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母達の後悔

 花嫁が置き去りされた結婚式で、両家の母達は各々、複雑な思いを抱えていた。

 

 双方にそれなりの事情や背景があり、それには他人からは伺いしれない部分もあるようだ。同じように困惑と狼狽を浮かべる母達の胸の内をのぞいてみると、その心象風景は全く違うものだった。




◇~+~  花嫁の母の後悔  ~+~◇



 ルイス、ごめんなさい。

 あの時、駆け出した二人に見とれていた母を許して。あまりにきれいで目が離せなかったの。


 人の想いって、あんなに伝わって来るものなのね。見交わす目や、繋いだ手や、体の動き全てが物語っていたわ。愛と喜び、底辺を流れる抑えた悲しみ。


 だから、あんなに際立って見えたのかしら。


 そうね、ただキャッキャウフフで走り去るバカップルなら、どんなに美男美女でも呆れていたでしょう。


 それは参列者の皆様も同じはずよ。

 誰もが魅入っていた、実はルイスもでしょ。母にはわかる。他人事のように、素敵なんて思っていたでしょう。あなたって、そういう子よね。



 母の耳にバックグラウンドミュージックが流れていたわ。きれいな声の少し物寂しいきれいな音楽が。それの最後を締めくくるのが、鳩の羽ばたきと、鐘の音。完璧だった。

 そしてバーンと閉まったドアの音が第二幕の開幕合図。


 ごめんなさい。ちらっとだけ、本当にちらっとよ、そんなふうに思ってしまいました。


 祭壇の前のあなたはいつもと違って、とても存在感があったわ。ベールを被っていて顔も見えないのに、目が引き寄せられる強い何かを発していた。皆があなたを見つめ、息を殺していた。


 ベールを上げた時は驚きました。

 いつもよりずっときれい。緊張感で引き締まった表情のせいもあるけど、ほら見なさい。

 常日頃、もっとしっかり化粧しなさいって言ってるでしょ。化粧すれば三割アップよ。母の忠告は結構役に立つものなのよ。ああ、我が娘ながら仲々の美人だったわ。


 でも、あなたと目があった時、現実に戻った。私は立ち上がって、あなたの傍に寄り添わなくてはいけないのに、あなたに丸投げしてしまっていた事に気付いたの。


 置き去りにされた花嫁の母として、ありえないわね。


 でも動けなかった。それは許されなかった。誰にって? あの時のあの場全体の雰囲気によ。


 参列者にお詫びの言葉を述べ、教会から帰っていく参列者を、両家の両親と神父様とでお見送りしたわ。


 皆様、嘆かわしいとか、とんだことでしたね、とかの当たり障りない言葉を短く掛けて帰っていかれたのだけど、何故かムンムンと強い熱量を纏っていて、言葉と表情と雰囲気の違和感が凄かったわ。


 とにかくご挨拶を済ませて、やっと家に帰ることができてホッとしたのよ。


 ところがすぐに叔母一家が押しかけて来て、二日ほど滞在したいって言い出して。そのすぐ後に他の親戚達もやってきて、我が家はホテル状態よ。


 従姉妹たちはすぐにルイスの部屋に駆け込むと、きゃーとか、わあとかうるさいこと。何を言っているのかもわからないけど、すごい興奮状態。淑女教育どこ行った、という様子。


 ルイスはぐったりしているわね。疲れたでしょうよ。この気力に乏しい娘が、あれだけの力を発揮したのだもの。1年分位の気力を使い果たしているでしょうね。


 今晩はゆっくりお休みなさい。


 あ、初夜用のナイトドレスが無駄になったわね。こんなひらひらした物が高いのよねえ。驚くわ。これはきれいに仕舞って置かなくては。




 次の朝、まず一番にバーンズ侯爵家よりの手紙が届いたの。謝罪と賠償と今後のことを相談したいので日を決めたいそう。

 手紙と花束を持ってきたのは、侯爵の甥のカイト様だった。なぜ、使用人ではなく、と疑問に思ったのを感じ取ったのか、丁寧に説明してくれたわ。


「今回のことを深くお詫びすると共に、お互いにとってより良い道を探っていきたいと叔父が言っております。

手紙も使用人では失礼だと思い、僕が持ってまいりました」


 と言って、花束をルイス嬢にと渡して帰られました。


 では、ルイスを呼びますと言ったら、ルイス嬢は傷心でお辛いでしょうから、と労わってくださった。いい人ね。なんだか釈然としないけど、さすが侯爵家、対応迅速、そして花束が豪華よ。


