事件の幕引き
パーティーはそのまま華やかに続けられたが、裏では大騒ぎが起こっていた。
国の王子が殺されたのだ。そして侯爵令嬢も。
全てを知っているのはイリスのみ。
血の飛んだドレスのままのイリスと、王と王妃、重臣が王宮の会議の間に集まった。その中にはブルーネル公爵もいる。それに加えてロイドと、ルーザーも呼ばれていた。
イリスに事の経緯を聞かなくてはならない。被害者なので休ませてあげたいが、事はそれを許せないほどの重大事だった。
「イリス、申し訳ないが、今晩起こったことを全て話して欲しい」
王からそう言われ、イリスは王が会場を去った後、エミリーに弾劾されたことから話し始めた。
エドワードとマイルズ殿下のパートナーが同時に倒れたのは、イリスが手を回したのだろうと言われ、それが周囲に広まったこと。推測だが、今回の拉致のため、エミリーとマイルズ殿下が仕組んだ事だろうと言うと、ロイドが大きく頷いた。
エドワードの見舞いに行こうとしたら、マイルズ殿下がなぜか違う方向に誘導し、そこで待ち伏せされて、襲われた。そこまで話すと、聞いていた人々が驚きを示した。
マイルズ殿下がロイドを後ろから殴り、イリスを縛って馬車に放り込み、エドワードを薬で嵌める企みが失敗したことについて、エミリーと揉めていた話で、ざわめきが大きくなった。
そしてイリスと一夜を過ごし、朝になったら王宮の騎士に見つけさせるつもりだった、という話で、王と王妃が椅子から立ち上がった。
マイルズ殿下がいきなりエミリーに切りつけ、どこかの大国の間者たちと口論になった。大国の間者という言葉は、マイルズ殿下が言ったことだと言い添えた。
イリスを得ることで、ブルーネルの武力が手に入り、エドワードを自殺に見せかけて始末すれは、国王の座は自分の物だ、だからエミリーは不要だと言った。そしてザルツ侯爵家に戻っておけと命令した。
そこまでの話で、皆落ち着かなげに隣の者と言葉を交わし、反逆、という単語が言い交わされた。
その後、マイルズ殿下は、三年前のエドワード殿下暗殺の失敗は、全てシモンのせいであり、それをあるべき状態に戻すのだと言った。イリスがマイルズ殿下と剣を交え、手首を切り落とし、その後で男達の一人が殿下を背中から刺し殺した、と言うと、会場が静まりかえった。
今この場には、ザルツ侯爵は呼んでいない。まだ事件の事を知らないはずだ。イリスがザルツ侯爵家の関与を伝え、呼ぶのを止めた。
国と王権を揺るがす話だったし、判断が難しかった。
次にロイドが話し、マイルズ殿下に誘導された先に、男達が待ち伏せていたこと、悲鳴を上げたのはイリス嬢だけだったと、イリスの話の一部を保証した。
ルーザーが、馬車でザルツ邸に向かっていた男達三名から聞きだしたことを話した。
マイルズ殿下がエミリー嬢を殺したと、彼らがはっきり言ったこと。イリス様を無理やり手に入れ、結婚せざるを得ない状況を作る計画だったこと。そして自分たちが駆け付けた時、イリス様は男達三人に剣を向けられていた。
会議室にエドワードがやって来た。一緒に話を聞きたいと言う。
イリスは、マイルズ殿下とエミリー嬢が、エドワードに薬を盛ったのに効かなかったと口論していたが、無事なのかと聞いた。
王家の三人とロイドだけが、その事件を知っていた。大丈夫だったと答えると、重臣達は、いつそんな事件が起こったのかと驚いていた。
王がイリスとルーザーに尋ねた。
「その関与して来た大国がどこの国かわかるか?」
イリスはわからないと答えた。ルーザーも同様だった。そして、焦っていたので、力の加減が出来なかった事を詫びた。
しばらく目を瞑って考えていた王が、会議の終了を宣言し、明日改めて会議を招集すると言った。
「マイルズ王子が殺されたのは、たぶん口封じのためだろう。一晩、昔の事から改めて考えてみようと思う。明日まではこの件についての口外は禁ずる、良く休んで明日また集まってくれ」
そうしてやっと、イリスの長い一日が終了した。
