嫌な噂が出回り始めた
「ねえ、アイラ、なぜお父様達は、マイルズ殿下との交流を止めていたのかしら。後継者争いや、王の寵愛の争いごとのせい? 王妃様と親しかったとしても、あの徹底ぶりは不自然だったわ。何か知っている?」
プチフールを選んでいたアイラがイリスを見た。
「全くご存じないですか? 噂とか聞いていませんか」
もともと噂には興味が薄く、知らないことの方が多い。
両親の態度が少しおかしいと思っても、直接問いただしたことも無かった。必要なら言ってくるだろうと思っていた。
少し考えてから、アイラが話し始めた。
「王がマイルズ殿下の母親と付き合っていたのは、学園に通っていた頃、王妃様との結婚の一年ほど前です。ごく短期間で別れて疎遠になっていたのですが、結婚の少し前に偶然に出会い、そのまま一夜を共にし、そして子供が出来た」
「やけぼっくいに火が付いたっていうパターンね」
アイラはう~ん、と唸り、もう一つプチフールを選んで齧った。
紅茶を飲んでから、ゆっくりと言った。
「それが、王はその時のことを、あまり覚えていないようなのです」
今度はイリスが、う~んと唸った。シャノワールで耳年増になったおかげで、色々な可能性を思いついてしまう。最悪、王の血筋ではない可能性も有る。
「そういえば、王に似ているところが全くなかったわね」
「帰宅しなかった王太子を探したら、彼女と二人で居たため、二人の関係が公になってしまったわけです。見つけた時、彼はぼんやりしていて、状況が把握ができていなかったようで、一部では疑問を持っている人間もいるのです」
どこかで聞いたような話だ。まさかそんな頃から、既にバイエルの手が伸びていたのだろうか。
「お父様達もそうだったと言うことね。単に、王妃様に肩入れしているとかいう話ではなかったのね」
それならば、今まで不思議に思っていた事柄が腑に落ちた。両親は、出自で子供に冷たく当たったりすることはない。しかしマイルズに関しては、徹底的に関わり合いを避けた。
多分、母親の男爵令嬢の人柄も影響しているのだろう。学園で知り合ったなら、両親も彼女の事を知っているはずだ。
おまけにイリスは彼と同じ年の令嬢だ。ややこしい事が起きないよう、なるべく接点を持たせたくなかったのだろう。
「でも、一番始めは彼の言った通り、エドが頼み込んだことだったのよ。その日のすぐ後に、私がエドに確認したの」
「そうでしたか。始めから彼が仕組んだわけではないのですね」
◇・◇・◇
その日以降、イリスはお昼をマイルズと一緒に取るようになった。彼の友人たちも交じり、数人で賑やかに過ごす日が増え、次第に友人として親しくなっていった。
イリスは、エドワードの日常の様子を聞けるので、この付き合いを歓迎していた。両親からは、マイルズとの付き合いを止められていたが、理由は聞いていないし、特に気にしてはいなかった。
けれど、その様子を見て周囲が噂をし始めたのに、イリスは全く気付かずにいた。
婚約者の王太子とではなく兄王子と居ることの方が多いが、これは浮気なのだろうか。そして、姉弟のようなエドワードより、同年齢のマイルズの方が似合っているというささやきも広がっていく。
イリスにしてみれば、エドワードから頼まれた事なので、なんの問題も無いと思っていたが、それは甘い考えだった。
年末になり、学園恒例のパーティーの準備で、皆が浮かれ始めた。
このパーティは、生徒たちがドレスアップして集まり、ダンスをする。お酒は出ないが、軽い飲み物と軽食が出される。本物の夜会の練習版のような催しだ。
既に社交界デビューしている十六歳以上、主に2年生以上は慣れているが、一年生には新鮮で、心待ちにする華やいだイベントなのだ。
早くからドレスの準備が始まり、女子学生同士、また姉妹や上級生からのアドバイスが飛び交い、流行についての情報が行き来する。
エスコートの確保も必須だ。これは男女とも必死で相手を選び約束を取り付ける。そういったやり取りで多少勉強に身が入らなくなるが、それは黙認された。
このイベントは生徒に運営が任されるのも特徴だ。運営側になるとかなり負担が大きいが、それだけやりがいがあったので、そちらに回りたい学生もかなりいた。
エドワードは運営委員になり、更に忙しくなっていった。そして当日もパーティーの主催側の仕事があるため、イリスのエスコートができないと謝って来た。
「私はエスコート無しでもいいわよ。一人で参加するわ。それよりも、エドワードの手伝いをさせてもらえないかしら」
そう申し出たが、部外者に手伝わせるわけにはいかないと言う。
エドワードは残念がるイリスに、マイルズにエスコートを頼もうと提案した。そういう経緯で、マイルズにエスコートしてもらうことに話がまとまったのだ。
だが、これが周囲の噂を更に大きくすることになった。
パーティー当日、イリスはドレスを着て、自宅でエスコート役のマイルズを待っていた。
両親はその話を聞いた時に渋い顔をしたが、理由を聞いても何も言ってくれない。そして、それ以上は反対もしなかった。
ただ、周囲の目と噂にもう少し関心を向けなさいと忠告された。婚約者のいるイリスが、他の男性のエスコートでパーティに出席することは好ましい事ではない。例え兄でも、婚約者本人が頼んだとしても、変な噂を立てられる可能性があるのだと言う。
イリス自身に全くそんな気が無いので、思いがけなかった。忙しい婚約者の代わりに、その兄がエスコートするのがそんな風に見られるのだろうか。
会場に入ると、皆の目が一斉にイリス達に集まった。目立たない人物なら何をしようが大して噂にもならないが、イリスの場合は違う。本人の見た目に加え、王太子の婚約者という立場もある。加えて、今日のようにドレスで着飾れば、気品も美貌もいつも以上に際立つ。
そのエスコート役が王太子殿下ではないのはなぜか! 実行委員なので、などという事情を皆は知らない。だから、ほとんどの人々が疑問に思ったとしても仕方がないのだ。
しかも、パートナーはマイルズ殿下だ。こちらも華やかな美貌の男性で、女性に人気が高い。
大柄なマイルズとイリスが並んだ姿には迫力があった。盛装した二人は、学生とは思えないほど大人の雰囲気を、辺りに放っている。十五歳から十八歳の学生のパーティ会場で、浮いていると言っていいほど場にそぐわない。
二人がシャンパングラスに口を付ける様には、ものうげな雰囲気が漂い、とてもジュースを飲んでいるようには見えなかった。
皆、遠巻きに二人を見ながら、強い憧れの気持ちを抱いた。それと同じくらい疑惑も広がっていった。
人の視線に慣れているイリスは、周囲の疑惑には全く気付かず、マイルズと踊りながら、エドワードの姿を探していた。
だが、どこにも姿が見えないのが気になり、ホールから離れてエドワードを探した。
会場を一周探し回った挙句、ホールの入口付近で、女子学生と二人で受付の名簿を整理している彼の姿を見つけた。声を掛けたところに、ちょうどマイルズが追い掛けてきたので、二人で一緒にエドワードに挨拶しようと近付いた。
二人を見たエドワードの目に、嫌なものが混じっている。鈍いイリスでも気が付いた。
「ようこそ、パーティーに。悪いが、忙しいから失礼するよ。楽しんでくれ」
そう言って女子学生を促し、そっけなくその場を立ち去って行く。
マイルズが気にしなくても大丈夫と言ってくれたが、心がざわついていた。




