5年越しの真実
ダニエルの部屋に行くと、ちょうど二人一緒にいたので、この二、三日で用事が片付きそうだと告げた。
うまく事が運べば、半分程度の人数が、そのまま帰国する。ただし、イリスとアイラはここにしばらく残る予定だ。
事件と共に居なくなっては、商会に疑いの目が向けられるかもしれない。二週間くらい後に、ロブラールに向かう商隊を率いて帰国したい。
ケイトがまじまじと顔を見ている。
「イクリス様、顔付きが変わりましたね。もう、商人見習いの子爵家令息に見えません。
他の皆さんも、そうなのかしら。それなら、商会に顔を出さないほうがいいかもしれません。職員も、客も、違和感を感じ取ってしまいます」
「そうなのですか。自覚はないので、わからなかったです。怖い顔をしていますか?」
また暫く見つめてから、ケイトは言った。
「いいえ、ただ、違うのです。日常とは別の世界にいる人、と言ったらいいでしょうか」
ダニエルを見ると、彼も同意見だと言う。二人共がそう思うのなら、そうなのだろう。それはイリスだけでなく、他のメンバーも同じかもしれない。
この時から、仕事を休むことを決めた。
八時になり、改装中の居酒屋にメンバーが集まった。ダニエル達に言われたことが気になって観察してみたが、イリスには、皆いつも通りに見えた。
監禁場所が確定できたこと、マーガレットたちと話ができ、襲撃について伝えたこと、数日内に決行に移すことを話した後、各チームの状況を確認した。
バイエル偵察班は、騎士たちの巡回時間、経路、人数などを把握済みだった。その一番弱そうな時間帯を選んで夜の一時から二時に侵入することを決めた。
警備に回されている小隊は精鋭ではなさそうだ。数か月の短期駐在としてこの任務に当たっているらしい。戦力としては通常と想定した。
セレス偵察班は、セレスがメイサムへの警戒を強めていること、もうすでに、自称メイサム信者の集団と、何度か揉め事が起きてる事、どうもバイエル側とも、揉め始めているらしい事を報告した。
カイルは邸宅の見取り図を作成していた。マーガレット達が居る場所も新たに書き込まれた。
ミラは、うれしそうだった。きっと色々作ったのだろう。
ケインはメイサムの活動が根付き初め、自称メイサム教団員が発生して活動を広げていると報告した。時々、ケインが教祖様に扮して、布教と、宗教団体セレスとバイエル国に対する非難を、吹き込んでいるという。
メイサム教信者は、ねずみ算的な増加をし始めており、本当に教団が出来上がりそうな勢いだと言う。
「ありがとう。だいぶ調査、工作活動共進んだようね」
その時、遅れていたカイルが、居酒屋のドアを開けて飛びこんで来た。
ケインが、文句をつける。
「おい、何をやっていた。集合時間に遅れるなんて、なってないぞ」
カイルは無言で肩で息をしている。全速で走ってきたらしい様子が窺える。ただ事ではない。
「イリス様、少し二人で話したいことがあります」
そう言うので、カイルを連れて二階に移動した。
そこで新たに得た情報を聞かされた。衝撃的な話だった。カイルは伝令の途中に、バイエルの小隊隊長が男と二人で飲んでいるのに出くわしたのだった。
そこで、ブルーネル公爵を見ただって、という言葉を聞き、探ってみようと彼らに近い席に座った。
「どこで見たんだよ」
「夕方、街をぶらついていた時に、すれ違ったんだ。一瞬だったが、あれはブルーネル公爵の顔だった」
聞いている方の男はビールをごくごく飲みながら、胡散くさげな顔で相手を見た。
「でも、一昨日の報告では領地で姿が確認されたし、何の動きも見られないと、お前が報告したんじゃないか。ブルーシャドウもロブラールから動いていないようだって」
「そうなんだけど、だけどな。
そいつは二十代に見えた。公爵本人ではないんだ。だが、若い頃の公爵にそっくりだった」
少し、本気にし始めたのか、体が前のめりになってきた。声も潜めている。
「息子ってことか?
