敵の黒幕は、あの国だった
ここまで話して、ハンスは、はーっと溜息をついた。
「まさか、王太子妃様が誘拐されたなんて、思いもしませんでした」
「こちらの皆も、考えてもいなかったわ。でも、茶色の髪が出てきたときに、違うと言わなかったのはさすがだわね。言っていたら、最悪マーガレット様が殺されていたかもしれない」
「そんなに、立派な話ではなく、皆、緊張して息を呑んでいたところに、全く別人のものらしき髪を見せられて、言葉を失ってしまったんです。
その後、笑い出しそうになった奴もいて、下を向いて手で口を押えていました。団長に睨みつけられていましたけどね」
淡々と言いながら、スコーンの上に器用にクリームを盛り上げている。イチゴのジャムを更にどっさりと盛ると、崩れそうになったので、慌てて口に放り込んだ。
「俺は染めていた可能性を考えたけれど、イリス様の髪はあんなに細くてふわふわしていないはずだし、決定打は公爵様が髪を切った時の様子を聞いた時でした。髪を切られて泣くって、イリス様の場合無いでしょう」
その状況で、たかが髪ひとつで泣けるって、結構図太いからなのでは? と思ったが言うのはやめた。王太子妃様に対して不敬だ。彼女とはとても仲良しで、イリスの数少ない友人でもある。まだ半年のつきあいだが、彼女なら半分演技込みで、泣いて見せるくらいやりそうだ。
「髪の毛の一房くらいでは泣かないでしょうね」
「いや、肩のところでバッサリやったみたいです。でも髪が細いので大したボリュームではなかったですけど」
これにミアが反応した。盛大に憤慨している。
「肩でばっさりって、なに? 一房で充分なんじゃないの? そいつら人の心を持っていないの?」
これには驚いた。イリスは髪の毛にそんな思い入れはない。アイラもそのようで、首の後ろを搔いている。男達は女三人の様子をチラチラ見て、どっちが正解だ、みたいな顔をしている。
「ところで、侍女は誰が選ばれたの? 危険な役目だし、捕まっているのが誰かもわからないのに、行きたい人なんていなかったのではないの?」
ハンスの報告の中で気になったのは、その事だった。どういう人選がなされたのだろう。母が選んだのなら間違いはないと思うが。
「マーシャとベスが申し出ました。彼女達なら脱出の手助けができますから」
その二人なら納得だ。腕が立ち、目端も利く。救出活動の時に戦力になるだろう。ありがたい、と思った。救出しなければならない人数が増えるのと、戦力が増えるのでは大違いだ。
もう一つ、おかしいと思っていることがある。なぜ、新興宗教の組織が国の騎士達が護衛している一行を襲えたのか。王太子妃の一行なので、それなりの数の護衛が付いていたはずだ。正規の軍隊でもないものが、それに勝てるものだろうか。そこについて聞いてみると、やはり思った通りの答えが返ってきた。
「負傷兵からの聞き込みでは、襲ってきたのは五十騎ほどの正規の一軍だったということです。とても、素人集団とは思えなかったと言っています」
宗教団体のセレスがそんな武力を抱えているとは思えない。裏にどこか、もっと大きな勢力が付いていると見たほうがいいだろう。
「セレスの後ろの敵も相手にすることになりそうね。やはり、私も参加する。いいかしら」
皆の顔を見回した。彼らはイリスの護衛のためにここにいる。それに支障があるとなれば、参加を許さないだろう。
ルーザーが代表して答えた。
「イリス様を最前線に出すわけにはいきません。危険すぎます。だから攻撃への参加は許可出来ません」
やはり、反対されたか。これは想定内なので、ここから説得していこうと思い口を開きかけたところで、ルーザーが続けた。
「だが、イリス様は守るべき令嬢でありながら、大きな戦力でもあります。イリス様の指揮能力を生かさず、我々が護衛に回って戦力を減少させるのは最低の悪手です。
だからイリス様には後方で指揮を執っていただき、前線に出るのは三名、イリス様の護衛兼、前線との連絡係を二名とします」
「ありがとう。皆、全力で当たりましょう」
そして、イリスが指揮官として指示した。
「では、指揮官としてメンバーを選ばせてもらうわね。前線へは、ミラ、ケイン、カイルに出てもらうわ。
ルーザーとアイラは私の護衛と後方支援に当たってもらいます」
ルーザーが、えっという顔をした。
「レンティスもロブラールも何も知らないことになっているのよ。だから、ブルーシャドウも動かない。そう見せかけるには、あなたは目立ちすぎるのよ」
カイルとケインが両脇から彼の肩を叩いて慰めた。
夜になり再度、国王から招集された。
国王一家と、王国騎士団の団長、副団長、特殊部隊の王宮内部隊のチームリーダー、宰相、それとイリスとブルーシャドウが部屋に揃った。
「マーガレットの誘拐に関しては、皆もう聞いていると思う。
残念なことに、特殊部隊の対外部隊のリーダーが寝返っていた。使者が来たと同時に不審な動きが見受けられたため拘束している」
イリスが確認した。
「では、こちらに情報が伝わったことを、相手は知らないと思っていいのですね。部隊員全員の調査はお済みですか?」
「いや、まだだが」
イリスがきっぱり言った。
「すぐ、確認させてください。危険要素の排除が今後の計画を左右します。私にお任せください」
王妃様が、すぐに手配するわと言って、控えていた護衛に指示した。
イリスは、ケインに確認に向かうよう言い、少しでも怪しければ拘束するよう、護衛に言いつけた。
「漏らしたら、とんでもなく救出作戦が危うくなることを心して頂戴」
と言って脅しもかけておいた。
一時間後に結果の連絡があったが、同じ特殊部隊員の二人がそちらに寝返っていて、バイエル国に連絡を送ろうとしていたそうだ。
バイエルが黒幕なのが、これではっきりしたのだった。