エドワードがシモンの時と同じような顔をして立っていた。
イリスは彼を慰めたかったが、マイルズを死に導いたのは自分なのだ。どういう立ち位置で彼に対したらいいのか見当もつかない。
声を掛けずに、父とブルーシャドウと共に家に戻って行った。
家に着くとベスが全ての面倒を見てくれた。されるがままに全身丸洗いされ、化粧も、髪に散った血のりもきれいに落としくれた。そして温めたミルクを飲まされ、ベッドに寝かされた。
すぐに眠りが訪れ、深く深く沈んでいった。
次の日、午後からの会議の通達に従い、ブルーネル公爵とイリスは王宮に向かった。
昨夜より広い部屋に、既に多くの高位貴族が集まっていた。
王が会場に入り、開会を宣言した。
「急な招集で驚いたであろう。昨晩マイルズ王子が殺された」
ザワっと会場中から声が上がった。
「ザルツ侯爵家令嬢エミリーもその時に亡くなっている。そして、今朝ザルツ家に遣いを出すと、ザルツ侯爵を始めとする邸内の人間が皆死んでいた。ほとんどが毒殺だった」
ざわつきが更に大きくなった。イリス達も、声を上げてしまった。
昨夜の会議に出席したメンバーは、口封じされたのだと即座に理解した。大国の名前が分からなくなったのだ。
「事件の当事者で生き残っているのは、ブルーネル公爵家令嬢イリスのみだ。彼女からは昨夜、経緯を聞いている」
会場の群衆が一斉にイリスを見た。信じられないと言った顔をしている。イリスだって、これが現実だとは思えなかった。卒業パーティーを楽しみにしていた昨日のこの時間から、一日しか経っていない。
昨夜の話をもう一度繰り返すことになった。ロイドとルーザーも同じくだ。ただ、ルーザーは身分を隠すため、王宮の騎士の一人としてこの場に立った。それが終わると、王が話の続きを引き継いだ。
「今まで隠していたが、三年前にエドワードの暗殺未遂事件が起こった。それを救ってくれたのがブルーネル公爵家のシモンだ。彼はその時に命を落とした」
高位貴族達は葬儀に参列してくれている。馬車の事故での落命と聞いている。ざわめきは一層高くなった。
「マイルズ王子を次期国王にしようとする一派と、それを後押しする国が結託して起こしたことだ。シモンが身代わりになり、エドワードを逃がし、刺客と対峙して時間を稼いでくれた」
当時、急に没落した家門を頭に思い浮かべているのだろう。静かになった。
「だが、これを表沙汰にすれば、マイルズに罰を与えなければならなくなる。そのため事故として秘めさせてもらった」
一息置いてから続けた。
「それが裏目に出た。今度はマイルズ自身が王位の簒奪に乗り出した。あの時、罰を与えて臣下に下しておけば、こんなことは起こらなかったのかもしれない」
いや、起こっただろう。彼が王家の血筋であり、今回野心を持った事実は変わらない。そこに他国や、権力を求める貴族の手は必ず伸びる。たとえ、その血筋自体に疑問があろうともだ。イリスだけでなく、たぶん多くの貴族達がそう考えた。
そのまま事態を飲み込むのを待つように、しばらく間が空いた。それから先を続けた。
「マイルズは王位簒奪を目論見、他国の力を引き込んだ、この国に対する反逆だ。よって王子マイルズを害したイリスには、何ら罪を問わないこととした」
わあっと声が上がった。色合いの違う声が不協和音のように重なり、気持ちが悪かった。
高位貴族たちの賛否が入り乱れる声が落ち着いてから、イリスに感謝の言葉を述べる機会が与えられた。
「寛大なお心に感謝いたします。ただ、私がこのまま王太子殿下の婚約者で居ることは出来ません。解消をお願い致します」
またまた大騒ぎになった。喜ぶ声が多かった。やっと自分の家門にもチャンスが巡って来たのだ。対象になる令嬢の話が、あちこちから聞こえて来た。
壇上の父王の後ろに座っていたエドワードは、黙ったままで動けなかった。今、何を言う権利も持たないのだった。自分は誰に対しても、どの事件に関しても、何の力にもなれなかった。だから何も言えない。
こうして、この事件に幕が引かれた。




