危険なお茶会
「殿下、わからないのですか? 彼女に狙われているんですよ。この調子では、いつの間にか結婚の約束をしたとか、言い出されるかもしれませんよ」
「でも、僕は婚約しているよ」
「さっきも言ったけど、婚約していようが結婚していようが、手を出す奴らはいます。もっと危機感を持ってください」
「家へのお誘いどうしたらいいのだろう。行けばイリスが嫌がるだろうね」
「それだけじゃなく、侯爵家総出で、二人の仲が深まったと吹聴して回るでしょうね。外堀がどんどん埋められていますよ」
ぽかんとしているので、その先も教えてあげた。
「勿論イリス様は不愉快になります。そこに付け込んで男共が群がります。例えばヘンリーが仲良くなって、イリス様とデートする仲になると想像してみてください」
例えをマイルズにすると、兄弟補正が入ってしまうようなので、ヘンリーにしたら、見事にムカッとしたようだ。
「そして、そんな状況ならいっそ婚約解消して、ヘンリーと結び直そうか……」
「もういいよ、わかった。絶対に嫌だ。お茶会に一緒に行ってくれ。君たちも贈ったんだから、君達も行くべきだよ。三人なら問題ないよね」
あ~。やられた。なるべく関わり合いになりたくないのに。マイルズ殿下とイリス様が関わらなければ、まともな判断をするんだよね。
ポールが殿下に向かって力説している。
「イリス様が美しくて魅力的なのは、誰でもが知っていることで、僕も知っているけど、絶対にちょっかいかけたりしませんからね。
ついでにエミリー嬢はやばい女です。最大限の注意が必要です。師匠直伝のやばい女図鑑に載っているタイプです」
「それなに?」
「あ~。また今度お話しますね。今度師匠に連絡を取ってみます」
そうして三人でお茶会に行くことになった。
当日は1番前に出るのがロイドと取り決めた。
王夫妻にもあらかじめ相談し、面倒ごとを避けるために用事をひねり出してもらい、殿下だけ早めに抜ける予定にしてあるし、イリスにも事情を話してある。
「さあ、行きますよ。勢いに押されてはダメですよ。いいですね」
いったい、何をしにいくんだと疑うような掛け声とともに、侯爵家の門をくぐった。
「ようこそ、おいで下さりまことに……」
三人の姿を見て、侯爵が口上を詰まらせた。すかさずロイドが、お招きありがとうございます、と挨拶し花束を渡した。エドワードは三番めに挨拶して、そのままお茶の席に案内された。
エミリーの両横にはロイドとヘンリーが座り、向かいにエドワードが座った。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
学園とは違う丁寧で綺麗な物腰で、ロイドがエミリーに挨拶する。普通ならうっとりするところだが、対するエミリーの目は冷たい。
「殿下、何故二人が一緒なの?」
「だって花冠のお礼だろ。僕達三人へのお誘いじゃなかったの?」
エミリーはムスッとして黙った。
美味しいお茶とお菓子をいただきながらの話題は、学園の卒業式準備の話になった。
式の後に行われるパーティが、生徒達の関心の的なのだ。卒業生の親や、王夫妻もパーティの初めの挨拶に顔を出される。一年間で一番気合を入れて準備しなくてはいけない行事だった。
まずはパートナーの準備だ。決まった相手がいる人はいいけれど、そうでなければ早く決めないと、服装を合わせることもできない。
「ロイドは誰を誘うの?」
「二年生で近頃知り合った子がいて、その子に声を掛けようかと思っているよ」
ヘンリーが目をつけているのは三年生だそうだ。二人とも大柄で大人っぽく見えるので、上級生とでも見劣りしない。
エドワードにしてみれば羨ましい限りだ。
エドワードがイリスのパートナーなのは周知のことなので、聞かなかった。
「イリス様はマイルズ殿下と出席なさるのでしょ。エドワード殿下は、どうする予定なのですか」
「何、それ」
思わずヘンリーが突っ込んだ。
「マイルズ殿下から聞いたのだけど、エドワード殿下だと、体格差があるからって頼まれたそうよ。まだお聞きになっていませんか?」
席を立とうとした殿下を押し留め、エミリーがお茶のおかわりを勧めた。
侍女に合図すると、四人の前に新しいカップが置かれた。
「珍しいお茶を手に入れたので、ぜひ飲んでみてください」
ロイドがふとエドワードのカップを見ると、自分のものと少し色合いが違った。嫌な予感しかないので、皆が庭園に目をやっているうちに、さっとカップを交換し、一口飲んでみた。
少し苦味があるが、特に変な感じはしない。ヘンリーに味を尋ねると、少し苦いけど悪くないと言う。気のせいかと思ったが、次第に体がほてって来た。
エミリーはエドワードに、しきりにお茶を勧めている。
用心しておいて良かった。
お茶を飲み干したエドワードが、用事があるのでと退出の挨拶をしている。困惑顔のエミリーと侯爵、侍女達を見て、そういう謀を企てていたのがわかった。
水をがぶ飲みして体が落ち着くのを待ち、お茶はナプキンに吸い込ませて飲んだふりをした。
学園の昼休み、エミリーが来る前にサンドイッチを持ち、エドワードを引っ張って庭に出た。
「殿下、昨日のお茶、多分媚薬か何かが入っていたと思います。
僕がカップを交換して一口だけ飲んだのですが、体が火照ってしばらく身動きできませんでした。下手をすると、そのまま侯爵邸で泊まることになっていましたよ」
ヘンリーも初耳だったので驚いていた。
「手段を選ばなくなってきたね。過激というか、露骨な捕獲作戦だな」
「それ、本当かい?」
「本当です。帰る時、使用人も含めて微妙な顔していたでしょう。薬が効かなくて不思議がっていたのですよ」
ヘンリーは相変わらずの気楽なのりで、ずけずけと言う。
「下手したら今頃、婚約者変更の話し合い中、だったかもってことか! やっぱり過激だなあ。すげえ」
「すげえじゃないよ。笑い事じゃないんだ。殿下、一学生としてのフランクなお付き合いを、しばらく控えられた方がいいと思います」
しばらく黙ったまま、何かを考えていた殿下が提案、…...命令? を伝えた。
「僕には側近がいない。シモンが居れば、身の回りに気を配り、忠告してくれたのだろう。優秀な奴だったから。でも、失ってしまった」
うん、いい奴だった。すごく残念な事故だった。二人もそう思っていた。
「君達、僕の側近にならないか。適任だよ。大人達には僕から話を通しておく。正式な申請は後で届けるからね。よろしく」
えー、急に何を。二人とも呆気に取られたが、結局そう決まってしまった。イリス様さえ絡まなければ、優秀な王子なんだったっけ、と改めて思い出した。