後始末におおわらわ
「やられたわね。その時には連携していたんじゃないの」
「いやあ、それがね、後でエドワード殿下に聞いた話や、イリス様の話を合わせてみると、エミリー嬢の思い付きの嘘から始まったようなのです。
花冠を断られたときに、咄嗟にマイルズ殿下にもらうと聞いたと嘘をついたんです。その後でマイルズ殿下に話を持ち掛けてみたら、あちらも乗って来て、協力関係になったようなのです」
イリスも、簡単に騙されたのだった。
あの時マイルズ殿下は、エドワードが他の貴族への対応で身動きが取れないから、代わりに渡すよう頼まれたと言った。だから私は受け取ったのだ。まさかそれが嘘だとは思ってもいなかった。
イリスとエドワードの婚約を知っている貴族たちは、思いがけない組み合わせに驚き、知らない一般市民は美しいカップルに沸いた。
しかも、エドワード殿下は、エミリー・ザルツ嬢に花冠を渡している。これはいったいどういうことなのだろう。
王と王妃は二人に問い正さねばと席を立ち、貴族たちは、慌ただしく情報収集にいそしむことになった。
「バイエルの狙いは、ただ国内に混乱を起こすことなの? それとも王族に紐を付けようとしたの?」
「たぶん、多重に罠を張ったのでしょう。エドワードにエミリーをあてがって、そこから国を操る。
マイルズ殿下にイリス様をあてがって、ブルーネルの軍事力を利用する。両方共成功したら万々歳です。もう、レンティスを好き放題にできます。
両方失敗したとしても、王族にごたごたを起こせるのだから、それだけでも充分な成果ですよ」
◇・◇・◇
その夜、王の私室に二人の王子が呼ばれた。王と王妃が揃っており、アイラはその場に侍女として侍っていた。
「祭りでのあれは何だ?どうしてマイルズがイリスに花冠を渡したんだ」
先にマイルズの方が聞かれた。
「イリス嬢に、花冠が欲しいと言われていたので、用意していたのです。後で渡そうと思っていたのですが、エドワードがイリス嬢の元に行くのが難しそうだったので、代わりに渡しに行きました」
エドワードが、その言葉に反応した。
「イリスから花冠をねだられたの?」
「別に大した意味はないよ。エドにピンクの花冠を頼んだけど、水色と迷ったそうなので、それなら僕が水色のを後で贈ろうとなったのさ」
「それなら仕方ないか。私達も、エドワードが渡しに行くのが遅くて、心配していたんだ。それにしても、大勢が見ている前でまずい事をしてしまったな」
「エドワード、なぜ遅れた。それに、なぜエミリー嬢に渡したんだ」
「それは、ザルツ侯爵との挨拶が長引いて、それに侯爵の家族が周りを取り囲んで話し掛けてくるので、その対応に追われていました」
考えてみると、あれくらい捌けないと、王族としては失格なのだった。
説明しながら、自己嫌悪に陥るエドワードだった。
アイラは、へこんでいるエドワードを見ながら、やはりわざとイリスの傍に行かせないよう計らったのだなと思っていた。
この時はマイルズがグルだと考えもしなかったので、好ましくない偶然がかち合ってしまったものだと思った。
王妃様が咎める口調で言った。
「それでも、花冠をエミリー嬢に贈る必要はないでしょう。しかも被せてあげるなんて、恋人同士だと披露したようなものじゃないの」
「すみません。驚いて、何も考えていませんでした」
「二人共、王族としての自覚が足りないわよ」
全くだ。色々と迂闊すぎる。教育し直したほうがいいのじゃなかろうかと、アイラも思った。
王もそう思っていた。これはまずいと。
「エドワードは明日、ブルーネル家に謝りに行きなさい。結局、花冠を贈る約束を破ってしまったんだからな。しかも本人が見ている前で、他の女に贈るなんて最低だぞ」
次の朝、エドワードは謝罪するためにブルーネル家を訪ねた。
いつもと違い、使用人達の目が冷たかった。
◇・◇・◇
「あの時はエドワード殿下の不手際ということで、皆が納得したのだけれど、イリス様は、話の齟齬に気付かなかったのですか」
「花冠をもらった時に、ピンクよりブルーの方が似合いそうなので、当日選んだらいいと思って持ってきていた、と言われたの。だから違和感はなかったわよ」
「そこで否定したら、逆にマイルズ殿下との約束を、隠そうとしているように見えたでしょう。却って良かった」
「祭の後、エミリー嬢が常にエドの横に居るようになったの。いつものように私がエドを見ると彼女から睨まれるようになったわ」
◇・◇・◇
学園内で、祭での出来事が、素早く拡散していった。
殿下はエミリー嬢と付き合っているの?
