第159話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の三十三
ヤマタイコクの国防警備隊に属する二人の兵士は、夜の森で緊張に満ちた顔を見合わせていた。
作戦遂行の時間が迫る中、先ほどの出来事が彼らを動揺させていたのである。
「もう作戦開始の時刻だというのに……あの邪龍の結界も城も、すべて破壊されてしまったらしい。敵の人数は四人と一匹の魔獣だと聞いているが、何者なんだ?」
一人が低く呟くと、もう一人が険しい表情で頷いた。
「先程の耳無しの者と猫の魔獣。あの一団に違いないだろう……。我々は何としても邪龍の行方を確かめなければならない……」
警備隊の兵士たちは急ぎ、隊に合流するために密林を進んでいった。彼らの焦りと使命感が漂うその場に、静かな夜の空気は緊張感を増していた。
ステラとセルフィは、温泉で疲れを癒した後、優雅にお茶を楽しんでいた。
湯上がりのほてりが収まる中、夜の静寂と共にハーブティーの香りが漂い、心が落ち着く穏やかな時間が流れていた。そんな時、ステラは外の気配に気づき、カップをそっと置いた。
「リリカたち、まだ戻ってこないわね。チャチャもいないし、きっと遠くまで散歩に出かけているのでしょう。でも、それよりも先に客人が訪れたようね」ステラは静かに外を見やり、微笑んだ。
セルフィも注意深く耳を澄まし、感じ取った。
「本当ですね、かなりの人数です。私たちがここで派手にやらかしましたから」
ステラは頷きながらも穏やかに微笑み
「まだまだ増えそうね」
と口にした。
セルフィは驚き、尊敬の眼差しでステラを見つめた。
「気配を感じ取っていたのですね、さすがです……私はつい先ほど気づきました」
「さて、準備をしましょうか」
ステラがそう言った瞬間、周囲の影から白い鎧をまとった一人の女性が姿を現した。
彼女は白い仮面をかぶり、毅然とした立ち居振る舞いをしているものの、少し緊張した様子が見て取れた。
仮面越しに鋭い視線でステラをじっと見つめると、彼女は仮面を外し一礼し、静かに口を開いた。
「私はヤマタイコク第15地区警備隊、隊長のエルンと申します」
エルンの声には張り詰めた緊張が込められていた。
ステラは柔らかな声で答えた。
「私はエルフェリア王国、猫耳メイド大隊の隊長、ステラです。お会いできて光栄です」
エルンとステラはゆっくりと歩み寄り、固い握手を交わした。
エルンの手は少し震えていたが、強い意志が伝わってきた。
セルフィはその様子を見て席を譲り、手で示してエルンに「どうぞ」と勧める。
ステラは微笑みを浮かべ、丁寧に尋ねた。
「お茶をいかがですか?エルンさん」
エルンは少し驚いた表情で恐縮しながら一礼し、
「ありがとうございます……いただけますか」
と返した。セルフィが手早くお茶を準備し、エルンにカップを手渡すと、エルンはその香りを楽しむように深呼吸し、少し緊張を和らげたようだった。
一口飲んで静かにカップを置いた後
「美味しい!こんな美味しい飲み物は初めてです」
と自然と笑顔になった。
エルンはステラに視線を向け、穏やかな表情で尋ねた。
「ステラ様、貴方たちがここでいくつか派手な行動をとられたようですが、我々の警備隊にとっては、何らかの対応が必要です。まれに魔獣が侵入することはありますが、地上の人間がここまで入り込むのは前代未聞です」
ステラは軽く頷きながら、
「そうね。その件については謝罪します。ごめんなさい」
と答えた。
エルンの表情が僅かに変わり、彼女の緊張が少しだけ和らいだように見えた。
「邪龍について……ですが、今の状況は思わぬ事態に陥っております。邪龍が結界から姿を現し、封印が破られたことは国全体に広まり、警備の要も崩されております。そして、我々がここに来た際、邪龍の気配がありませんでした。しかし、ステラ様……」
