表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/70

シャノワール編最終話 帰国



 イリスは今生きていることに感謝した。王族を害した者として極刑に処されても、何ら不思議ではなかったのだ。それが正しい事でも、自分の命と家を秤に乗せなければならない。


「馬鹿げているけど、そうなんですよね。それにしても、男達と対峙したイリス様すごかったな。私達は場数を踏んでいるので、相手の力量が分かるので、ぞくっとしました」


「あれは特別だったのよ。自分でもすごく不思議だった。何も怖くなかったし、何人やって来ても負けない気がしたわ」


「ゾーンに入るってやつですかね」


「そうかもね」


 伯母さまが首を振った。やれやれ、筋肉で物事を考える人種の事は解らないわ、とぶつぶつ言っている。



「物騒な話はこれでお終いね。明日からは帰国の準備よ」


 そうだ、帰国するのだ。これから忙しくなる。


「ところでイリス様、エドワード殿下のこと、どうお考えですか。私はお勧めしますよ。あの後必死で勉学と剣の鍛錬に励んで、すごく成長されているんです。もらってあげては?」


 犬の仔みたいに言わないで欲しいわ。仮にも一国の王太子よ。ブルーシャドウのメンバーは王族の傍近くに仕えていたため、距離感が近い分、遠慮がない。


「今でも好きだし大切に思っているわよ。でも、あれ以降、一度も話すことも無いままこちらに来たので、久しぶりに話してどう感じるのか、自分でもわからないわ」


 伯母様が、私もエドワード殿下の応援に回るわね、と言っている。


「それなら、イクリスの姿で帰ったら駄目ね。二十四歳だもの、更に差が広がってしまうわ」


 それを受けてアイラも言う。


「しかもタイプの違ういい男だし、エドワード殿下もいったい何を頑張ったらいいやら、わからなくなりますよね。イクリス様は既にマーガレット王太子妃を落としているし!」


「あら、辞めて頂戴。ゼノンと本気のケンカを始められたら国の危機よ。イリス、ゾーンとやらに入るの、怖いからやめてよね」


 先ほどまでの重苦しさが、さらっと消えて行った。上質な大人と居ると心地がいい。




 一か月後に、イリス達は国に向かって出発した。結局、来た時と同じように、控えめに仕立てた馬車に乗り、ロブラールを後にすることになった。


 当たり前のような顔をして、料理長のロマンが同行している。道中も、おいしいものをずっと提供しますと豪語し、皆を喜ばせている。


 あきらめていた伯母様も、伯父様と二人で苦い顔をしてその様子を眺めていた。

 マーガレットが涙ながらに見送ってくれた。その後ろでゼノンが仏頂面をしている。従弟達も兄を見習ってか、同じような顔をしている。何でよ。


 ところで、シャノワールのノワール役は、ヘレン様が務めることになったそうだ。適任だと思う。


 そして、ロブラール王家の皆に感謝の言葉を述べ、目立たない裏門からひっそりと旅立った。



 道中はとても楽しかった。停泊地で厨房を借りたり、野営地で焚火台を組んだりして、ロマンが何やかやと作ってくれる。調理用具も皿も大量に自前で持って来ていた。


 豪語するだけあって、鴨の包み焼きは絶品だった。鴨三羽はカイルが獲ってきたものだった。


 ルーザーが鹿を獲ってきた時は大騒ぎした。鹿のステーキに黒スグリの葉が欲しいと言われ、ブルーシャドウ総出で探した。黒スグリのジャムと葉を使い、絶品の黒スグリのソース掛けステーキがいただけた。

 魚もしかりで、山や川で採取、捕獲した食材が洗練された料理に変身する。


 あまりに美味しい旅だったので、進むより食材確保と調理が優先され、寄り道なども含め、日数が伸びて行った。


 レンティスまであと一日半の距離になったら、迎えが来てしまった。到着が遅いのを心配して、武装した部隊がやって来た。仕方ないので、その晩は歓迎会と称して野営地で大パーティーを開いた。

 食材はもちろん、そこいらの山中で調達した。全員で狩りを行い、猪を二頭と、鹿一頭、野鳩を四羽、ウサギを三羽、マス二匹、山芋や山菜、あけび、カキなどの果物がこんもりと積まれた。


 ロマンは大張り切りで、ものすごい速さで料理を仕込んでいく。夜、焚火台数台を用意し、鹿のワイン煮の大鍋、ウサギのシチュー、マスのバター焼き等がババーンと並べられた。猪の丸焼きは火に炙られている。


