バイエル新支店に到着
出発の前日、伯母さまから呼ばれ、伝言を預かった。
ダニエルの母からのものだった。
ダニエルの母親は、長年関わっている、教会のボランティア団体を動かし、草の根作戦でダニエルの行方を探り、居場所を突き止めた。そこにシャノワールが割り込み、彼らをバイエルに移動させた。また、消息が途切れてしまったわけだ。
落胆していると、侯爵家に王室からの呼び出しがかかり、国家間のトラブルに関して、ダニエル達の手を借りることになったと告げられた。
危険はないと思う。一切、声も手も出さないように、と言い渡された。概要もわからなければ、質問も受け付けないという強硬なものだった。
その後、有力な夫人会の代表として、王妃様に謁見を申し込んできた。彼女の思いを聞き、ダニエルに伝言を伝えることを約束したそうだ。
伝言は、『侯爵家から除籍しても、私はずっとあなたの母よ』
ただし、返信は、全てが終わった後だと追加すること、これは伯母さまから。
商会のロブラール支店からの出発の朝、見送りの人々に交じってルーザーが来ていた。
緊張感を湛えながらも、生き生きした面持ちの出動メンバーと比べ、ルーザーはしおたれている。
可哀想で慰めたくなってしまうが、ぐっと我慢していると、アイラが慰めてあげてください、と言う。
珍しいことだと思いつつ、近づいて背中と髪の毛を撫でて慰めの言葉を掛けた。切なげな目で見つめられると、連れて行ってあげると言いたくなってしまう。
その様子を観ていた見送りの皆さんが、嬉しそうに口元を押さえていた。
なんなの?
出発後に馬車の中でミラに聞いてみたら、明るく言った、
「見応えありました。冷たい美貌の青年と、目で訴えるライオンの絡みはゾクッときました」
商会の女性社員達も、キャッキャッと嬉しそうだった。そういう華やいだ雰囲気のまま旅をし、なんなくバイエルの国境を越えた。さすがにカンザス商会の力は強い。
それに隊の雰囲気が明るすぎて、不審に思う余地がなさそうだった。
理由の一つがイリスとカイルの絡みだった。ごく普通の業務連絡でも、何故か女性たちの嬌声が上がる。
もう一つがイリスとアイラの絡みだった。こっちは息を飲んで見つめる様子になる。
途中、浮かれ気味の商団の雰囲気を、引き締めようかと思ったが、このままのほうが都合が良さそうだった。緊張しないでいられる方がいい。
その雰囲気のまま、バイエルの首都にある支店に到着し、ダニエル達に迎えられた。まだ午前中だったので、荷解きをし、遅いランチの後で解散ということになった。
「お疲れ様でした。イクリス達はこちらに。報告をお願いします。他の者は荷の搬入を頼む」
そう言うダニエルは、すでに支店に馴染んでいるようだった。
副支店長室に通され、早速報告会を始めた。
「お疲れとは思いますが、まずは状況をお伝えしたいと思います。
ところで、あなたはノアール様でしょうか」
「ええ、ノアールよ。そんなに雰囲気が違うかしら」
「ええ、ずっとお若く見えますし、もしかして、男性だったのですか?」
男性に間違うのは許すが、年に関しては、一言だけ言いたかった。
「私はね、…..」
言い始めると同時に、アイラが遮った。
「秘密のサロンですから、詮索は一切なしでお願いしますね」
「そうでしたね。失礼しました」
すぐに問いを引っ込めた。
「依頼されていた、隠れ家、作業場、材料の調達についてですが、隠れ家兼作業場として、商会が新たに開業する予定の居酒屋を考えています。
まだ改装工事中で、そこにメンバーが集まっても、夜間に人がいたり、工事をしていても不自然ではないでしょう。
必要に応じて、職人の手配を調整しますよ。
指示された材料の手配はほぼ終わっていますので、そこに運び込みます」
工事中の酒場とは気が利いている。何をするにしても、どうにでも言い繕えそうだ。
酒場の見学は午後に回した。まずはお湯を使いたかった。
来客用らしき、大きくて豪勢な部屋に案内されると、そこにはすでお湯を張った湯船が用意されていた。ダニエルにお礼を言い、母親からの伝言と、伯母様からの伝言を口頭で伝えた。
彼は何か考え込むような顔をして、部屋から出て行った。
イリスは有頂天だった。今1番欲しいものが、ここにある。
さっさと風呂に飛び込み、のびのびと体を伸ばした。一人で身の回りの用がこなせるように、訓練してあるし、今は男装しているので、全てが単純だ。男装バンザイだ。
気を利かして、薔薇の香料も置いてあった。いい匂いで、ここ数日の埃っぽい中での生活を、きっぱり過去の事にできた。気持ちの良い秋の昼間、湯の中でのんびりできるのは至福だった。