 花束と手紙を持って客間に戻ると泊っている親族たちが集まっていて、こっちを見ていたわ。花束と手紙を交互に見ているけど、どっちに興味があるのかしら。


「バーンズ侯爵家はなんて言ってきたの」

 と私の叔母が聞き、


「その花は誰に贈られたもの?」

 とその妹のもう一人の叔母が聞き、


「今の貴公子誰?かっこいい人ね」

 その娘の従姉妹達がさえずり、


「お母様、朝ごはんにしませんか。私お腹が空いてしまって」

 ルイスが言った。


「張り合いのない娘だな、全くいつも通りじゃあないか」

 と夫の叔父が言うと、他の皆もそうねと言って頷いている。


 ルイスの幼い甥のミカエルが、


「ルイス姉様、泣かないの?

花嫁にならなかったのでしょ。僕泣いていると思ったの」


 これは直撃だわ。マギー、ミカちゃんを別室に、早く。


 え、一緒に聞く?あなた姉でしょ。妹の傷心に寄り添う麗しい姉妹愛とか無いの?


「泣かないわよ。疲れて眠いのと、お腹が空いているだけ。いっぱい食べましょうね」


「ね」


 天使のミカちゃんと可愛らしく言い合う姿は、可愛いけどなんだか疲れたわ。


 こんな事になったのも、元はと言えば家庭教師のスミス氏が縁談を持ち込んだからだったわね。


 おとなしくて浮ついたところのない、頭の良い令嬢を探している、と声を掛けられて、すぐにルイス嬢のことを思い出したのです。顔合わせの話を受けてみませんか、と言われてその気になったのだった。


