旅の仲間が見つかった
ルーザーがうっとおしい。そういう声があちらこちらからあがってきている。
先日の王太子妃誘拐事件で、お留守番を言いつけられたせいで、そのまま腐っているようだ。特殊部隊のリーダーでありながら、一人蚊帳の外に置かれ、通常業務に励むわびしさは理解できる。だが、今のところ目新しい案件はない。
あったとしても、鳴り物入りでバーンと打ち出すような、派手なものはめったにないのだ。
元々ルーザーは正規軍の先頭にこそ、ふさわしいタイプの人間だ。集団を鼓舞し、安心感を与え、やる気を引き出す、そういうことに向いている。
全く隠密行動向きではない彼が、ブルーシャドウのリーダーになったのは、癖の強すぎるメンバーをまとめるのに必要だったからだ。天才の集団をまとめるには、並大抵ではない胆力が要る。
シモンが亡くなった後、ブルーシャドウが結成され、皇室に派遣された。その時に公爵が、とりあえずルーザーがリーダーね、と決めたそのまま今に至る。
ロブラールに来てからは、イリスがリーダーの役割をしていて、ルーザーは主にロブラールの軍に出向しているような具合になっている。
思えば、彼には不遇な思いをさせてしまっている。帰国するまでとしても、何か考えなければと思っていたところに、伯母さまから声が掛かった。
「イリス、疲れは取れた?」
「ええ、もう充分です」
そう言うイリスの顔には少し肉が戻り、帰国したばかりの頃の、削ぎ落とした様な鋭い印象は消えていた。
それに代わり、以前と違う軽やかさが加わっていた。
「イリス、印象が変わったわね。引きずっていたもの、シモンの事に納得したのね」
いきなり言い当てられたので驚いた。
「そうみたいです。シモンは誰も恨んでいないし、後悔もしていないのがわかったので。皆様にはそれが見えていたのかしら。私がエドワードを許していないのも?」
「そうね。薄々は。外から見たほうが見えやすいものよ」
「色々なことを思い出しては、考えています。忘れていたことも多いみたい」
「そう。
ところで、今ね、面白い子が話題になっているの。ダニエルの結婚相手の令嬢の、四歳の甥っ子なのだけどね。あの結婚指輪を捨てる旅に出るんですって。旅の仲間の騎士を探しているらしいのよ」
「へえ、それは、面白い話ですね。何でそういう事に?」
「ちょうど、絵本を母親に読んでもらったばかりだったのですって。教会で指輪が彼の足元に転がって来て、彼は、これは悪い指輪だ、そう思ったらしいの」
「旅の仲間って、大人の男性ってこと?父親では駄目なのかしら」
「駄目らしいわ。社交界でも話題になって、立候補が続出しているのに、誰もお眼鏡に適わないのよ」
まあ、どういう基準で選んでいるのかしら
「そこで、ルーザーを推薦してみようと思いついたの。私のところまで、彼がへこんだままだって話が聞こえて来ているわよ」
「ああ~、そうなんです。でも、それで断られたら、追い打ちですね」
「でも彼なら、充分に頼もしい見た目をしているから、いけるんじゃあないかしらね」
ということで、次のシャノワールへの依頼は、指輪を捨てる旅の仲間を紹介すること、となった。
ルーザーが駄目だった時に備え、誰かもう一人と思ったが、他はダメそうな気がしたので、彼一択で勝負する。
当日サロンにやってきたのは、金色のくるくる巻き毛の天使だった。今回は面白がって、伯母も一緒に迎えている。
「王妃様、お招きありがとう御座います」
ちゃんと挨拶してお辞儀をした。
そしてイリスを見ると、こちらへ両手を差し伸べてきた。
イリスはもうたまらなかった。こんな可愛らしい生き物がいるなんて。
ようこそシャノワールへ、と言いながら、天使をぎゅっと抱きしめた。一目惚れってこういうのを言うのね、と実感した瞬間だった。
お供のルイス嬢は、大人しげなすっきりとした印象の女性だった。ニコニコしてミカエルを見ている。この女性が、ダニエル達がとんでもない迷惑を掛けた相手なのだ。
複雑な気持ちで彼女を見つめ、挨拶をしたのだった。
イリスの後ろに立っているルーザーは黙ってみんなの様子を観ていた。
ミカエルは、次にルーザーの前に行くと片手を伸ばし、握手をした。そしてルイスの方を振り向いた。