と、言い淀みながらも意を決して問いかけた。
「貴方様から、邪龍ナーガの気配を感じるのは何故なのでしょうか?」
その問いには、確かな疑念が込められていた。
ステラは穏やかに微笑み
「確かに邪龍ナーガは復活しました。ですが、あなた方が危惧するナーガはもういません。魔力体であったナーガは、私が取り込んでいます。ですから、もう安心していただけるかと思います」
と静かに説明した。
エルンは驚きに目を見開き、しばし無言でステラを見つめた。そしてやがて、深く息を吐きながら、静かに言葉を継いだ。
「ステラ様……、ヒミコという名はご存知でしょうか?」
「ええ、知っています。遥か昔、この地を建国し、ナーガを封印した巫女の名ですよね?」
ステラはその名を口にしながら、過去の出来事を思い浮かべた。
エルンは真剣な表情で深く頷いた。
「そうです。そのヒミコ様は、ヤマタイコクに古くから伝わる伝説に登場する存在です。彼女が残したお言葉を、ご存知でしょうか?」
ステラは首を振り、穏やかな声で応えた。
「いいえ、聞いたことがありません。何かその伝説に関係があるのでしょうか?教えていただけますか?」
エルンは慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「ヒミコ様は、その生涯の最後にこう言い残されたと言います。『邪龍復活せし時、我もまた甦る。その姿、見紛うことなかれ』……」
その言葉に、ステラとセルフィは黙り込み、視線を交わした。
「私は確信しております」
エルンは神聖な目でステラを見つめながら、声に少しの震えを込めて続けた。
「ステラ様、貴方様はヒミコ様の生まれ変わりであり、伝説の巫女、ヒミコ様そのものです」
セルフィは驚愕の表情を浮かべ、ステラの横顔を見つめた。
彼女が知っているステラが、ヤマタイコクの伝説に登場する巫女の生まれ変わりだというのだろうか。
ステラもその言葉に困惑を隠せなかったが、心を落ち着け、静かに問い返した。
「エルンさん、あなたのその確信は、何か特別な証拠に基づくものですか?」
エルンはカップを置き、深い呼吸をしながら言葉を選んで答えた。
「実は、ヒミコ様の残した預言の中に、彼女の魂は未来の世にも伝わり、ヤマタイコクの存亡に関わる者に宿ると伝えられています。邪龍ナーガを封じ、ヤマタイコクを守ったその巫女の魂が再び現れるとき、我々の国も再び新たな時代を迎えるでしょう、と。貴方の存在が、まさにその証ではないかと……」
ステラは静かにその言葉を受け止め、微笑んだ。
「ヒミコの生まれ変わりであるかどうかは分かりませんが、この地に対する思いは確かに感じます。ヤマタイコクの歴史が持つ意義を、私自身も感じ取っています」
エルンは深く頭を下げ、感慨深い表情を浮かべながら答えた。
「ありがとうございます、ステラ様。貴方がいらっしゃることで、この地の伝説が再び息を吹き返したような気がします。私たちも、その未来を守るために共に歩む覚悟です」
エルンの姿勢からは、彼女がどれだけヤマタイコクを守り続けてきたかが伝わり、ステラは改めてその責任の重さを感じた。そして、エルンがもたらした新たな真実が、彼女自身に新たな使命を呼び起こしているように感じていた。
温泉で休息していたステラとセルフィのもとに、ヤマタイコクの警備隊長エルンが訪れる。エルンはステラに対し、彼女が「伝説の巫女ヒミコの生まれ変わり」であると確信を語り、さらにヒミコの預言を明かす。邪龍ナーガを封じ、ヤマタイコクを守った巫女の魂が再び現れることで国に新たな時代が訪れるとされ、ステラに敬意と感謝の意を表すエルンであった――。




