潜入計画が決定した
その日のうちに、ボイドへ依頼を受けると連絡を入れた。すると、すぐさま会いたいと言ってきた。
早いに越したことはないので、迎えを出し、シャノワールに迎え入れた。
ボイドはかなり、せっぱ詰まっている様子だ。いつもの尊大さは影を潜め、おろおろした父親の姿を見せていた。たぶん、こんなにきっぱりと、娘に逃げられてしまうとは、思っていなかったのだろう。娘の気持ちの強さと能力を見誤ったのだ。
伯母が前に出て、交渉を始めた。それと共に、彼らの思いをそのまま伝えている。
「カンザスに戻ることは出来ないのだから、新しい道を歩き始める二人への餞に、開業資金を渡してはどうかしら。私が仲介料としてもらったものを彼らに渡すことにします。その方がお互いに気が楽でしょう」
ボイドはずっと黙って聞いていたが、全てを承諾した。
二人が逃げた後、ボイドは行方を知っていると思ってバーンズ侯爵家に行き、空振りした。そして、また侯爵とけんかをし、お互いに相手が悪いと罵りあった。
その後、侯爵夫人に会いに行ったときに言われたそうだ。
とても、優しく。
「二人共とても優秀な若者です。二人の未来は洋々たるものだったのに、それを潰したのはあなたです。自覚されていますか?」
「まさか、こんな事になるなんて。別のちょうどいい男と結婚させたら何の問題もないはずだったのに」
「なら、別のちょうどいい娘でも養女にして、ちょうどいい男と結婚させて、商会を継がせたらいいじゃないですか。ちょうど良ければ、それでいいのでしょ。つまり、あなたにとって都合がよければ」
ボイドは、頭を殴り飛ばされたように感じた。
二人を呼び、ボイドを含めて相談をした。居場所と今後の生活の目途が付いて落ち着いたのか、三人とも穏やかに話をしていた。
こうして見ていると、前途に希望を持つ若夫婦と、応援する父親にしか見えない。大騒ぎせずに済めば一番だったが、それがなければ、こうならなかったのだろう。
話がまとまり、しばらくの準備の後、ダニエル達は、二人が出会ったバイエルの新支店に赴任していった。そこで先行して準備に取り掛かる。イリス達の住処、必要資材の調達、調査などだ。
イリス達は、まずは、カンザス商会のロブラール支店に、新しい雇人として入り込むことになった。そこから、バイエルの新支店に移動する。
この騒動が終われば、ダニエル達二人は商会を辞め、レンティスに移り住む。
ただ、ボイドとの縁は切れない。今後も親子としての行き来は続いていくのだ。
三人が気にしていたのは、バーンズ侯爵の横槍だった。隣国でのたった数か月の事としても、彼の耳に入り、騒がれてはたまらない。潜入にも支障が出かねない。
それに関しては抑えると、王妃様が皆に約束した。
国を揺るがす一大事よ。騒ぎ立てるような真似をしたら、首を刎ねてやる、とつぶやいていた。聞いていたのがイリスだけだったのは、幸いだった。
潜入ルートの確保を受け、再度、会議が行われた。
そして、作戦の概要が決まった。
メンバーは総員で十四名。カンザス商会の職員としてバイエル国内に潜入する。
ブルーシャドウは監禁場所を探り、襲撃の準備を整える。ロブラール国の特殊工作員達は、セレスとバイエル軍の戦力調査を行なうことと、ロブラール、ブルーネル公爵家との連絡役を担う。
定期的に情報交換を行い、奪還作戦に関しては状況確認後に検討ということになった。
潜入のために、全員が変装した。
そこで、ルーザーが脱落した。変装しても目立ちすぎたのだ。こちらで、そのまま軍事訓練の仕事を続け、バイエルの目をごまかすと言う、大切だが空しい役割があてがわれた。それと幻の宗教団体つくりの工作だが、あまり、彼向きではないだろう。
アイラは男性に変装し、イリスの秘書になる。
カイルは髪の色を変え、丸メガネを掛けた。ケインは目立たないので、そのままでよかった。二人は下っ端の社員の役だ。
イリスは、男装することになった。胸と腰に布を巻き、肩周りから腰までを補正する肌色のベストを着込む。その上にシャツを着ると、細身の男の体型になった。
化粧をアイラに教わリ、黒くて柔らかにウェーブする髪を、少し短くして後ろで一つにまとめると、どことなく冷たい感じのする美青年が出来上がった。
皆が賞賛してくれたが、二十三才位に見えると言われるのには、眉をしかめた。イリスはいつの間にか十九歳になっていたが、それでも十代だ。なぜ変装すると年上に見えるのだろう。
イリスは名前をイクリスとした。ロブラールの子爵家三男で失踪している男の名だ。
イリスと似た名なので、万が一間違えても問題が無い。貿易の仕事を学ぶために、カンザス商会で修行を始めたばかりという設定になった。
ミラも男装したが、彼女の場合は20歳位のやんちゃ坊主に見えた。彼女はイリスの従者として、側に仕えることになる。
バイエルに持ち込む荷物は、各々の身の回りの物と、普通の旅人が持ちそうな武器と、携帯食料だった。
商会の荷としては、薬品と、日用品、大工道具などで、ごく一般部的な品物だったが、これを使ってバイエルで武器を作成することになっている。
嵩張る材料は、先にバイエルに入っているダニエル達が用意し、加工場所も押さえてくれる予定だ。
馬車1台分の、トラップやら爆弾やらを積もうとしたミラを、ダニエル達のところに引っ張って行き、相談させた結果、加工用の道具さえ持っていけば大丈夫だとなった。
現地で作った方がより大きいものを、たくさん作れると張り切っている。
一体何を作る気でいるやら。
秘密裏に事が運べば、何事もなかった事に出来るかもしれない。そうなることを願う。




