第178話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の五十二
鍾乳洞の冷たく湿った空気が、重傷を負った姉妹の体に容赦なく纏わりつく。
マナは全身の痛みをこらえながら、姉マノを背中に背負い、足元のおぼつかない岩場を出口へ向かって進んでいた。
「絶対にここから出るんだから……!」
マナは必死に自分を奮い立たせる。
だが、その背に負ったマノの体は重く、時折姉の呻き声がマナの耳に届くたび、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
「マノ……大丈夫……」
マナの声は弱々しく震えていた。
彼女の右手と右足は、大蛇に地面へ叩きつけられた衝撃で不自然な方向に曲がり、見るからに損傷が激しかった。
顔は激痛に歪み、額には冷たい汗が滲んでいた。
マナは痛みに耐えながら一歩一歩進む。
しかし、その体はすでに限界に近づいていた。
大蛇の牙が残した毒がじわじわと全身に回り、足の感覚が鈍くなっていく。
どれだけの歩いたのだろう。
マナはついに力尽き、膝をつく。
その勢いで、背負っていたマノがずるりと地面に滑り落ちた。
「ごめん……マノ……ごめんね……」
息を切らしながら、マナは地面に倒れ込む姉を抱き寄せる。
自分も限界だった。
怪我の痛みと、毒が全身を回っているせいで手足の自由がきかず、力が入らない。
マノは激痛に顔を歪めながら、かすれた声で言った。
「もう……これ以上は動けない……」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
その涙は痛みだけではなく、姉を救えない罪悪感からくるものだった。
「いやだ……こんな所で……私たち……」
マナは必死に言葉を繋ごうとしたが、彼女の視界がぼやけ始め、意識が遠のいていく。
「うう……」
マナはとうとうその場に倒れ込み、意識を失った。
どれだけの時間が経ったのか分からない。
冷たい感覚が頬に伝わり、マノはゆっくりと目を開けた。
視界には暗闇が広がり、ぽたぽたと滴る水の音が鍾乳洞内に響いている。
「……マナ?」
声を絞り出すように呟き、隣に目を向ける。
そこには妹マナが横たわり、弱々しい呼吸を繰り返している姿があった。
「マナ! しっかりして!」
マノは力を振り絞って妹の肩を揺さぶろうとしたが、自分の体が動かないことに気づいた。
毒が全身に回り、手足の感覚が完全に麻痺していた。
「助けてくれてありがとう。マナ……こんなところで……死ねない……」
マノは自分を叱咤しながら、目に浮かぶ涙をこらえた。
その時、隣のマナが微かに身じろぎし、震える声で言った。
「マノ……意識が戻ってよかった……」
そういうマナの姿を見てマノは驚きと恐怖を感じながら囁いた。
「マナ! その体……」
マナの右半身は、大蛇に地面へと叩きつけられた衝撃によって、見るに堪えないほどの無惨な状態になっていた。
右肩から肋骨にかけての骨は、何本も折れて変形し、一部は皮膚を突き破って外に露出していた。
その光景は凄惨で、生々しい赤黒い血が傷口から滴り落ち、地面に小さな血溜まりを作っている。
右腕は完全に力を失い、不自然な方向に曲がり、肘や手首の関節は本来あるべき場所から外れているように見えた。
指先までもがひどくねじれていて、生気を失ったその姿は痛ましい限りだった。
右足も同様に深刻な損傷を受けており、大腿部から膝、さらには足首に至るまで、あらゆる部分が破壊的な力で損壊していた。
特に膝関節は異様に逆向きに曲がり、骨の破片が皮膚を突き破って所々から露出している。
足元の地面は、彼女から流れ続ける血液によって染まり、出血は一向に収まる気配を見せなかった。
損傷した右半身は、彼女の身体がいかに凄まじい衝撃を受けたかを物語るかのように、まるで壊れた人形のように無力で、見る者の胸を締め付ける惨状だった。
「こんな体で……」
マノは言葉を失う。
そしてマノは壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。
痛みに顔を歪めながらも、一歩を踏み出す。
「私が行く…………絶対に助けを呼んでくるから、ここで待ってて……」
その言葉にマナは、涙を流しながら
「そうだね……マノ……私はもう動けない……私待ってるから……」
マノは振り返ることなく、出口の方向へゆっくりと歩き始めた。その背中は小さく、痛々しいほど弱々しかったが、その一歩一歩には強い決意が込められていた。
「絶対に戻るから……だから、待っててね……」
その声が静かに鍾乳洞の闇に吸い込まれていく。
マナは姉の背中を見送ることしかできなかった。
「マノ……あなただけでも……」
涙が頬を伝い、地面に落ちる。
マノの後ろ姿が見えなくなると、マナは再び目を閉じ、心の中で祈り続けた。
「どうかマノが無事たどり着けますように……」
マナは重傷の身で姉マノを背負い、鍾乳洞の出口を目指すが、限界を迎え倒れてしまう。体を蝕む痛みと毒に耐えながらも、マナは必死で姉を守ろうとする。一方、意識を取り戻したマノは、傷ついた妹を見て涙を流し、自分が助けを呼ぶと決意する。絶望的な状況の中で痛みをこらえ、一歩一歩進むマノの背中には、強い覚悟が宿るのであった――。




