一年半ぶりの王太子殿下との再会
宗教団体セレスとの二度目の交渉は、一度目の一週間後に行われたそうだ。セレスは、人違いには全く気付いていない。マーガレットが口をつぐんでくれているようだ。
公爵家は、イリスが行方不明だと認めた。ロブラールにはイリスの失踪は知られていないとも言っておいた。
この交渉時に、犯人のセレスから、ブルーネルはレンティスを離れる気はないかと打診された。
もし、レンティス国がイリスの命より、アルガス山脈一帯の土地を惜しむなら、その時にはそういう手もあるのだと。
セレスが口を利いて、その道を開いてあげることが出来るだろう、と言っていたそうだ。
「ずうずうしい、提案ね」
「脅迫者なんて、そんなものだ。だから彼ら自身も、何が起こっても仕方がないと、覚悟しているだろうな」
ん?していない場合の方が多いのでは、と思ったが、つまり何をされても、文句を言うなということね。
「今、ブルーネル公爵家は、極秘で王家と有力貴族二家門に、アルガス山脈の譲渡に関して打診している最中だ。つまり、その三家はこの話をイリス誘拐事件として知っているということだ」
「三家のみで、他には漏れていないと思っていいのかしら」
「ああ、信頼できる家を選んだ。そして、当主にしか話していない。王家は、王太子にも話を通してある」
しばらくイリスを見つめてから父は言った。
「有力貴族当主二名と王と王太子は、イリスが誘拐されたと思っている。
本当のことを全部知っているのは、ロブラールの王家と今回の作戦に参加している騎士達と、ここにいる私達だけだ」
そうか、事態はややこしいのだ。全てを知っている人間は少なければ少ないほど良い。
そして、全てを知る人間を、全員ここに集めてくれたのだ。妙に人数が多かったのはそのせいか。
「ここにいる騎士たちは、誘拐犯との交渉時に護衛に立ってもらった。もし騎士の助力が必要な場合、彼らに動いてもらおうと思っている。お前も、そのつもりでいてくれ」
「解りました。もし加勢が必要になれば、頼らせて頂きます」
イリスは潜入の状況を説明した。
ロブラール国の失踪している子爵家三男の身分を使い、カンザス商会に職員として在籍していること。
潜入を知っているのはカンザス会頭と娘夫婦だけだということ。彼らにも、事件の内容は明かしていないこと。
住処から武器調達まで全てカンザスが担ってくれるので、安全な状況の中、順調に準備が進んでいることを伝え、皆を安心させた。
それでも、何かあった時に駆けつけられるようにと、国境沿いの駐屯地に、この中から七人を送っておくと言われた。其処ならバイエルの首都から、早駆けすれば一日の距離だ。
カンザス商会が、少量だが、駐屯地とも取引しているので、定期的に連絡を取る約束もした。
さて、それでは戻ろうかとなったところで、思いっきり引き止められた。1年半ぶりなのだ。もう半日でも、とすがられて折れた。
商会の他のメンバーは、もう一件御用聞きに回ると言うので、イリス達も、ブルーネル家にもうしばらく滞在することになった。
母は、噂でイリスが30歳くらいに見られていると聞き、そんなに老け込んでしまったのかと、とても心配していたそうだ。良かったわ、こんなに立派になって、と喜んでいる。どちらも変装した姿なのですけど、と思ったが、喜んでいるようなのでいいことにした。
久しぶりに自分の部屋を覗いてみる。何も変わっていなかった。以前の生活に、そのまますぐ戻れそうな気がした。
その時、鏡に映る自分の姿が目に入った。先ほど、皆が父の若い頃にそっくりだと言った姿が、そこに映っていた。
イリスには、それは、弟の成長した姿に見えた。
シモン、ただいま。またあなたに会えるとはね。あなたの姿で格好悪いことできないね。頑張るわ。
足音もなく、突然ドアが開けられた。アイラだった。
「何? なにかあったの」
「王太子殿下がおいでになりました」
お忍びで突然の訪問らしい。両親が出迎え、応接の間に通したそうだ。
やはり長居すべきではなかったと後悔した。
するとアイラが、とても良い笑顔で言った。
「見物していきましょう。1年半ぶりですよ。見てみたいじゃないですか」
「やめてよ。見つかったら面倒じゃないの」
「なんなら私は御前に出ても良いかもしれません。イリス様の危機で、ブルーシャドウが一人も動いていないのは不自然ですからね」
彼女に追い立てられ、応接の間に近い部屋に移動した。あの可愛らしい王太子殿下も、17才になったのだ。大人になっただろう。
どんな風に変わっただろう。そう思うと、アイラの悪魔の囁きに逆らえなかった。
しばらく待つと思ったのに、結構すぐに両親と殿下が出て来た。おお、と小さくだが声をあげてしまった。アイラが、どう思います、と聞いてきたので、これまた小声で
「大きくなったわ、無事にすくすく育ってくれて嬉しい」
「......イリス様は、育ったのは体だけですね。男装に何の違和感もないのは、やはりそのせいか」
「なんで? エドは背が高くなって体つきも男っぽくなっている。顔も相変わらずきれいだけど、男らしく素敵な男性に育ったわ。何か問題でも?」
「そろそろ男として見てあげたらどうですか。婚約していた頃から、ずっと弟扱いだったでしょ」
「そうだったかしら」
「情報が入れば、すぐに伝えてくれ」
エドワード王太子が言っているのが聞こえた。
父が低い声で何か言った。聞き取れなかったが、拒否しているような雰囲気だ。それは、そうだろう。首を突っ込んではいけない。こっちも困る。
その後、ちょっと押し出すような感じでエドワードをドアの外に案内した。子どもの頃から、弟とよく遊んでいたので、父も母も、その頃の扱いが時々出てしまうのだ。
少し口を尖らせたような表情が、ものすごく懐かしい。胸が少し痛くなった。
エドワードがいなくなると、皆に挨拶してさっさと集合場所に向かった。長居するのは、やはり危険なのだ。
商会の他の職員たちは、レンティスから仕入れた特産品をどっさりと馬車に積んでいた。
イリス達の馬車もパンパンだったが、それは、皆から持たされた、お土産だった。中には大量の父の昔の服や、短剣、各種の薬類も積まれていた。




