第141話 ルクス・マギナ攻略作戦 ⁉其の十六
レオンの心臓は狂ったように鼓動し、冷や汗が背中をつたって流れていた。
目の前の信じがたい光景に、彼の体は緊張と恐怖で硬直していた。
長く厳しい訓練を積んできた彼でさえ、龍の圧倒的な存在感と威圧感の前では無力だった。
騎士である彼にとって龍は恐怖の主張でしかなかった。
「まさか……こんなことが起こるなんて……」
震える声で言うとと、リリカの小さな手をしっかりと握りしめ、急いで回廊の影へと走り出した。
彼らの進む先には、龍の出現によって無数の岩が盛り上がり、まるで逃げ道を阻むかのように彼らの行く手を塞いでいる。
息を切らしながら走り続けるレオンは、心中の不安をなんとか押さえ込もうとした。
しかし、次々と突きつけられる異様な出来事に彼の恐怖が増していくばかりだった。
振り返ると、リリカも息を弾ませ、こちらを見つめている。
いつもと変わらぬ瞳が、レオンの心に一瞬の安らぎを与えるも、次の瞬間には目の前の現実に引き戻された。
「まさか、二体も……」
レオンは唾を飲み込み、小さく息を吐いた。
二人は回廊の陰に身を潜め、目の前で繰り広げられる壮絶な光景に集中した。
冷え切った空気の中、龍の巨大な影が二体、徐々に動き出し、まるで生命が宿ったかのように不気味な変化を見せ始めた。
彫刻の表面が淡い光を帯び始め、石の質感が消え、硬質な鱗が浮かび上がってくる。
やがて、紅蓮のように燃え上がる赤い鱗を持つ龍と、冷気を纏った白い鱗を持つ龍が姿を現した。
二匹の龍は鋭い目つきで互いを睨み合い、低く威嚇するように咆哮をあげた。
「ねえ、レオン、あれ何なの? 生きた龍が、こんな場所で復活するなんて……」
リリカは驚きに目を輝かせ、口元を抑えきれない好奇心で緩ませていた。
しかし、レオンは彼女の言葉に耳を貸さず、冷静さを保とうと必死だった。
彼は彼女をたしなめるように囁く。
「リリカ様、静かにしてください。見つからないように」
彼の言葉に、リリカは一瞬表情を曇らせたが、すぐに状況を理解したように小さくうなずいた。
次の瞬間、二匹の龍が互いに敵意をむき出しにし、咆哮が空間全体に響き渡る。
低く、耳をつんざくような声が回廊に反響し、まるで空間そのものが震えるかのようだった。
白龍の尾が一閃し、赤龍を吹き飛ばすと、赤龍も反撃に転じ、鋭い爪で白龍の体に深い傷を負わせた。
白龍の鱗の間から鮮血が滲み出し、痛みに苦しむように顔を歪めた白龍は、反撃として赤龍の首筋に噛みついた。
牙が深く食い込み、赤龍の血が周囲に飛び散る様子に、リリカとレオンはただ息を呑んで見守ることしかできなかった。
「レオン、すごい……これが龍同士の戦い……」
リリカの声は楽しそうで、期待と興奮が入り混じっていた。
しかし、レオンは何かに気づいたようで、険しい顔をして目の前の光景を見つめていた。
「なぜあの二匹が争っているんだろう……」
その疑問が頭をよぎる中で、赤龍と白龍の体が再び魔力のオーラを放ち始めた。
その力により周囲の空気が震え、二匹の傷がみるみるうちに癒えていくのがわかった。
「まさか……龍が自ら魔法で治癒しているのか?」
驚愕の表情を浮かべるレオン。彼の頭に、ある考えが浮かんだ。
「もしかして、あの龍たちはリリカ様の魔力が具現化したものなのではないか……?もしそうなら、あの肉体も魔力の塊なのか……?」
その瞬間、赤龍が大きく口を開き、炎が白龍を包み込んだ。
しかし、白龍も負けじと輝く光の粒子を放ち、炎を瞬時に浄化してみせた。
さらに光線を放ち、赤龍と対峙する形で再び衝突する。
そのエネルギーが激しくぶつかり合い、風圧が石床にひびを入れる。
回廊の影に隠れていたレオンとリリカも、その圧倒的な力に押し戻されるほどだった。
その時、不意に背後のリリカの気配が消えていることに気づき、レオンは慌てて振り返った。
しかし、彼女の姿はそこにはなく、彼の心に焦燥と不安が一気に押し寄せてきた。
「えっ……リリカ様?」
辺りを見回しても、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。戦いに集中していたため、彼女が消えたことに気づくのが遅れてしまったのだ。
「リリカ様! どこに行ったんだ!」
リリカとレオンは圧倒的な威圧感を放つ赤と白の龍に遭遇する。二匹の龍が互いに激しく攻撃し合い、その壮絶な戦いにリリカは興奮する一方で、レオンは龍がなぜ争っているのかに疑念を抱く。傷が瞬時に癒える様子を目撃したレオンは、龍がリリカの魔力から具現化した存在ではないかと推測するが、戦いの余波によりリリカの気配が消えてしまい、焦るレオンであった――。