でも、公爵には子供は二人しかいない。一人は娘で、俺達が押さえている。もう一人は、5年前に俺たちが殺った。じゃあ、何なんだ」
「公爵の庶子ってところかな。秘密の」
「他人のそら似じゃあないのか」
「あれは無理だ。あの端正な顔に冷淡な雰囲気、そこらにはいないよ」
「じゃあ、動けない公爵の代わりに庶子の息子を動かしたってことか」
「そう考えるのが妥当だろうな。明日朝に報告に行く。兵の増員が必要かもしれない。それと、調査もな」
そこまで聞いて、イリスはしばらくぼんやりしていた。
5年前、殺った? ようやく言葉が形をなし、意味が理解できた。シモンのことだ。やはり裏幕はバイエルだった。
「イリス様」
声をかけられ、現実に引き戻された。
「ロブラールの騎士達にはシモンのことは内緒よ。それ以外は話すわ」
イリスの変装した姿が公爵とそっくりなせいで、バイエルの工作員がイリスを見つけ、軍に報告しようとしていることを明かした。ただし、公爵の庶子だと思っているようだ。明日の朝に報告すると言っていたので、明日以降兵力が増員されると思われる。
「つまり、変装が仇になった訳よ」
アイラが申し訳なさそうに言う。
「すみません。公爵の若い時の姿を知らなかったので、迂闊でした」
「仕方ないわよ。今は髪が減ってヒゲを生やしているから、全然違うじゃあないの。私だって知らなかったわ」
今更言っても始まらない。
「でね、どうするか考えたのだけど。
プラン一、二人共、今夜中に口を封じる。でも小隊長が行方不明では、警戒されるわよね。
プラン二、今夜中に救出して逃げる。準備が整わないわね。危険すぎる。
プラン三、すぐには増員がないことを期待して、明日夜に決行。これが一番現実的だと思うわ」
ミラが自信あり気に言う。
「爆薬もトラップも山のように用意しましたよ。五十人ばかりじゃ物足りなかったんだ。倍でも余裕です。すでにセレスの敷地内にも色々仕掛けてありますよ」
「ミラ、隠密行動、忘れないでよ。それらを使うのは、問題が起こったときだけよ。そして起こらないほうがいいの。
後は、私の顔が商会と結びつかないようにしたいのだけど、何かいい案はない?」
アイラが手を上げた。
「私が変装します。
少し似ていて全然違う人物になってみせます。商会に確認が来るまでに、そっちの印象に塗り替えて置きますよ」
「それがいいわね。危険な任務だけどよろしく」
問題が解決したので、明日のことに切り替えた。
「では明日の夜1時に現地集合。見つかったら即始末。邸宅侵入後三階まで進む。こちらは陽動よ。
その間に、カイルがマーガレットを窓から救出。おぶって降りて頂戴。バイエル偵察チーム三名、そっちに回って。
人質を取り戻したら、即撤収」
ここで少し息を整えた。後は注意事項だ。こっちの方が大事なのだ。
「あくまで静かに、取り返したい。
だけど、もし騒ぎになってしまったら、派手にやるしかないわ。追手を減らすために、屋敷に火を放ち、爆薬、その他何でも使って。
対象はセレス。それとセレスに派遣されている騎士達。内情を知らない、治安維持の兵士には、できるだけ手を出さないこと」
質問がないか聞くと、撤収後の行動を聞かれた。
「アイラとカイルとバイエル偵察チームは商会に戻って。
マーガレットには私の花嫁になってもらおうかしらね。ロブラールの子爵3男の私とこちらで知り合い、先に向こうへ移動することにしましょ。その準備で子爵令息の秘書は先に帰国する。
ミラ、変装を頼むわ。ミラチームの撤収後の居場所は明日、宿を用意するわ。嫁入り馬車は、派手なのを用意しておく」
イリスは侍女達を含む数人と一緒に、ブルーネルに向かって、ひたすら馬で駆けることにした。おとりの意味もある。全員に反対されたが、それが一番確率の高いプランだと言い張った。
ついに明日が決行日だ。




