第177話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の五十一
猫の魔獣の背中にしがみつきながら、マナは冷たい鍾乳洞を全速力で駆け抜けていた。
湿った空気が肺に重くのしかかる中、暗闇の先に感じる大蛇の気配が徐々に近づいている。
「絶対に見失わない……!」
マナは自らを奮い立たせた。
猫の魔獣は得意の嗅覚を頼りに進んでいる。
そのたびに低く唸り声を上げ、獲物を狩る捕食者の鋭い目を光らせていた。
やがて通路が広がり始め、鍾乳洞の天井も徐々に高くなった。
異臭が鼻をつく――蛇独特の湿った匂いと、腐敗臭。
マナは直感的に感じ取った。
「……行き止まりが近い!」
それは彼女が過去に水晶採掘で鍾乳洞を探索して得た経験から来るものだった。
足元の岩肌の変化や周囲の湿度や風の流れ。
「間違いない!」
マナは確信した。
目の前に広がる広間は、洞窟の終着点だった。
中央にはまるで岩の山のような塊が鎮座しており、その横に大蛇が睨みをきかしている。
「ここがあなたたちの寝床なわけね……!」
マナは魔力弓を手に構えながら、猫の魔獣の背中から飛び降りた。
だが、その瞬間、目の前の「岩の塊」が低い唸り声を上げ、ゆっくりと動き始めた。
「嘘……!」
それはもう一匹の巨大な黒い双頭蛇だった。
「なんて大きさ……私たち、逆に誘い込まれたの……?」
マナの胸に恐怖がよぎる。
だが、その時、大蛇が姉マノを口から吐き出し、無造作に地面へ放り投げた。
「マノ!」
彼女は駆け寄りたい衝動に駆られたが、二匹の蛇が立ちはだかり、それを許さない。
「……絶対に負けられない!」
マナは覚悟を決め、魔力弓を構え直した。
彼女の横で猫の魔獣が低く唸り、牙を剥き出しにして蛇たちを威嚇する。
大蛇がマナを目がけて突進してきた。
その巨体が洞窟の壁を削りながら迫る。
「こっちに来ないで!」
マナは弓に魔力を込め、青白い矢を放った。
光の矢は大蛇の片目に直撃し、咆哮が洞窟全体に響き渡る。
「やった!」
マナが次の矢を取り出そうとしたその瞬間。
「グハ!」
マナは死角から双頭蛇の鞭のようにしなる尾で、地面にたたきつけられてしまった。
ほんの一瞬、全身を貫く衝撃と痛みに気を失う。
「……私……何してるんだろう?」
見開いた視線の先に横たわるマノの姿、マナは全身の痛みに耐えながら立ち上がった。
仕留めたはずのマナが立ち上がり、大蛇の動きが一瞬止まる。
その隙を見逃さず、猫の魔獣が大蛇に飛びかかり、鋭い爪で鱗を裂く。
しかし、残りの双頭蛇が同時に動き出した。一匹は猫の魔獣に、もう一匹はマナに狙いを定める。
「くっ……!」
巨大な尾が地面を叩きつけ、マナは衝撃でよろめいた。
もう一匹が大きく口を開け、牙を剥いて彼女に迫る。
「これでもくらえ!」
マナは痛みを必死でこらえて、咄嗟に横へ飛び、再び魔力弓を引いた。
矢は蛇の口の中に突き刺さり、苦しみの咆哮を引き起こす。
「猫の魔獣さん、お願い!」
猫の魔獣はマナの声に応えるように再び跳び上がり、蛇の首元に牙を突き立てた。
その動きは俊敏かつ力強く、徐々に蛇を追い詰めていく。
マナは弓を放ちながら隙を見つけ、倒れた姉の元へ駆け寄った。
「マノ、大丈夫? 目を開けて!」
マノの体は冷たかったが、微かに呼吸をしているのが分かった。
「よかった……生きてる……!」
彼女を抱き起こしながら、背後で猫の魔獣が大蛇と双頭蛇と戦いを繰り広げているのが見える。
だが、数の差は歴然としているようだった。
蛇たちは息を合わせるように次々と攻撃を仕掛け、猫の魔獣は防戦一方に追い込まれていく。
その瞬間、猫の魔獣がマナの側に戻ってきた。
その瞳には緊迫感が宿り、マナの腕にしがみつくようなしぐさを見せる。
そして、出口の方を向きながら低く鳴いた。
「まさか……私たちを逃がそうとしてるの?」
猫の魔獣は再び力強く鳴き、マナの背に顔を押し付けて促すような動きをした。
「……ありがとう、猫の魔獣さん。絶対に助けを呼んで戻ってくるから……!」
マナはマノを抱きかかえ、涙を浮かべながら猫の魔獣に最後の一瞥を送った。
そして、洞窟の出口に向かって走り出した。
背後では猫の魔獣が三匹の蛇を引きつけるため、力強く咆哮を上げていた。
「絶対に戻るから……待ってて!」
その咆哮が徐々に遠のく中、マナは振り返ることなく、出口を目指した。
マナは鍾乳洞の奥で双頭蛇に囚われた姉マノを救うため、魔力弓を手に勇敢に戦いを挑む。猫の魔獣が共闘し、大蛇たちとの激しい攻防が繰り広げられる中、マナは命がけで姉を助け出す。しかし、数に勝る蛇たちに追い詰められる状況で、猫の魔獣はマナとマノを逃がすため自ら囮となる。涙ながらに感謝と決意を胸に、助けを求めて洞窟を走り抜けるマナであった――。




