第三章 最終話 そしてこれから
第三話完結です。
ブルーネルの館で休憩したのは数日だけだった。
駐屯地ですぐに捕虜に対する尋問が行なわれ、バイエルの今までの関与と、現在の思惑を吐き出させた。ケインがいないので、通常の方法での尋問になった。
密偵の方が持っている情報は深かったが、小隊長は実働隊の一員で、レンティスでの行動のあらかたに関わっていたので、細部の情報を持っていた。
シモンが襲われたとき、王太子の跡をつけて来た彼らは、馬車に乗る王太子エドワードと侍従、それに護衛の騎士二名しか確認していなかった。
先にシモンが乗り込んでいるとは思っていなかった。
襲撃で騎士達が切り伏せられたのを見て、シモンが王太子の着ていた服を自分の物と交換し、マントを被らせて、馬車の反対側の扉から脇道へ逃した。そしてシモンは帽子で髪を隠し、馬車の襲撃者から見える扉から出て、エドワード達と反対の方向に逃げたらしい。
脚の早いシモンは、かなり長い間逃げて時間を稼いだらしいが、追手が追いついた。
剣の才能を認められ、弱冠十二歳ながら、大人の訓練に参加し始めていたシモンだったが、刺客達には敵わなかった。
想像はしていたが、襲った相手から聞かされる話は生々しく、改めて、胸をえぐられた。
涙を流すイリスを公爵が慰めた。
「シモンはその時出来ることを精いっぱいやった。そして見事にやり遂げたんだ。誇りに思おう」
「でも、なぜあの子が死ななければならなかったの。エドは王太子で、幼馴染で親友よ。頭ではわかっている。でも気持ちのどこかで、なぜシモンを見殺しにしたのって、エドを攻める気持ちが消えない」
イリスはやっと自覚した。封印して気付かない振りをしていたが、許せない気持ちがずっとあったことを。悪女と呼ばれたのも、その黒い気持ちが滲んでいたせいかもしれない。
「今回お前は救出に向かい、指揮を執った。非常に危険な行為だが、なぜ引き受けた? マーガレット王太子妃を爆破から体で守ったとも聞いている。シモンのやった事と同じではないか?」
あまり深くは考えていなかった。しいて言えば……
「救出に関しては私が適任だったから。マーガレットは…咄嗟に体が動いたのと、私の方が強かったから、かしら?」
侯爵はイリスを見つめている。
「シモンも同じだったと思うよ。その場にお前が居たら、もしくは今回ここにシモンが居たら、同じことをするだろう。私は、そういうお前達を誇りに思う」
イリスはポロポロと涙を流し続けた。後から後から涙が出たが、不思議に気持ちは静かになっていった。
一年半前の事件は、国王の庶子で、長男だった王子マイルズをそそのかし、イリスと結婚させようとしたものだった。
彼の母親は男爵家令嬢で身分が軽く、しかもシモンの事件の時に亡くなっていたため、頼れる後ろ盾を持たなかった。そういう微妙な立場の王子は、内乱を望む他国にとっては格好の獲物だった。
どのように接触し、どのように操ったかが明らかになって行った。
これはイリス自身が当事者として経験した出来事だったので、冷静に、しかし驚きつつ聞くことになった。
母がイリスに問いかけた。
「あなたはいつまでロブラールに居るつもりなの? そろそろ帰国しなさいな。色々なことが今回明るみに出たわ。私たちはそれに正面から向き合う必要があると思うの」
そうだ。いつまでも逃げているわけにはいかないのだ。逃げたら、今回のように、その隙をまた狙われるのだろう。
帰国することを両親に約束し、ロブラールに戻ることになった。
その前にアイラはイクリスの変装をした。そこには、少し似ているけれど、全く違う印象の男がいた。さすがアイラだ。少し違う印象から、次第にイメージを変えていき、最終的にこの全く違う男になります、と説明された。
商会に着いたら、ダニエル達に成功の報告をし、その後イクリスに成りすますことになっている。それが終わるまで、彼らには付き合ってもらおう。
今回の事件は、表面的には何もなかったことになった。そのため、イリスは男装したままイクリスとして、ロブラールに向かった。
国境を越えたすぐの宿場に、ルーザーが待ち構えていた。
またまた塩たれている様子なので、イリスは撫でて慰めておいた。今度は嬌声を上げる女子職員達が居ないから、と思っていたが、マーガレットとミアがきゃあきゃあ言っていた。それに、通りすがりの女性達も乗っかって騒いでいる。
カイルに、あれ何?と聞いたら、イクリス様、潜入、戦闘を通して、男前に凄みが増しましたからね、と言われた。
「ねえ、いくつに見える?」
「そうですね、24歳ってところかな」
どうやら年輪を重ねてしまったようだ。
そういう旅を続け、やっとロブラールの王宮に帰り着いた。
王の家族との再会の場は、シャノワールの部屋だった。今回の事件はこの国でも極秘であり、ほんの一部の人間しか知らないのだ。
秘密のままの出来事が、王族の周辺では多いのだ、と改めて思う。
マーガレットの無事な姿を皆に見せることが出来て、心から嬉しかった。
全員がマーガレットを抱きしめて労り、次にイリスのところに礼を述べにやって来た。
伯母が嬉しそうに言った。
「イリスって、弟の若い頃にそっくりね。最初びっくりしたわ。ブルーネル公爵の庶子が現れたっていう噂を聞いたけど、あれはあなたね」
「本当だ。彼に似ていたんだなあ。母親似かと思っていたよ」
マーガレットがキラキラした目でイリスを見上げた。
「本当に素敵だったんですよ。私を背に守って戦い、爆破の時には抱きかかえて庇ってくれたんです。感謝しますわ」
騎士に対するような態度でイリスに感謝を述べた。イリスもそれに合わせて、騎士風にひざまずいて、ドレスの裾に口付けをして言った。
「囚われの姫君をお救い出来たこと、騎士の誉れといたします」
また、きゃあ、と声が上がった。今度はマーガレットと伯母様だった。
最後にゼノンがやってきて礼を述べた。何となく目が冷たい。
あの、きゃあきゃあ言うのは、お芝居の役者に掛け声をかけるようなものよ、睨むのやめて頂戴、と目で訴えておいた。
ゼノンはボソッと言った。
「古の王になったような気分だよ。湖の騎士になるなよ」
古の王? あの騎士と王妃の物語がある、あれ?
「嫌だわ。私は女よ。変な言いがかりはやめてよね」
「しかも、俺より年上か」
彼はイリスの一歳上だ。なんてことを言うのだろうと思った。
他の人間から見るとその通りなのだが、イリス自身が自分の姿を客観的に見ることは出来ないので、この温度差は仕方がない。
目をすがめて、イリスの顔を見つつ言った。
「早く嫁に行け」
ものすごく、余計なお世話だわ。
一息ついて、久しぶりの極上スイーツを堪能しながら、今回の事件のあらましを全員に伝えた。イリスから見た経緯だけでなく、マーガレットから見た経緯もここで話してもらった。
全てはバイエルがレンティスの内乱を狙って起こした事だった。
そして、これ以上の干渉を招かないよう、イリスはレンティスに戻ることを決めた、と伝えた。
第三話のサイドストーリーとして第3.5章をこの後アップします。
先に短編で出した ”教会に置き去りにされた花嫁” と” 母達の後悔” をそのままそこに入れ込みます。この話の一部なので一本にまとめる事にしました。
それに追加の話が続きます。5話で終わる短い章になります。次回は3話まとめて出します。
引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。
その後に第4章として一年半前の事件当時の話が続きます。そこで、シャノワールの話は完結です。




