第151話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の二十六
ステラの必死な呼びかけに、リリカはようやく意識を現実に戻した。
彼女の頬にはまだ涙が残り、震えるような息遣いが続いていた。
視界がぼんやりと戻ると、優しい眼差しでリリカを見守るステラと、その傍らに佇む仲間たちの姿が目に入った。
「リリカ、大丈夫？」
とステラが心配そうに問いかける。
リリカは彼女の問いかけに深く頷いたものの、目に焼き付いた先ほどの地獄絵図が頭から離れなかった。
龍たちが無慈悲に人々を襲うその光景、逃げ惑う母親と子供、壊される建物、そして人々の絶望に満ちた叫び声――それらすべてが、リリカの心に深い傷を残していた。
「今のは……一体、何だったの？ なぜあんなことが……龍が人を襲うなんて……どうして……？」
リリカは思わず、自分の中に宿る龍神に問いかけた。
彼女が心に呼びかけると、龍神が静かに、しかしどこか重々しい声で応えた。
「リリカ……分かった。今こそ私の知る限りのことを話そう。皆を集めてくれ」
リリカの中で強い決意が芽生え、ステラたちに向かって龍神の意図を伝えた。
仲間たちはリリカの変わった様子に驚きながらも、彼女の真剣な表情に応えるように静かに頷き、全員でその場に集まった。
リリカは一同を前に、深呼吸をして意識を集中させると、龍神が彼女の体に憑依するように語り始めた。
「遥か昔、まだヤマタイコクがこの地に栄える以前、龍はこの世界の頂点に君臨していた。我ら龍は、空を統べ、火と風を操り、食物連鎖の頂点に立つ存在だった。人間は、ただの小さな命であり、我々龍にとってはただの餌に過ぎなかったのだ……」
龍神の言葉に、リリカの仲間たちは息を呑んだ。
リリカもまた、そのあまりに冷酷な歴史に衝撃を受け、じっと耳を傾けた。
「だが、ある時、一人の猫耳の女性が光の矢の下に現れた。その名はヒミコ――お前たちの言葉で言えば、彼女は猫神と呼ばれていた。ヒミコは強大な魔力を持ち、人々に知恵と希望を与えた。彼女は書物を広め、人々に読み書きを教え、村や町を築かせ、病に対処する方法を学ばせたのだ。やがて人々は、自給自足で生きられるようになり、その文明は次第に広がっていった」
ステラとセルフィ、そしてレオンも、龍神の言葉に耳を傾けながら、かつての人間たちがどのように進化し、知恵を手に入れていったのかを理解し始めた。
龍神の語る声には、ヒミコに対する尊敬と懐かしさが感じられた。
「村や町は次第に成長し、やがて巨大な都市となり、ついにはヤマタイコクという国となった。ヒミコは国を導き、魔法や科学を駆使して、人間が龍に対抗できる力を身につけさせたのだ」
「ある日、ヒミコは皆の反対を押し切り、戦いで傷ついた龍の子を保護し育てた。私と弟は彼女の魔法で一命を取り止め、保護下の元育てられたのだ。彼女は私達の育ての親。そして私達は亜種として人の言葉を理解して喋れるまで成長した」
龍神の言葉はどこか寂しげだった。
「ヒミコはただ国を強くするだけでなく、軍隊を組織し、龍の脅威に立ち向かう力を持つ戦士たちを育て上げた。彼らは風や炎や土、そして光と闇の魔力を使いこなし、やがて龍に対抗する一大勢力となった。龍たちは今までただの餌だと見下していた人間たちが反抗する姿に驚愕し、怒り狂った……」
龍神の声には、どこか哀しみと怒りが滲んでいた。
「そして戦いの中で私達兄弟の関係にも亀裂が生じた。私はヒミコに忠誠を誓い、弟は龍族の長となり我々と敵対したのだ。龍族は人間を食料するために牙を剥いた。人と龍、ヒミコと我が弟ガイアスの戦いはこうして幕を開け、互いに命を削り合う時代が訪れたのだ」
皆、その時代の戦いの様子を頭に思い浮かべた。
ヒミコと人間たちが龍に立ち向かい、長く続く戦いを通じて血と汗を流してきたことが、まるで目の前で繰り広げられているかのように感じられた。
「私はヒミコの一員として龍と戦った。育ての親でもある彼女は、私が今まで見てきたどの人間とも異なり、強い意志と優しさを持っていた。私は彼女と共に生きる道を選んだのだ」
ステラ達は龍神の言葉に驚きと戸惑いを隠せなかった。
彼が龍族であるにも関わらず、人間と共に生きる道を選んだ事は衝撃的な事実であった。
「私はヒミコの意志、共存の意志を龍の長であり弟であるガイアスに伝えた。ガイアスも私の説得に応じしばしの平穏が訪れた」
そして龍神はしばらくの沈黙の後、再び語り始める。
「しかし、弟は結局それを良しとせず、龍の力を人間に貸すなどもってのほかだと私に激しく反発した。彼は純粋な龍族の誇りを守るために人間を完全に支配し、我ら龍がこの世の頂点に立つべきだと主張した。そして、弟は私とヒミコを討ち滅ぼすべく、彼の配下の龍たちと共にヤマタイコクを襲撃したのだ」
リリカは、ヤマタイコクで起きた地獄のような光景が、龍神の言葉により明らかにされるにつれて、次第に理解を深めていった。ヤマタイコクの滅亡は、ただの偶然ではなく、龍族の内部での分裂と反目によって引き起こされたものだったのだ。
「私はヒミコと共に戦い、何度も龍たちの襲撃を退けた。しかし、最終的には彼らの圧倒的な力には勝てず、ヤマタイコクは崩壊の運命を辿った。ヒミコは最後の力を振り絞り禁忌の術を使い、私と共にガイアスと数百体の龍に立ち向かった」
「私がガイアスに敗れ死ぬ間際、ヒミコは魂を祭殿に封印した。こうして私は永遠にこの地を守り続け、いつか再び人と龍が共存できる日が来ることを信じて、眠りについたのだ」
リリカは龍神の話を聞きながら、心の中でヒミコと龍神の意思をしっかりと受け止めた。
龍神の力を宿す者として、自らの役割を改めて理解した。
龍神の語りによって壮絶な過去が明らかになる。ヒミコという猫神の巫女が人間を導き、龍族との戦いに立ち向かった過去。そして亜種として育てられた二体の龍、龍神とその弟ガイアス。ガイアスは反旗を翻し、龍族を率いてヤマタイコクを襲撃する。そしてヒミコが命をかけてヤマタイコクを守ろうとした悲壮な姿が、リリカの中に深い決意を芽生えさせ、彼女が新たな覚悟を得るのであった――。