「旅の仲間が見つかった」
そして皆でどの道を通って、どこに捨てるか相談を始めた。
ミカエルに旅の仲間は、騎士一人でいいの?と聞いたら、ルイスお姉様と騎士一人でいいと言う。
「三人で旅をするんだ。そして帰ってきたらルイスお姉様の結婚式をするの。
指輪がなくなれば、お姉様は結婚して幸せになるんだよ」
ルイス嬢が愛おしそうに、ミカエルを見つめている。そして言った。
「お姉様は幸せな結婚の相手を探すわ。指輪をミカちゃんが捨ててくれるのだもの。きっとすぐに見つかるわね」
言った後、少し痛そうな顔になる。
伯母様がすかさず口を挟んだ。
「求婚者が山をなしているそうじゃないの。目ぼしい男性はいないの?」
「私、どうもその方面は苦手なようで、ただ戸惑っている状態です」
「まあ、バーンズの新しい後継者も名乗りを上げているのでしょ。会った時に少し話したけど、全てにおいてレベルが高い男性だったわ。彼でも駄目?」
お菓子を食べながら聞いていたミカエルが、当たり前のことのように言った。
「お姉様は騎士様と結婚するんだよ。だから、もう探さなくていいの」
ルイス嬢が真っ赤になって、ルーザーにお詫びした。
「申し訳ありません、突然失礼なことを」
ルーザーはのんびりと首を振った。ミカエルが、そうだよね、と言う。ルーザーが笑った。
「そうですね。もし私で良ければ結婚しませんか」
これには女三人が身を乗り出してルーザーを見つめてしまった。
イリスは何か言おうと思ったが、実力も経験も不足しているので、言うべき言葉が見つからない。目で伯母様を窺うと、思いっきり悔しそうな顔をしていた。何で?
変な間をものともせず、ミカエルが、皆を旅の話に引き戻した。
「ねえ、結婚式の前に指輪の旅だよ。順番だよ」
なんとなく気を取り直し、相談を続けた。
そして目的地を、ここから1日の距離にある山の、神秘的な湖と決めた。そこなら、納得できると、皆が思った。
出発は1週間後の朝、山の麓の宿に泊まり、二日目に湖に行き、もう一泊してから帰宅という二泊三日の旅になった。
ミカエルは。小さいのでお菓子がたくさん食べられない。そう言って嘆くので、バスケットを持ってきて、お土産に詰めてあげる、と言ったら盛大に喜んだ。かわいい。
しばらくして、お菓子を積み上げたワゴンを押して来たのは料理長だった。
客の前に出るのは面倒だと言って、諸国の王の賛辞でさえ辞退するのに、天使につられてのこのこ出て来たのは、とても珍しいことだった。
料理長は、ミカエルとヒソヒソ何か話している。伯母様も参加しているようだ。
嬉しそうにクスクス笑っている。目に嬉しい心和む風景だった。
その間にルイス嬢と話をした。たわいない話をした後、お元気ですか、と聞いてみた。どう切り出したらいいか分からなかった。ダニエル達の消息を言うわけにもいかないし。
すると、ルイスの方からサラッと説明してくれた。
「皆さんが思うより、痛手を負っていないのです。残念ながら、悲しく感じるほど、結婚相手のことを知らなかったからでしょう。でも、やはりモヤっとしたものはありますから、この旅で悪いものを払ってきますわ」
「教えてくれてありがとう。聞きにくかったの。じゃあ、ダニエル達に何か言いたいことは無い?」
「そうですね。難しいわ。
あ、そうだ。いつか帰って来れたらいいですね、と言いたいです。でも帰国は難しいですね」
「そう。もし、万が一、出会うことがあれば伝えておくわね」
少し離れてルーザーが黙って座っている。イリスは横に座って聞いた。
「さっきのは何。驚いたわ」
「そうですか?いい案だと思ったのですけど」
イリスには、訳がわからなかった。
ミカエルが、たたっと駆けてきた。
「騎士様、他の人達は分からないのかな」
「うん、そうみたいだね」
「ミカエルちゃん、どうしてこの騎士を仲間にすると決めたの?」
「えーとね、えーと、言うのが難しい」
「じゃあ、ルーザーは?」
「なんとなく」
「あ、僕もなんとなくだよ」
ルイスの方を見ると、ほんのり頬を染めている。これは冗談じゃあないのかもしれない。
伯母様が離れたところで、あー悔しい、と言っていた。
次回、3.5章の最終話です。その後第4章に続きます。




