人質救出の完了
走れ。そしてブルーネルの駐屯地がゴールだ。
イリスはそう思っていたが、他のメンバーはまだ気が収まっていなかった。
だが、もうできることはない。追手の足止めはほぼ完璧だ。
途中、どこかで馬を乗り継ぎ、マーガレットだけでも先に行かせようと考えながら、イリスは周囲を見ていた。
もう昼近くになり、人通りも多くなっている。全力疾走では目立ち過ぎるし、マーガレットの体が持たないので、並足程度に速度を落としていた。できれば余裕のある今、食事も取っておきたい。
小さめの宿場町が見つかったので、そこで一休みすることにした。
これは残念な偶然だったのだが、あの小隊長と密偵、騎士七名、それにセレスの交渉係の二人が、そこにいた。
ブルーネル公爵領の様子を探るために、レンティスへ向かっていたのだった。それがここでかち合ってしまった。
先に気付いたのはバイエルの密偵だった。
「おい。いるぞ。ブルーネルの庶子だ」
「あれか。確かに普通の男には見えないな」
残念な事に、そして本人に自覚はないが、イリスは非常に目立つのだ。
一行を探り、総員が七名、しかも三名が女性なのを知ると、彼らは自分たちが絶対的に有利だと判断した。そして、人気の少ない場所で無防備に一行を取り囲んだのだった。
それは、イリス側の思うツボだった。カイルが彼らに気付いて警告し、あらかじめ準備した状態で、気付かない振りをしたのだ。
「バイエルの小隊長と密偵は生きたまま捕獲、他は殲滅」
イリスの掛け声と共に、七名の内、五名が切り掛かった。イリスはマーガレットの傍で、彼女を守っていた。
バイエルの小隊長と密偵が、イリスの前に躍り出てきた。小隊長が、先に切りかかって来る。
「女を守って恰好つけてるが、お坊ちゃんの剣で、俺に敵うかな」
ガンガンと剣を打ち付けてくる。だいぶ荒い剣だ。だが、ミラよりはずっと大人しい。受け流しながら、マーガレットを後ろに庇い、遠ざけた。
「剣を受けるので精一杯のようだな。一人も殺したことが無いだろう。実戦は剣のお稽古とは違うんだよ」
嘲笑いながら、尚も押してくるのを捌きながら、攻撃が単調すぎてうんざりしていた。
「悪いな。残念ながらあるんだ」
そう言うと、ぶつけてきた剣の勢いをそのまま前方に流して背後に回り、さっと背中を切り下げ、相手の動きが止まったところで、後ろから蹴倒した。
そのまま密偵の方に振り向きざま、一気に横に薙ぎ払った。ちゃんと、深手にならないように浅めにいっておいた。
カイルが走り寄り、さっさと二人を縛り上げ、一応止血した。飛んで火にいる何とかだった。
その時、後ろに庇われていたマーガレットが叫びながら走って来た。
「髪の毛の恨みよ。思い知れ」
そう言いながら、小型の爆弾をありったけ、セレスの二人に向かって投げつけた。
イリスが慌ててマーガレットを抱き込み、庇った。次の瞬間、爆発が起こり、盛大に土埃を舞い上げた。そこら中が茶色い煙に覆われ視界が失われた。
そして土埃が落ち着いてきたその先に、王太子殿下エドワードの姿を見つけたのだった。
自分の目が信じられなかった。なぜ、こんな所にいるの? 周囲の兵の数は十人もいない。そんな少数で他国に来るなんて、正気の沙汰ではない。
アイラとカイルに呼びかけられ、そちらに駆け寄る。まずはマーガレットをミラに任せた。
マーガレットは、これがしたくて来たのね、とがっくりしていた。そして、ミラとの組み合わせは相性が良すぎて、最悪なのも分かった。この二人を仲良くさせては危険だ。
それから、アイラを呼び、エドワードに国に帰れと言いに行ってもらった。そしてそのまま、国まで追い立て、いや、護衛を頼んでおいた。
誘拐されたのはイリスだという事になっている。この先、打ち明けるにせよ、今は隠しておいた方がいいように思う。イリス達が後ろを守るので、先にレンティスに戻って欲しい。
イリスを助けに来てくれたのだろう。その気持ちはうれしいが、それよりもなんて無謀な行動を、という怒りの方が強くなってしまうのだった。
この場の片付けを終わらせ、捕虜二人を馬に乗せて、レンティスに向かって馬を走らせた。
マーガレットが居るので、あまり無茶な行軍にはできず、そこから4日程かかってしまった。
最終日、レンティスまで、あと6時間程度の場所にある宿場に休憩に寄ると、そこにはブルーネルの騎士達が平服でたむろしていた。
助かった。そろそろ馬が限界だったので、ここで馬を替えられたら、マーガレットだけでも先にと思っていたが、もう後は彼らに任せることが出来る。
合流すると、騎士達の中にハンスもいた。
「駐屯地で詰めていましたが、伝令が来てからすぐに、皆で出張って来たんです。密かに助力出来ればと思いまして。全員軽装で休暇旅行を装っていますが、武器はしっかり隠し持って来ています」
彼らは宿をひとつ借り切って遊んでいたと言う。国境の検問所は、この誘拐に関しては何も知らされていないため、現在、特別の警戒もしていないようだった。
そしてまだ、街道で起こった騒ぎに関しての連絡も来ていない。あくまでも、セレスを隠れ蓑にした工作活動で、バイエルは国の組織を動かしてはいないのだ。
おかげで、しばらくここで休んだ後、騎士達に紛れて国境を難なく通過した。
やっとこの人質救出作戦が終わったのだった。
後日談だが、この時の事を別行動していたケインと、留守番のルーザーに話したとき、エドワード王太子が現れた場面で、ケインが腹を抱えて笑った。
「必死で助けに駆け付けたのに、相手が美青年になっていて、しかも片手に隣国の美しい王太子妃を抱き、片手に血刀を構えて立ちはだかられては、男として立つものがないな」
「立つ瀬がない、でしょ」
「いや、何もかも立たないってこと」
上手いことを言ったような顔をしているケインと、一緒に笑っている男たちを、女三人で睨みつけたのだった。
次回、最終話です。




