ミラとケイン
伯爵邸に戻ったミラがケインに確認すると、案の定、今夜もチャールズが妹の部屋に入っていったそうだ。
無理やり行為を強制されている確率は高い。地獄だろう。兄の性虐待など誰にも言えるはずがなく、周囲に隠すために平静を装うしかない。
「くそ野郎が」と毒づくと、ミラはプランを立て始めた。
その様子を見てケインが
「おい、熱くなりすぎるな。同意の上かもしれない」
「馬鹿言わないでよ。同意の上ならあんなに痩せ細るものですか」
「まあ、そうだけど。思い込みは捨てろと、常々ルーザーから言われているだろ」
「わかっているわよ。だから手っ取り早く状況を聞き出すための薬を使うのよ」
「半年前からの変化を確認しろと言われただろ。そこをすっ飛ばすのか」
「私が今まで聞き込んだ範囲では、変わりないと思われているわ。多分、とても立ち回りがうまいのと、協力者がいるせいよ。だから、本人に直接聞かないとあぶり出せない気がするの。
これ、アンヌ嬢に使うから、揃えてくれない」
ケインは人心操作のスペシャリストだ。個人はもちろん、集団を操ることもできる。気持ちや思想や行動が、彼の思惑に従って道筋を変えていく様子は脅威だ。そのテクニックの一つとして薬物の使用がある。
「占い師に相談の態で、その間に口を軽くさせるのか。なら、向精神薬の軽い効き目のものを色々揃えるか? 自白剤に、酒もいいな。どのくらいの強さでストッパーが外れるか見当がつかないし、間違っても後遺症を残したくないから」
「任せるわ。聞き取りは屋敷の外でしたほうがスムーズだと思う。買い物という名目でアンヌ嬢を外出させましょう。でも、話を聞く場所が問題ね」
内容が内容なだけに、人目や盗み聞きされる恐れのある場所で話させるわけにはいかない。考えた末サロンを使うことにし、イリス様にも立ち会ってもらうことにした。
次の日、わざとアンヌ嬢に聞こえるところで雑談し、悩み事を解決してくれる有名な占い師に伝手があり、今なら町に遊びに来ているので見てもらえるかも、という話を聞かせ、アンヌ嬢が興味を示したところで釣り上げた。
何かに縋りたかったのだろう。思っていたよりずっと簡単に食いついてきたのだ。
本来なら1年待ちが必要な占い師であり、他に漏らしたら待っている人から文句が出るので、屋敷の者にも内緒にするよう言い含めておいた。すぐにイリス様に報告し、翌日の午後に聞き取りをすることが決まった。
翌日の昼過ぎ、アンヌ嬢は御者に町まで送るよう言いつけ、侍女のマーサと二人で買い物に出かけた。商店が並ぶ大通りは治安が良く、ショッピングにそぞろ歩く貴族令嬢の姿もあちこちにあり、華やいでいる。
4時間後に迎えに来るよう言いつけて馬車を帰し、2人は帽子の店に入っていった。
帽子をひとつ選んで購入した後、別の出口ドアから人通りの少ない道に出て、そこから目立たない馬車に乗り込み皇宮に向かった。御者はケインが務めている。
紹介者としてミラが同行することになっており、ここで馬車に同乗した。そして馬車のカーテンを引き、決して外を見ないように言い、購入した帽子の話で気を逸らしておいた。
馬車は王宮の使用人や業者用の通用門を通り、はずれにある離宮の通用門で通行証を提示して離宮内に入った。
サロンはこの離宮の一角を使用しているのだ。ここは王妃様のプライベートエリアになっているため、関係の無い者は使用人でも出入りしない。そのため人気は全くなく、時折巡回の兵士が庭園の外周を歩く姿があるのみだ。
侍女のマーサは別室に残し、アンヌ嬢のみサロンとして使っている部屋に案内する。
侍女が温かいお茶と、見た目にも美しい色とりどりの菓子を運び、サーブしてから出ていった。
部屋にはリラックス効果のある香が焚かれている。ミラは昨日作っておいた軽い自白剤を仕込んだレモンムースを勧めた。
被害者の彼女に薬を盛るのは気が引けるが、口にするには抵抗が強い話になるはずなので、心理的な壁を取り払う術を複合して使っていく。
強烈な薬や意識操作を使うと、体や心に負担がかかることがあるので、それを避けるために弱いものを幾重にもかけているのだ。
ドアがノックされ、イリス様が入ってきた。ここからはイリス様にお任せする。
「お嬢様、何か悩み事がおありでしたら、お話しになってみては。気持ちが少しは晴れるのではないですか」
ミラはアンヌ嬢にそう促してから一歩後ろに控えた。