第160話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の三十四
リリカは巨大魚に腕を咥えられたまま、泉の中を漂っていた。
周囲の水は暖かく、静かに揺れる中、リリカは不思議と恐怖心を感じていなかった。
むしろ、この泉の中で見るものすべてが新鮮で、どこか楽しげな気分さえ味わっていた。
ふと、「この子、私を食べようとしているのかな?」
と心の中で問いかけると、脳内のサーガが呆れたように答えた。
「その可能性が高いな。さて、どうするんだ?このまま食われる気か?」
リリカは少し困ったよう答えた。
「そうじゃないけど……私、泳げないし。それに見てよ、いろんな魚やカラフルなエビ、可愛いカニまでいるよ!」
彼女の目は楽しげに泳ぐ小さな魚たちに向けられていた。
サーガは心の中で軽くため息をついた。
「本当に余裕のあるやつだな。だが、このままでは本当にこの魚の腹の中に収まることになるぞ」
リリカが考え込んでいると、突然、水の中で激しい動きが起こった。
何かが急速に近づいてくる気配がしたかと思うと、二体の魔獣が信じられないスピードで巨大魚に襲いかかったのだ。
リリカはその勢いに巻き込まれ、何とか必死に魔獣の一体にしがみつこうとしたが、強い流れに引きずられ、気を失ってしまった。
「リリカ……リリカ……!」
サーガの声が聞こえ、リリカは重いまぶたをゆっくりと開けた。
ぼんやりとした視界が次第に鮮明になる。しかし、何かがおかしかった。
周囲には薄暗い鍾乳洞が広がり、近くには小さな焚き火が燃えている。
リリカは自分の体に視線を落とし、驚愕した。
自分の腕が普段とは違うことに気づいた。
黒いうろこがびっしりと覆われ、指先には鋭い爪が生えていたのだ。
「こ、これ……どういうこと?」
リリカは自分の体に違和感を感じ、混乱しながらも鍾乳石に映る自分の姿を確認しようとした。
その姿は、まるで人間と龍が融合したかのような姿だった。
「サーガ、これ……私どうなっちゃったの?ここはどこなの?」
リリカは震える声でサーガに問いかけた。
サーガが冷静な声で答えた。
「どうやら今の君は、ある種の戦闘モードに変化したようだな。半分が君で、もう半分が私の力を反映した姿……つまり龍人というわけだ」
リリカは呆然としながらも、自分が龍の特徴を持った姿に変わっていることを確認した。
だが、その驚きもつかの間、奥の方から小さな物音が聞こえる。
暗がりの中から、二体の小さな魔獣が顔を覗かせていたのだ。
魔獣は可愛らしいカワウソの姿をしており、リリカに少し近づいてきて小さな声で話しかけてきた。
「あの~、騎士様……?」
リリカは驚きと嬉しさの入り混じった表情で声を上げた。
「あなたたち、話せるの?」
カワウソの魔獣は笑顔を浮かべ、少しはにかむように答えた。
「はい、私たちは昔からこの泉を縄張りとしています」
その言葉にサーガが答えた。
「彼らは、封印されたナーガから漏れ出た魔力で進化した亜種だ。この辺りには、彼らのように人語を理解し、人並みの生活を送る魔獣が存在するんだ」
リリカはその説明に感動した表情を浮かべ、優しくカワウソたちに語りかけた。
「助けてくれてありがとう。ここは、あなたたちのお家なのね?」
カワウソの魔獣たちは嬉しそうに頷き、焚き火で焼いた魚や貝、エビをリリカに振る舞ってくれた。
リリカはその温かな心遣いに感謝しながら、素朴で美味しい料理を一口ずつ頂いた。
食事の間、サーガとカワウソたちの会話から、この泉が他の泉や地下の鍾乳洞ともつながっていることを知った。
リリカはこの場所の秘密に胸を躍らせつつも、ふとチャチャとレオンのことを思い出した。
「そうだ、私……レオンとチャチャを置いてきちゃったんだわ!泳げないから、この泉から上がるのも難しそう……」
リリカは困惑した表情を浮かべながらカワウソたちに頼んだ。
「お願い、地上まで送ってくれる?」
カワウソの魔獣たちは満面の笑みでうなずき、リリカをサポートしてくれることを約束した。
リリカは再び彼らの背にしっかりとつかまり、水の中を地上に向かい進み始めた。
柔らかな水の流れに包まれ、リリカはカワウソたちの力強い泳ぎに身を委ね、少しずつ地上に向かっていく。
やがて、彼らは水面にたどり着いた。
地上の空気を吸い込むと、リリカは安心した表情で深呼吸をする。
そして、ついにレオンとチャチャの姿が見えた。
二人とも必死にリリカを探し、龍神の姿のリリカを見つけた瞬間、少し戸惑っていたがすぐにリリカと分かったようだった。
「リリカ様!無事でよかった……!」
レオンは胸を撫で下ろし、心からの安堵の表情を見せた。
リリカもまた笑顔で応え、
「ごめんね、心配かけちゃって。助けてもらったのよ、このカワウソさんたちにね」
と彼らを紹介した。
カワウソたちは照れくさそうに微笑みながら、礼儀正しくレオンとチャチャに頭を下げた。
レオンはその様子を見て不思議そうにしながらも、
「本当に感謝します……」
と礼を述べた。
泉に落ちたリリカを救ったのは、以外にもカワウソの魔獣だった。おかげでリリカたちは再会を果たし、カワウソの魔獣たちにお礼を告げながらその場を後にすることにした。泉を守護する魔獣たちの友情と温かさに触れ、リリカは新たな仲間を得たような心地でその場を去ったのだった。――。




