トラップ祭り
ブルーネルに向かう街道を走り始めて少しすると、騎馬が二騎向かってくるのが見えた。緊張が走り身構えたが、その馬に乗っていたのはミラとマーガレットだった。
思いがけな過ぎて、目を疑った。
「なぜ、ここに来た。ミラ、どういうことだ」
「申し訳ありません。マーガレット様がどうしても、一言伝えなければいけないことがあるとおっしゃって」
「あなた、イリスなの? 御免なさい。でも監禁されている間に聞いてしまったことを、今伝えないといけないと思ったの。さっきはぼんやりしていたのだけど、意識がはっきりしてから後悔して、無理にお願いして連れて来てもらったの」
腹立たしいが、来てしまったものは仕方ない。早く話を聞いて、早く帰らせなければ。
「こちらへ」
ここにいるのは全員ブルーネル公爵家の者達だが、一応二人だけで話が出来るところに移動した。
「それで、なんなの?」
「監禁されている間に、ブルーネルとイリスの名が何回か出てきて、バイエルの騎士達の話すのを盗み聞きするようにしていたの。
その中で、五年前の事件以降、ブルーネルと王家の関係が悪くなっている。それを利用して内乱を起こそうと、1年半前に仕掛けたが失敗した。
しかし、娘と王子の婚約が解消され、娘が他国に移住した。関係は更に悪くなっているはずだ。今がチャンスだろうって言っていたの」
イリスは軽く目を瞑った。そして、あれもそうだったのか、と納得した。シモンの件がはっきりした今、実にしっくりくる話だ。
イリスを使って王家との間に亀裂を生じさせ、内乱を起こさせようとしているのだ。
「ありがとう。色々な事件の裏にバイエルがいたということね。大きな情報よ。でも、後でもよかったのに」
「詳しくは知らないけれど、イリスは辛い思いをしてきたのでしょ。ここで思い知らせてやりましょう」
あれ、なんだか思い掛けない言葉が出た?
ミラが近付いて来た。馬の背に振り分けた荷物に、何やら詰め込まれている。
「イクリス様、少し戻って大々的に爆破してきてもいいでしょうか。各種トラップも稼働状態にしておきます。一年半前のあれもなんて、何かしないと私は収まりません」
「何を言っているの。今はマーガレットを無事に帰国させる事が第一優先よ」
「今なら、メイサムの起こしたことになります。今でなければ出来ないかもしれません」
復讐したい気持ちはイリスも山のように持っていた。それを理性で抑えている。ミラの言葉は甘い誘惑だった。
思いっきりセレスの邸宅を吹っ飛ばして、大々的にのろしを挙げて暴れ回りたい、そういう獰猛な気持ちがある。もう一人の自分は怒り狂っていた。
だが、自分一人の感情にたずなを渡したら、指揮官として失格だ。
イリスは自身の迷いを吹っ切った。
「報復行動を禁止する。即刻、予定通り宿に向かえ」
「イリス」
「イリス様」
二人揃って、半べそ顔になっていた。五年前の事も一年半前の事も知っているミラならわかるが、なぜマーガレットまでと不思議に思った。
「ありがとう。二人の気持ちはうれしいわ。でも、駄目なのよ」
やっとあきらめたらしい二人を見送ってすぐに、また二人が戻って来た。
後方の遠くに、騎馬部隊が見えて来た。
「追手です。人質が逃げたのが、発覚したと思われます」
ミラが嬉しそうに報告する。
上手くいけば、朝方まで猶予があると思ったのだが、そう、うまくはいかなかったようだ。しかも人数は軽く五十人以上いる。
実はこの日、報告を受けたバイエル軍は会議を行い、夜中の人目に付かない時間を見計らって、追加の兵士を送り込もうとしていたのだった。イリス達が侵入した時間帯には迎えに出た者達がおらず、人が少なかったのだ。
二時過ぎにセレスの邸宅にやって来た軍は、屋敷内の様子を確認し、人質が逃げたのを知った。そしてすぐに、レンティスに向かう道を駆けて来たのだ。
まずい、最悪なことに、ここにマーガレットがいる。
「イクリス様、この少し先に、軽めですが一つ目の爆薬が仕掛けてあります。そこを超えてください。爆破します」
ミラが言う。その声を聞き、すぐに全員に早駆けを命じた。
アイラとカインが殿に付き、一行は全速で馬を駆った。
ミラは爆破を仕掛けた場所に急いだ。
しばらく全速で駆けた後、後方で爆発音が轟いた。
思わず後ろを振り返ると、土煙が大きく立っている。その向こうに、倒れた馬と人が複数見えた。
ミラはまきびしを撒きながら、こっちに向かって走って来る。
「推定十数名倒しました。まだ八十騎程いる様子です」
まきびしで時間を稼いだが、撤去されたらまた追跡される。替え馬なしで一日走らせるのは無理だ。足止めするか、別のルートを通って撒くか、殲滅するしかない。
まずは足止めを試すことにする。
「ミラ。今使えるトラップや爆薬の種類を教えて」
「マーシャとベスが、火責めの道具一式を背負っています。それから、ここに催涙剤を噴出するワイヤートラップが二個、三連式で爆発を誘発するトラップが一つ、スズメバチの巣一個、この道の先3か所に爆薬が仕掛けてあります。後は小物が色々」
「よくそんなに持ってこれたわね」
「だいぶ置いて来たので残念です」
「じゃあ、催涙剤を二個とも仕掛けて。馬を使えなくしたら、もう追ってこられない」
ミラが、地面に何かしている。カイルとアイラも手伝って、土を軽く掘って埋めているようだ。100mくらいの間隔で道に二か所トラップを仕掛けた。それにスズメバチの巣をひもで結び、道端の木の枝に軽く結んでいる。
つまり催涙弾で馬と人が混乱しているところに、スズメバチの巣も落とすということか。それは、さぞ馬も人も暴れ回ることだろう。
そのまた先一帯に灯油を撒いて回った。
「弓の腕は自信があります。お任せください」
マーシャとベスは矢の先に布を巻き付けたものを何本も準備し始めた。
火矢を射るつもりのようだ。
「火矢を射て、火が付かなかったら危険よ」
イリスが止めると、失敗した場合に備えて、越えたところに三連の爆弾トラップを置きましょうと言い、ミラがまた何か仕掛け始めた。
そろそろ逃げないと追いつかれる。全員、早駆け、と声を掛け走り始めたすぐ、後方で悲鳴が上がり始めた。人と馬の悲鳴だ。それと、馬同士がぶつかり合う、どすどすという重い音と、変則的なひずめの音。
トラップが効いているようだ。
其処を抜けたら火責めか。なんだか救いがない気がしてきた。その辺で諦めてくれるといいのだが。
だが、こちらのメンバーは諦めていなかった。矢の先に灯油を浸し、火を付けて射込み始めた。十本ほど射たところで火の手がぼっと上がった。それはどんどん大きくなり、広がっていく。
「これで、しばらくは追って来れないでしょう」
まあ、そういうことだな。
なんとなく溜息をついてから、イリスはまた早駆けを命じ、そのままブルーネルを目指した。仕方がないので、ミラとマーガレットも一緒にブルーネルに向かうことになった。
置き去りにされたケイン達四人はどうするのだろうか。
全く、予定が狂うのにもほどがある。