 なにせ、親がお膳立てしてあげなければ、一生家で本を読んで過ごしそうな子なのだ。いい縁があれば何でも掴まねば、と焦ったのが結局間違いだったということ。

 なぜか娘が選ばれ、なぜかダニエル様にも気に入られ、話はスムーズに進んでいった。

 訳アリの匂いは有ったけれど、そんなに気にしなくてもいいのでは、と楽観的に考えていた。


 娘に負担を…どんな負担かしら。世間様が思うのとは違う気がするけど。


 まあ、いいか。


「奥様、お手紙が届いておりますが、どう致しましょうか」

執事が声を掛けてきた。


「ありがとう。朝食の支度をお願い。ちょっと多めで豪華なメニューにしてね。

ミカちゃんが喜びそうな甘いものも加えて頂戴」


 そう言いながら、手紙を受取ろうとしたら、トレイに山盛りに手紙が盛られていた。


「これ、何?」


「手紙でございます。こちらは高位の貴族からの手紙で、早めにお返事が必要かと思われますので、お持ちいたしました。

その他のものと釣書は執務室に置いてあります。釣書は嵩ばりますし。

今まで付き合いのある家と、初めての家で分けて執務室に置いてありますので、目通しをお願いいたします」


 ルイス、ごめんなさい。なんだか疲れることになりそうよ。いっぱい食べて体力をつけてね。





~~~✙~~~✙~~~  逃げた花婿の母の後悔 ~~~✙~~~✙~~~

           (もしくは、宣戦布告)



 まあ、ケイト嬢だわ、来たのね。夫も結婚式だけは盲点だったのでしょうね。


 それにしても、よくここまで潜り込めたものだわ。


 二人が走り去る様を、皆じっと見つめている。誰も動かない。


 そして教会から出て行ってしまった。


 私は今、息子を失ってしまったのね。義理の娘になるかもしれなかった娘と共に。


 五ヶ月前に戻れたら、三ヶ月前でもいいわ。もし、もっと早く相談を受けていたら。


 もしばっかり。時は戻らないのよ。


 あの日に届いた、カンザス商会会頭であるケイトの父、ボイド・ラングラーからの手紙は、婚姻の申し込みだった。


 それを読んだ時の夫の様子は今でも語り草よ。一気に青筋が立って顔が真っ赤になった。手紙の内容を聞いて、私も使用人達も首を引っ込めて息を殺したわ。


 あんなにカンカンになっている理由が、一瞬で理解できるものだった。


 侯爵家の嫡男で一人息子のダニエルを婿養子に迎えたいと言って来たのだから。


 手袋を投げられたようなものよ。いえ、水に浸した白手袋を顔面に叩き付けられたという方が合っているわね。


 つまり向こうは絶対にこの婚姻を認めないと言うついでに、喧嘩を売ってきたということ。常識破りではあるけど、結婚を申し込まれて不敬に問うことはできないわ。さすがに大商人。


 憎ったらしいこと。


 ボイド・ラングラーは、長く叙爵を断わり続けていたのに、一年前に起こった大規模水害からの復興に尽力した功績で、叙爵を渋々ながら受ける予定だった。


 かわいがっている一人娘のケイトが爵位を欲しがったから。それはダニエルと結婚するためだった。


 平民といえど、教養、マナーは貴族の令嬢にも劣らず、そのまま高位貴族として通用するレベルだそうで、爵位さえあれば、侯爵家に嫁ぐのに問題はないはずだった。


 ところがボイドがへそを曲げてしまった。

 

 貴族になって何の利がある。ちょっとした利権と、プライドの代わりに大量の奉仕を求められる。権力なら充分持っているし領地などいらない。


 貴族になって、いい事なんてあるか? 娘を隣国の侯爵家にくれてやるために、こんな外れくじを引けって言うのか。というのが彼の言い分。彼の立場に立てば、確かにそうだわね。貴族でいるのも大変なものよ。


 それで結局はボイドも一人娘を失うことになったのよ。


 年配の、頭と気持ちが頑なになった権力者の、ちょっとした思い込みが、周囲を巻き込む大事に発展するのはよくある事よね。


 本人は自分だけが正しいと信じて疑わない。だから質が悪いの。周りからはそれが見えているけど、逆らえない。それこそが権力者ってものでしょうね。


 夫もその権力者の一人で、例外ではないわ。ボイドとは真っ向から対立してしまった。同族嫌悪というものでしょうか。どっちも折れる腰を持っていないんだから、分厚い壁と壁が立ちはだかったようなもの。


 国をも動かすことができる二人に、若い二人ができることは無いと私は思ったの。誰もがそう思ったはずよ。


 だから、私はダニエルに、諦めなさい、侯爵家を継ぐ者としての責務を考えて、と言い聞かせた。

 ダニエルは諦めて別れることを選んだ。私が、家を一番に考えるよう、幼い頃からそう育ててきたから。


 帰国後はケイトからの連絡を完全にシャットアウトして、一切の情報をダニエルには伝えなかったし、ダニエルの動向は秘匿された。


 ケイトが家を捨て、国を飛び出して必死に接触を図ろうとしていたのも、夫が全部ブロックしていた。そして私も彼女に決して会おうとしなかった。


 だから外出時も護衛を三人も付けていたし、婚約者になったルイス嬢との時間も少ししか取れなかった。

 それでも、ルイス嬢に好感を持っている、とダニエルが言ったときにはホッとしたの。


 できれば気の合う御令嬢と添って欲しかったから、いえ、罪の意識を薄めたかったからかしら。


 鷹揚でのんびりした佇まいに癒される、だったかしらね。そうよね、そういう人がいいわね。

ルイス嬢には本当にひどいことをしてしまった。謝っても謝り切れないけど、それ相応の償いはさせていただきます。そんな事しかできないの。


 ケイト嬢とは一度だけ、ルイス嬢とは二度会っただけだけど、不思議なことに、どこか似ていたわ。

 全く印象が違うのに、どこかしら似通ったところがあった。だから夫は彼女を選んできたのでしょう。その眼力には敬服するけど。


 私はずっと、剛腕と言われるあなたを、後ろから支えて来たわよね。私には、この数十年の侯爵夫人としての人脈と実績と、それに個人資産があるわ。


 私は侯爵家の跡取り息子を失ったけど、ダニエルまで失う気はないの。私は私の好きにさせていただくわ、あなた。

 そしてボイド・ラングラーさん。


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赤っ恥かかされて性格勘違いされた求婚ばかりになったルイスを思うと、ダニエル夫妻は普通にkzだし侯爵夫人も悪かったと言いつつ財産と人脈は息子のために使いますだしボンズとも和解、今後は権力者の協力の元のう…
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