噂は広がり続ける
次の日の昼食時に、エドワードはロイド達から、イリスのエスコートの件を訪ねられた。
「イリスに聞いたら、兄上には頼んでいないそうだよ。兄はいなかったので、確認できなかったけど」
「エミリー嬢が嘘吐いたのかな」
それにしても、マイルズ殿下情報がポンポン出てくるのが不審だ。交友があるとは聞いていない。
「雪祭から急にだよな。なんだか嫌な感じがする」
「ロイドの勘は無視できないね。それで結構助けられたことがあるもんな」
「殿下、イリス様から目を離しちゃ駄目ですよ。本格的に危ない予感がするんです」
その夜、エドワードは、両親にお茶会の件を伝えた。薬に関しては確証はないと言っておいた。
「ロイドか、彼が言うならそうかもしれないな」
「なぜですか?」
「あ~、後でな。それより、イリスとマイルズの噂はなんなんだ。私の耳にまで届いているぞ。執務中の休憩時間に、事務官達から聞かされて、驚いて侍女達に聞いたら、彼女達も知っているという。騎士の訓練施設で聞いてみたら、複数が知っていた。かなり広まっているぞ」
「学園だけじゃないんですか!」
「学園でもか。ついでに何故かイリスが悪女扱いだ。お前はエミリー嬢と恋仲だそうだぞ。花冠のせいだな」
「すみません」
イリスに迷惑をかけまくっているらしい。まずい。
この噂を消すため、卒業式までに、イリスと一緒にいる姿を周囲にアピールすることになったのだった。
お昼休憩の時間はイリスに合わせることになった。勿論王権発動して、特別待遇をもぎ取った。
他の学生と違う行動を取るのは、始めは気になったがすぐに慣れた。王子は特別扱いされるのが普通で、他人に合わせる学園生活の方が稀なのだ。
そのエドワードに、ロイドとヘンリーも同行する。
そして四人でお昼を過ごすようになった。マイルズには噂の件を話し、しばらく近寄らないよう頼んだ。
それに快く応じてくれるマイルズを、やはり信用できる兄だと思う。
パーティのパートナーの件は、エドワードとエミリーの仲に関する噂から派生して、イリスは誰とパーティーに来るかの推測が、各種出ているそうだ。その内の一つだよと言われた。
二人は学園帰りに一緒にブティックに立ち寄り、パーティードレスの打ち合わせをしたりと、仲良く過ごしていた。
そんな日々の中で噂は更におかしな方向へ進んでいった。
イリスがエドワードとエミリーの仲を割くために、公爵家の力で学園に介入した。二人が一緒にいられる時間を取り上げている、というものだった。
エミリーはすでに悲劇のヒロインだった。学園では、皆が白い目でイリスを見ていた。ただ、イリスが全く気にしていないのが笑えたが。
そばで見ているロイド達には、全てが滑稽なものに見えた。噂ってこんなものなんだな、当人達は気にしていないので、ほおっておけばいいだろうと思った。
ところが、それが次第にエスカレートし、行動に移され始めると、そうも言っていられなくなった。
学園の授業や何らかのイベントで、周囲が二人きりの状況を作ろうとする。学生たちにとったら正義と善意の行動だ。
だが相手は毒をたっぷり含んだ危ない女。
常に二人になる状況を作られては、たまったものではない。エドワードは疲れていた。
ロイド達がイリス様との仲睦まじさをいくら説明したところで、ブルーネル家に取り込まれた裏切り者扱いで、全く聞いてもらえなかった。
マイルズ殿下とイリスの噂はそれ以上だった。二人共、既に社交界デビューしており、注目されていたため、噂はもっと広範囲に広がっていた。
一緒にいる姿が見られなくなってからの方が、勢いが強くなった。
婚約者がいながら惹かれ合ってしまった二人。しかも女性の婚約者は弟、それゆえ想いを秘めながらも、強く求め合う。あいにく、そう思って見ると実にしっくり来る風情だった。禁じられた恋の噂は、風のように素早く広まっていった。
◇・◇・◇
「噂って怖いのよね。誰か一人に何かしたら止まるものでもないし、いつの間にか変わったり増えたり、消えたり。掴みどころがないの。だからシャノワールは助かったわ。
イリスの帰国と同時に辞めたら、変な噂が出るし、このまま続けることにしているけど人選が大変」
シャノワールはぜひ続けて欲しい。少しだけれど、関わった人達の役に立てたと思う。それに、既に王妃様の徳政の一つのようにも見られている。
「イリスはどう思っていたの?まずはエドワード殿下の方の噂」
「エドが必死で弁解するので可愛くって、ではなく、信じていましたよ」
アイラが割り込んできた。
「まーた保護者目線。ここまで来ると、殿下が不憫です。でも、いつもエミリー嬢がくっついていて睨むんでしょ」
「そうなの。避けても避けても、ペアにされてしまうって嘆いていたわよ。彼女はエドとの噂が、いつか本当になると信じていたのかしらね」
「噂を作って撒き散らしている張本人ですからね。噂を本当にするために、どこで仕掛けて嵌めようか、手ぐすね引いていたと思います」
「ロマンの欠片もないじゃないの」
「もともとロマン云々の話ではないですからね」
伯母様はニコニコしていたが、もう一つの方は、と聞いてきた。
「そっちの雰囲気はわかったわ。でもマイルズ殿下の方は直接の当事者でしょう。何か面白いことは無かったの?」
「面白いも何も、あまり接点はなかったのよ。ただ学園で姿を見かけるたびに、周囲が騒ぐの。
マイルズ殿下が、噂のせいで困っていませんかって、声を掛けて来た時なんか、女生徒が悲鳴みたいな叫び声をあげるものだから、先生方が飛び出して来たわ」
「そりゃ、学生達にとっては美味しいわよね。苦しい恋を胸に秘めた大人のカップル。うーん、叫びたくもなるわよ」
どちらか片方だけだったら、もう少し穏やかに終わったと思う。なんであんな事になったのでしょうね。
◇・◇・◇
結局噂は実際との乖離などものともせずに、広がるだけ広がった
イリス達は常に注目の的だった。そんな状況の中で、卒業式が行われた。
午前中に式が終わり、学生は一旦家に戻って正装し、夕方にパーティ会場の皇宮に集まる。
皆、精一杯着飾って、大抵はパートナーと一緒か、仲の良い友人同士で、馬車に相乗りしてくる。
今年はロイヤルスキャンダル付きのパーティとあって、興奮の度合いが違う。出席する親族は一家に二名と決まっていたが、今回はチケット争いがあちこちの家で起こったそうだ。
イリスは予定通りに、エドワードが迎えに来るのを待っていた。遅いので心配になっていたところに、王宮の煌びやかな馬車がやって来た。
「エド、遅かったじゃないの。何かあった?」
ところが出てきたのはマイルズ殿下だった。イリスの心臓が跳ね上がった。エドワードに何かあったのではと思ったのだ。
「イリス嬢、すみません。エドワードが熱を出して寝込んだので、代わりに僕があなたのエスコートをすることになりました」
今の状況で、それはまずいのでは?




