢となった。
その光は、まるでリリカの存在を知らせる信号のように、まっすぐと天空へ伸びていった。
その頃、空を飛んでいたステラの瞳が、その光を捕らえた。
彼女の「龍の目」は、その鮮烈な輝きを見逃さなかった。
「リリカ……！」
彼女の胸中に熱い衝動が駆け巡った。
その光は、リリカが危機に陥っていることを知らせる確かな証だった。
「リリカ！ どうか無事でいて」
ステラはその言葉を口にすると、背中の漆黒の翼を大きく広げ、光の矢の元へ一直線に飛んで行った。
リリカは鍾乳洞で毒に侵され孤独な叫びを上げる。その時、彼女の背中の魔法陣が光を放ち、治癒魔法が発動して命を救う。その光は洞窟を照らし、天空の矢となってリリカの危機を知らせる信号となる。リリカの危機を確信し救出に向かうステラ。漆黒の翼で風よりも早くリリカの元へ向かうステラであった――。
