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脅迫者の言い分

「久しぶりだな」


「こんな所で、こんな事で会うなんてな」


 メンバーと挨拶を交わし、テーブルに着いて、お茶とスコーンを口にしたところで、こりゃあなんだ、と呟いた。


 イリス達は超絶美味菓子に慣れてしまったが、彼の反応はうぶで楽しい。


 ニヤニヤしながら皆で見つめていると、ハンスは思い通りの反応をした。


「こんな美味いもの、いつも食ってるのか。羨ましすぎるぞ」


「いいだろう。ここの料理長はイリス様のためなら、いつでも最高級の食い物を出してくれるんだ」


「イリス様、限定か?」


「その通り。帰国する時にはスカウトしないと。ここの王族とは戦争になるけどな」


 イリスが皆を静めてから聞いた。


「ねえ、交渉時の様子を教えてくれない」


「はい、あの時は驚きました。


 公爵に呼び出された団長なんて、顔まっ青で、何かあったのがダダ漏れだったのです。五十人対三百人で戦った時だって、顔色一つ変えなかった人が、ですよ。

 皆、何があったのかと、緊張して耳を澄ましていました。俺と数人が呼ばれ、団長に付いて行きました。


 そうしたら、応接室や謁見の間ではなく、公爵の私室に連れて行かれ、警備を命じられました。


『今から客人をここに連れてくる。彼らが何か仕掛けないか注意しろ。そして誰も決してここに近づけるな』

 そう言われて室内に俺を含めた7人、外に三人が配置されました」




◇◇   数日前 ブルーネル公爵邸での事   ◇◇




 交渉はブルーネル公爵家で秘密裏に行われた。騎士団長のフェリスは、焦りを顔に出さないようにしているつもりだったが、腹の中でぐるぐるたぎっている怒りが、口から飛び出しそうな思いを、必死で抑えていた。


 使者が二人、騎士に伴われて部屋に入ってきた。教団の白いケープを纏い、頭にフードを被っている。


 迎える側としてテーブルの片側に座っているのは、公爵と夫人、公爵家騎士団長フェリスの三人だ。


 使者二人がフードを上げて席に着いた。周囲をずらりと騎士達に囲まれているにも関わらず、二人は平然としている。

 手の内に捕らえている人質がいる限り、絶対的に優位だと思っているのだろう。その通りなのが悔しい。


 使者が顔を上げておもむろに話し出した。


「我々が無事に戻らない場合、人質も帰らないことを承知して置いてください」


「承知した」



「先に手紙にも書いたように、我々はアルガス山脈とその麓の平原を欲している。神より、それはお前たちに与えられるべき土地だと告げられた。そこに住み、神殿を造り、神に祈れと命じられた。そこでだ、あなたの娘と交換に、土地を譲っていただきたい」


 無茶苦茶な言い草だ。下手な冗談のような話だが、相手は本気らしい。


「証拠として髪の毛を持ってきた。見てくれ」


 そう言うと、懐から紙包みを取り出し、バサっとテーブルの上に投げた。


 包みがほどけて、くるまれていた茶色の髪の束が姿を現した。


 その瞬間、誰かがうっとくぐもった声を上げた。三人共、テーブルに身を乗り出し、髪を見つめている。周囲で警備に当たっている隊員の中にも、口を抑えて下を向いている者が数人いたが、フェリスが睨みつけると、姿勢を正した。


 使者のパームは、彼らの動揺する様を見ながら、これはうまく運びそうだとほくそ笑んだ。椅子の背に体を預け、周囲の焦った顔を眺め回してから言った。


「これで嘘ではないことが、おわかりでしょう」


 しばらくの後に、口元を手で押さえて考え込んでいた公爵が言った。


「イリスは髪の毛を大事にしていた。髪を切られた時、取り乱しませんでしたか」


「泣いていたが、髪はそのうち伸びる。肩くらいで切ったから、まだ長いくらいだ」


 そういえば、この教団は長い髪を嫌う。だから肩に当たる位までしか、髪を伸ばさないと聞く。


「……今は動揺して、考えがまとまらないようだ。一週間後にもう一度話をしたい。

それまでに周辺の様子を確認しよう。この件は他には漏らしていないでしょうな」


「もちろん。我々とあなた方だけの秘密です。あなた方も、他に漏らさないように」


「土地の譲渡は、勝手にできることではない。それはおわかりですな。王家や諸侯に認めさせる必要がある。一月やそこらで、まとまる話ではない」


「もちろん、承知しておりますよ」



「では、イリスの身の回りの世話をする侍女を、こちらから付けさせていただきたい」


「それは……」


 使者の二人は、しばらくひそひそと小声で話し合っていたが、まとまったようで結論を出してきた。


「今すぐ、侍女を用意してください。このまま私達が連れて行きます。持ち物は全て確認させていただく。それでよければどうぞ」


 イリスの母のマーシアが初めて口を開いた。


「イリスは、衣装や化粧品などの身の回りのものは、持っているのですか?こちらから用意しないといけないものは、ないのですか?」


 使者二人は、また小声でひそひそ話し込んだ。ちょっと困ったような顔になり始めている。確かに、貴族の令嬢の日用品など、考えてもわからない。


「我々には、何が必要かよくわからない。日用品は多分馬車に積んであったと思うが、それは持って来ていないので、何も無いと思う。必要そうなものがあれば用意してくれ」


 マーシアがきっぱりした物言いで、言い渡した。


「では、今から三時間ください。侍女を二名選んで用意させます。荷物は今から揃えますので、馬車を一台用意します。あなた方の馬車だけでは、とても載せきれません。宜しいですね」


 静かな迫力と、女の日常品という、男にはよくわからない分野の話で気圧されたのか、黙ったまま頷いた。


 使者たちを別室に案内し、部屋の前に見張りを置いた後、フェリスはハンスを選んで呼んだ。


「今から、ロブラール国に急使として行ってくれ。聞いていたと思うが、誘拐されたのはイリス様ではない。だが、ロブラールの貴族の令嬢の可能性が高い。あちらの国に伝え、イリス様の無事を確認してくれ」


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