 これは進みが遅くなるのも仕方がない。楽しすぎる、と迎えの騎士達も納得した。


 二日後にレンティス手前で、エドワードが率いる近衛隊が迎えに来るのに出会った。もう仕方が無いので、そのまま再度宴会になった。再会祝いだ。


 二日前と同じく食材の調達に走り、今回は集落や街も近くにあったので、そこで食材を買い求めた。残り少なくなっていたワインやビール、ウイスキーなどもどっさり仕入れた。卵やトマトや葉物野菜なども手に入り、竈を作ってピザをたくさん焼いた。今夜は更に人数が増えているので、食材も大量に必要だ。

 

 全員が自分の好みの獲物を探して付近を走り回った。なにせ、好物を人生最高の味に仕立てて出してくれるのだ。必死だった。ロマンは騎士の中から気の利いた者を数名下働きに付けて、大車輪で働いた。


 事情を知らないエドワード達だけが、目を白黒させている。


 夜の宴会で、思いっきり食べて飲んで、騒いで、楽しんだ。


 イリスはエドワードに、ただいま、と言った。

 エドワードも、お帰り、と返した。

 それ以外は特に話をせず、一緒に食べて飲んで、笑って楽しく過ごした。シモンが亡くなるより以前のように、とても自然で気楽な感じだった。


 アイラがお酒を手に寄って来て、そして、やっぱりエドワードをからかった。


「エドワード殿下、髪の毛が伸びましたね」


「うん、伸ばしてみようと思ってね」


 素直だなあ、とかなんとか、アイラが言っている。

 イリスは以前、アイラに言われた事を思い出して、エドワードの髪の毛の中に手を潜らせた。やはりサラッサラだ。


「アイラ、もふもふもいいけど、サラサラもいいわね」


 そう言って、呆然としているエドワードの頭をぎゅっと抱きしめて、更にワシャワシャと触り始めた。


「イリス様、何しているんですか?」


「サラサラをかわいがってるの。アイラがやってみれば良さがわかるって言ったんじゃない」


 アイラは、はいはい、と言いながらイリスをエドワードから引っぺがした。また今度しましょうね、と言ってイリスに水を飲ませる。酔いを醒まさせないと、明日の馬車の移動が大変だ。


 殿下は真っ赤になって機能停止中だ。アイラは殿下の肩をポンと叩いた。

「イリス様は、やっと十六歳ってところです。殿下より年下ですね。よろしくお願いします」


 次の日、イリスはそのことを全く覚えてなかった。


 残念ながらエドワードは覚えているので、イリスを見るたびに真っ赤になるのだった。それでも、二人の間にあった重苦しい何かが無くなっていて、普通の仲の良い幼馴染に戻ったことが、とてもうれしかった。


 そしてやっと、ブルーネル公爵邸が見えてきた。出発時の七名が、四十名程に膨れ上がっていた。

陽気で楽しい旅を経て、イリスはとうとう家に帰り着いたのだった。


 十四歳からずっと心を縛っていた澱を吐き出し、身軽になったイリスは、野生の動物のような真直ぐで無心な目をしていた。


 そんなイリスにアイラが少し意地の悪い事を言う。


「透明になるのは今だけにしてくださいね。バイエルは相変わらずこの国を狙っていますよ。でっちあげた宗教団体は増殖しながら教祖様を探しているし、まだまだ問題は山積みです。

頼りにしていますからね。イリス様」


イリスは声を出して笑った。

「皆が居れば、大丈夫よ。私も、皆を頼りにしているからね」


そして御者のケインに、教祖様、早く家に帰りたいわと声を掛ける。

馬車は前後を囲む騎馬を追い越し、屋敷に向かって駆け足で走り始めた。



シャノワール編 FIN

無事にイリスが帰宅しました。読んでくれる方がいるのを励みに完結できました。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。


シャノワール編はこれで完結です。レンティス帰国後の話は別作品として、今から書きためる予定です。シリーズ設定にして、シャノーワール編がシリーズの1で、レンティス編が2という感じです。掲載する時には活動報告にあげます。ぜひ、読みに来てください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お疲れ様でした。 エドワードが甘ちゃんで、イラッとしましたが、次章で成長してくれる事を願いつつ。 イリスが最後まで庇護者でいるのか、エドワードが対等となってくるのか、それとも別々の道を進むのか?(シャ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