卒業パーティーのパートナーチェンジ
「エスコートを替わってもらえる相手が他に居なかったのです。申し訳ありません。エドワードの症状は軽いものですが、さすがにパーティーは無理だと、医者から言い渡されています。イリス嬢にはパーティを楽しんでもらいたいから、と頼まれてしまったのです」
そう言って謝るマイルズに、納得したイリスだった。このパーティーは皆全力で準備をしている。今更パートナーがいない人を探すのは無理というものだ。
「マイルズ殿下のパートナーは、いらっしゃらなかったのですか?」
「僕のパートナーも数日前から寝込んでいて、欠席になったのです。寒さで風邪が流行っていますから。すごい偶然ですが、お互い一人で会場入りするのもかえって不自然なので、ご一緒しませんか」
そう言われたらそうなのだ。話題の二人が、二人共にパートナー無しでやって来る。何が起きたのかと思われるだろう。なんて困った偶然なのだろう。
両親も困惑顔で話を聞いていたが、こうなったら二人で行く方が、まだましだと判断した。
二人が揃って登場した時、会場が沸いた。驚きと興奮の熱量が一気に盛り上がった。なにせ、秘めた思いを胸に目を逸らす二人を期待していたのに、堂々とパートナーとして登場したのだ。
いったい何が起きたの? どっちにしろそう思われた。
何が起きたかというと、昨日、エドワードが急に体調を崩したのだった。午後の、学園からの帰宅時間には、発熱と吐き気がひどくなっていた。それは、ヘンリーも同じだった。
二人に共通するのは昼食だった。同じメニューを選んだのだ。
ただ、他の学生に症状は出ていないので、二人の皿だけだったようだ。ポールが二人分のシチューを注文して運んだせいで、両方に仕込んだと思われる。
イリスに言われたように、銀のスプーンを常に使っていたら良かったと思ったが、もう後の祭りだった。
念のため、ポールも王宮に泊まらせて一緒に様子を見ている。きつい毒ではないようで、発熱と吐き気、脱力感のみで済むようで、しばらく安静にしていれば治ると言われている。
めでたい式に支障が出ないよう、極秘で厨房関係者を当たっている所だ。
しかし卒業パーティーには出席できなくなってしまった。ポールも巻き添えにしてしまい申し訳ない。
この一年でかなり背も伸び、やっとイリスと並んでも、少しは見られるようになったのに、残念でならなかった。ああ、銀のスプーン! 自業自得だ。
兄にエスコートを替わってもらうついでに、毒の事は内密にしてもらった。絶対に叱られるからだ。
会場のざわめきが収まらない中、二人は入り口付近の会場の端に立ち止まった。出掛けのごたごたで入場するのが遅くなり、開始時間直前だった。
その少し後に王と王妃が入場した。皆、頭を下げている中を二人が壇上に上がり、卒業祝いを述べた。そして、楽しい夜を過ごしてくれと言う言葉で、音楽の演奏が始められた。
王夫妻が人々の中を歩きながら、挨拶を受けている。卒業生には祝いの言葉を掛けていく。目立たないよう入り口付近に居る二人の元に来たのは、最後になってからだった。
「今夜は二人共、散々なスタートだな。あまり注目されないよう、控えめに過ごしてくれ」
お祝いではなく、忠告を受けてしまった。
お二人が会場を後にするのを見届けてから、マイルズ殿下は苦笑して、では控えめに踊りますかと言い、イリスの手を引いてダンスフロアに出て行った。
さすがに王子だけあって所作がきれいだし、ダンスも抜群にうまい。控えめにと言っても目立つのは仕方がなかった。
「今日は特別にお綺麗ですね」
「ありがとうございます。エドワード殿下とお揃いのドレスを張り切って仕立てたのに、すごく残念です」
「エドワードも落ち込んでいましたが、病気には勝てません。今頃泣いていそうだな」
「ひどいお兄様ですね」
そんな軽い話をして、笑いながら踊っている様子を、周囲はじっと見ていた。
戻って来た二人にロイドが近付いて来て、イリスをダンスに誘った。
マイルズに断り、フロアに出て踊り始めると、ロイドが問いかけてきた。
「殿下の容体をお聞きになっていますか? ヘンリーも一緒に王宮に留まり看病されているはずです。二人共大丈夫なのですか?」
「軽い風邪で発熱したって聞いているけど、違うの?」
「二人がお昼に食べたシチューに、何か盛られたのではないかと思っていたのですが」
「そんな話は聞いていないわ」
ロイドが昨日の午後の様子をイリスに説明した。初耳だった。そして、なぜマイルズとパートナーになったのか問われたので、マイルズのパートナーも体調を崩したのだと話した。
「誰かがこの状況をお膳立てしたとしか思えませんね」
確かに出来すぎている。エドワードの体調不良が風邪ではなく、毒を盛られたのなら、全ての見え方が変わって来る。
「私、このままエドワードのお見舞いに行くわ。マイルズ殿下に断ってくるわね。とにかく部屋の外からでも声を聞きたいわ」
イリスはマイルズの元に行き、エドワードの見舞いに行きたいので、パーティーから抜けたいと話した。
ちょうど、そこにエミリーがやって来た。
「マイルズ殿下、イリス様、ご卒業おめでとうございます。ところで、今日はなぜイリス様がマイルズ殿下とご一緒なのかしら? 昨日、殿下が急に体調を崩されたのはなぜなの? それに、マイルズ殿下のパートナーも体調を崩されたそうね。なんて都合のいい偶然かしら」
そう一気に言うと周囲を見回した。彼女の両親や、友人達が疑惑を口にし、それが周囲に広がって行った。
ロイドが割って入って助けようとしたが、焼け石に水だった。
イリスはとにかくエドワードの元に行こうと、その場を離れようとした。
「私は、エドワードのお見舞いに行くわ。失礼するわね」
「それならば、僕も一緒に行きます」
マイルズがそういい、イリスの手を引いた。エミリーが、自分も一緒に行くと言い出した。
ロイドが、エミリーを引き離そうとした。
「君は関係ないだろう」
「関係あるわよ、恋人だもの」
まさかこんな衆人環視のなかで、そんな大法螺を吹くとは思わなかったので、あっけにとられたが、周囲の人々にとって、それは事実にしか聞こえなかった。
仕方なく、ロイドも付いて行き、四人でエドワードの元に向かった。
あなたは関係ないでしょと、エミリーから言い返されたが、ヘンリーの見舞いに行くのだと言い張り粘った。この三人では不穏な気がしたのだ。
マイルズ殿下はイリス嬢の腕を掴んでいて、なんとなく様子が怖い。イリス嬢も戸惑っているようだ。そのまま、庭に出て、歩いていく。王宮には不慣れなので、マイルズ殿下について行くしかない。
「マイルズ殿下。エドワードの部屋でしたら、こちらの方です。方向が違いますわ」
同じく王宮内に慣れているイリスが、不審げに言った。
「病気なので、別の部屋に寝かされているのです。付いて来て下さい」
その時木陰から人が出てきたのに、ロイドが気付き、振り向いたところを、後ろから殴られた。しまった、と思ったが目隠しをされ、後ろ手に縛りあげられて、茂みの中に転がされた。
一瞬の事で、何が何かわからなかったが、イリスが叫んだのが聞こえた。
それも、すぐにくぐもった唸り声に変わったので、同じように縛りあげられたのだとわかった。