そう言えば、よく一緒に居るのを見かけるよな。
イリス様は、マイルズ殿下と一緒に、昼食を取っているわよ。
でも相変わらず、殿下のことを目で追っているし、話し掛けないけど姿を見にやって来るわ。
そういった噂話が一巡する頃には、イリスは、エドワード殿下の恋を邪魔する悪女にされていた。
その噂を聞いたロイドとヘンリーは、すぐにエドワード殿下に伝えた。ほおっておくと問題が起きるに決まっている。
流石にエドワードも危機感を覚えた。いつの間にそんなストーリーが出来上がったのだろう。
エミリーとマイルズの取り巻きたちが、そちらに噂話を誘導していったのが一因だった。それを抜きにしても、最近の二人はよそよそしかったし、各々違う異性とよく一緒にいたのだ。
昼休みの食堂で三人は相談していた。
「殿下、早く否定して、仲直りしてください。このままだと、悪い方向にしか進みませんよ」
「そうそう。イリス様を盗られてもいいのですか?」
思いがけない言葉を聞いたかのように、エドワードがヘンリーを見た。
「え、破局の可能性はないと思っていたのですか。祭の時に見たでしょう。あんなに美しい女性ですよ。婚約者がいようが、結婚していようが、あわよくばを狙っているに決まってます」
「ヘンリー、言い切るのは止めろ。しかし殿下、そういう危険も考えて慎重に行動しないと、手痛い目に遭うかもしれません」
「どうしたら良いんだ」
「まずはイリス様と仲の良い様子を周囲にアピールするのと、マイルズ殿下を遠ざけることですね」
「僕とイリスに気を遣ってくれている兄に、そんな事言えないよ」
そこに遅れて来たエミリーが合流した。当たり前のようにエドワードの横に座る。もっとも、ロイドとヘンリーが並んで座り、エドワードの横が空くので自然そうなるのだ。
「深刻そうな顔して、なんの話ですか?」
ロイドは他の二人が何も言わないうちに、さっと体を前に寄せて、俺の悩み相談だとエミリーを牽制した。どういう悩みかと聞かれたが、男同士の話なんだと煙にまいた。
この女は曲者だと、二人の中では意見が一致している。始めは分からなかったが、イリスと殿下が揉め始めた途端に、被っていた皮を脱ぎ捨てたかのように、危険な物をちらつかせるようになった。
恩師から注意を要するタイプとして聞かされていた、危ない女の一種だと思う。
「ところで、花祭の冠のお礼に家に招待したいのだけど、いかがでしょう」
明らかにエドワードのみを誘っている。なんてあからさまなんだ。エドワードもそうだなあ、とか言って考えている。さっきの忠告はどこに行ったんだ。嫌だけど、間に入ることにした。
「殿下はイリス様に叱られたんでしょ。まずはご機嫌を直してもらわないと」
ギロリとエミリーが睨み付けて来た。目が据わっている。怖い。
「マイルス殿下と今度遊びに行く予定だそうよ。そちらで機嫌が直るんじゃないの。こっちはこっちで楽しまなけりゃ」
おおっと、それは初耳だ。すでに心変わりしてしまったか?3人とも一瞬動きが止まってしまった。
「だから家のお茶会に来てくださいね。今週末十四時にご招待しますわ。では」
勝手に言って、席を立っていってしまった。




