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冷たい戦い

 数頭の馬のひづめの音と、人の声が聞こえ、馬車のドアが開けられた。目立たない黒っぽい服装をした男達が四名いた。

 御者を含めて六人が相手ではきついので、縄に元通りに手を通し、それをマイルズ殿下に解いてもらうことにした。縄を解くと、先に殿下が馬車を降りた。

 

「さあ、降りて」


 先にエミリーが降りた。

 その後ろに隠れて、一度よろめいて膝を突き、スカートの下に剣を一本引き込んだ。それの柄の部分をガーターベルトのウエストに挟んでゆっくりと立ち上がった。ドレス姿で助かった。人のスカートの後ろに隠れて、自分のスカートの中に物を隠せる。


 腕で剣を軽く押さえ、音が立たないよう注意しながら馬車を降りた。


 其処は街中に建つ邸宅の一つで、すぐ横が公園なので人通りが少なく、後ろ暗い事をするにはいかにも好都合だ。


 どうやって逃げようか考え、このまま部屋に入って、マイルズと二人になってから剣を抜いたほうがいいのか迷った。


 すると、男達の相談する声が切れ切れに聞こえた。私たちが関係を持つのを確認するまで、念のため部屋にいようかと言っている。なんて悪趣味なの!


 それでは、部屋に入ったら逃げられなくなる。外に居るうちに逃げなければならない。


 覚悟を決めるしかない、と思ったとき、キャーという叫び声が聞こえた。振り向くと、マイルズ殿下がエミリーを切り捨てたところだった。


「何、なんてことを、マイルズ殿下、いったいなぜ?」


 こちらを向いた彼は笑っていた。


「エミリーは王太子妃になるつもりでいたんだ。図々しいよね。君という王太子妃候補がいるのに。僕はこんな女に興味ないよ」


 それはどういう意味? イリスはマイルズ殿下とエミリーと男達に順番に目をやり、答えを求めた。


「訳が分からないと言う顔だね。君は何も心配しなくていいよ。王太子は代わるけど、君が王太子妃なのは変わらない。エドワードは君が僕のものになったのを悲観して自害するんだ。たぶん細工しなくても、本当に自害しそうだな」


 軽くははは、と笑っている。今までの彼の顔は仮面だったようだ。


 男達は、これは計画にないぞと抗議しているが、マイルズ殿下は自分が王になり、ブルーネルの武力も取り込むのだから、それで両方手に入るだろと言っている。


「お前達は、戻る途中で盗賊に襲われたと言って、侯爵家にこの娘を連れて駆け込んでくれ。こっちは俺に任せろ。うまくやるから」


 ぐったりしたエミリーの体を男達の一人に押しつけた。

「だいたいな、せっかくの初夜を無粋な奴らに邪魔されるなんて、まっぴらだね」


 男達は血まみれのエミリーを馬車に乗せ、二人の騎馬の男が付き添い、侯爵家に向かって走り去った。


 イリスは次第に頭の芯が冷たくなるのを感じていた。この男の地位と命を救うために、シモンの死はただの事故とされたのだ。その恩を仇で返すと言うのか。


 まさか、三年前の事件にこの男も関係していた?


「マイルズ殿下、三年前の暗殺事件にあなたも関わっていたのですか?」


「いいや、当時は全く知らなかった。だけど、あれが失敗したのは君の弟のせいだよ。彼があの場にいなければ、今頃は僕が王太子で、彼は僕の側近で君は婚約者だった。非常に残念で無駄な犠牲だった。それをあるべき姿に戻すだけだよ」


 聞いた瞬間に、周囲から色が消えた。

 しばらくしてマイルズ殿下が言った。


「どうしたの? 微笑んでいるけど」


 イリスは微笑んでいるつもりはなかったが、そう見えたようだ。気持ちがすっかり冷えきり、無になったら微笑んだように見えるのだろうか。


 スカートの中に手を入れ、剣を取り出し、鞘を払った。


 マイルズ殿下が剣を見て驚いた。


「いつからそんなものを持っていたの。踊っているときには持ってなかったよね。危ないから降ろしなさい。ショックなことが続いて混乱しているのだろうけど、落ち着いて」


 イリスは落ち着いていた。今までで最高に。感情が無くなったような不思議な感覚だった。


 男達は危険を悟ったのだろう。剣を構えて殺気を飛ばして来た。マイルズ殿下にも剣を渡し、用心を促している。


 マイルズ殿下だけが、状況認識が甘かった。


「おい、絶対に傷をつけるなよ。未来の王妃だ。しかも彼女が死んだらブルーネルが手に入らなくなる」


「お前、目の前の危険が目に入らないのか?」


「何を言っている。女一人に気押されているのか、情けない。大国の間者とは思えないね」


 剣を一応構えてはいるが、軽く剣先を前に出したままの状態でイリスに近付いて来る。


 三回、剣先を打ち合わせた後、イリスがすっと間合いを詰めて剣を振り下ろすと、彼の手首が剣と一緒に切り落とされた。ゴトッと音を立てて、手首と剣が地面に落ちて転がった。

 ぎょっとしたような顔で、失われた自分の腕を見て、次にイリスの顔を見た。彼の瞳に映り込んでいるイリスは、確かに微笑んでいた。


 まあ、私、本当に微笑んでいるわ、そんなことを考えた。


 馬のひづめの音がだんだん高くなっていくのが聞こえていたが、今なら何人でも相手に出来そうな気がした。


 剣を構え残りの二人に向き合うと、一人目の胴を横薙ぎにした。もう一人と目が合うと、そいつはマイルズ殿下に駆け寄り、後ろから剣で刺し貫いた。その男にとどめを刺した所に、ブルーシャドウが現れ、イリスに駆け寄った。


「イリス様、ご無事でしたか」


「ええ。私は無事よ。でも、マイルズ殿下とエミリー嬢が死んだわ」


 ブルーシャドウはザルツ侯爵家に向かって馬を走らせ、エミリーを運んでいる馬車と行き会った。そこで、彼らを止めて馬車の中を改めてエミリー嬢の遺体を発見したのだった。


 すぐに彼らを締め上げ、この場所を吐かせた。

 馬車はケインが御して、遅れてここに着いた。片付けた男達三人もそこに乗せてある。


「何があったのかは後でお伺いします。今は早く戻りましょう」


 ルーザーがそう言い、イリスを自分の馬に同乗させた。

 素早くこの場の全てを馬車に積み込み、全員で王宮に戻った。生きている者も、死んでいる者も、切り落とされた手首も全て。



 王宮に戻ると、まだパーティーが続いていた。拉致されてから、そんなに時間は経っていない。だが、イリスには全てが違って見える。


 イリスのドレスは血で汚れていた。マイルズ殿下の血だ。王子を害してしまったのだ。だが、後悔は全くしていなかった。


 ただ、ブルーネルの一族に迷惑をかける事だけが辛かった。自分一人で全ての咎を受けられるよう、全力で懇願しようと決めた。

 ここで、シモンの借りを返してもらう。マイルズ殿下の思惑や、他国の手の者を引き込んでいた事など、使えるものは全て使う。卑怯な手でも、脅しでも、なりふり構う気はなかった。



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