ブルーシャドウ招集
イリスはブルーシャドウに招集を掛けた。伝令役はカイルだ。
彼は情報のネットワークを網のように巡らせている。そのどこをどう刺激したら、どこにどんなふうに影響が及ぶかが勘で解るそうだ。
イリスは常々、超能力ではないかと疑っている。
毎日2回、この部屋に顔を出し、イリスからの伝言を他のメンバーに伝えたり、面白い情報を教えてくれたりする。
ほとんど御用聞きだ。
チームで一番若いせいで雑用を押し付けられたと文句を言うが、イリスの情報網の要で、とても重要な任務だ。
「カイル、なるべく早くルーザーとケインを連れて来て欲しいのだけど、できる?」
「所在が分からないのはケインだけですから、1時間あれば充分です」
「では1時間後にこの部屋に集合。
大きな事件が起こったので、全員で当たる事になるわ」
「イリス様も参加ですか? それはよほどの大事ですね。こっちに来てから平穏すぎて腕が鈍っていそうなんですけど。イリス様は大丈夫ですか」
「私は毎日ミラに稽古を付けてもらっているわ」
「ミラじゃあ駄目です。剣が荒過ぎて、イリス様には合わない」
「ミラとやるの楽しいわよ」
「ああ、せっかくの淑女の剣が」
「いいから、早く行って」
は~いと言って軽やかに部屋を出ていく。身が軽いのと身体能力が非常に高いからだろう。動きの節目を感じられない。ちょうど猫のようなしなやかな動きだ。
灰色の髪をポニーテールにしているのが尻尾のように見えた。
お茶と山盛りの温かいスコーン、バター壺とジャム、ホイップクリームとメープルシロップをテーブルに並べているところに、カイルとケインがやってきた。
「早かったわね」
「ケインのルートは把握しているからね。第一の食堂ルートと、その周辺の人間が見ていないって言うので、第二の薬品ルートに足を運んだら、二軒目で見つかった」
皆が座ったところでルーザーが到着した。
「俺が最後か。済まない。汗を流してから来た」
「ライオン様は水浴びしてからのご来場ですか。良いねえ。
俺なんて楽しい買い物途中で、いきなり引っ張ってこられたんだぞ」
ケインが嫌味っぽく絡む。
「まあ、お茶でもどうぞ。スコーンも食べて。甘いものを食べると気分が良くなるわよ」
男達がスコーンをバクバク食べる。水分が少ないので喉に詰まらないかと心配したが大丈夫そうだ。呆れている内に、残り三個になっていた。
他の皆の皿には、それぞれ一個か二個載っているので、イリスも慌てて2個を皿に取った。
ものすごい早食いで、一番に満足したカイルが、お茶のおかわりをして、ゆっくり飲みながら聞いてきた。
「今日の緊急招集は何事ですか?」
「ちょっと待ってね。食べてから話すわ」
普通はゆったりとお菓子を食べながら話をするが、皆につられて、食べるのが優先になってしまった。
温かいスコーンを割って、生クリームを盛り、メイプルシロップをかけて口に運ぶ。至福の時だ。
視線を感じて目を上げると、ケインとルーザーが羨まし気な顔で見ていた。
「お代わりを頼みましょうか。幾つ食べる?」
三つ、二つと声が上がり、ちょっと多めにと十五個追加を厨房に頼んだ。
それと、お茶のお代わりだ。やはり、喉が渇く。
あ~、堪能したわ。
「では、本題ね。
王太子妃が誘拐されたわ。その救出作戦に参加することになったの。もしかしたら、私たちが中心になって動く可能性もあるわ」
王宮内に居て、内容を聞いているミラとアイラ以外は、相当驚いたのか息を止めた。
ルーザーが一番に口火を切った。
「一国の王太子妃の誘拐です。戦争になってもおかしくない。
その事件に、なぜ軍隊でも、王国騎士団でもなく、我々なのですか?」
「さすがね。王太子妃誘拐事件、ならそうなるわ。
でも、この事件、表向きには、公爵令嬢イリス誘拐事件なの。つまり、犯人は私と間違えて、王太子妃を誘拐したの」
「なんで間違えるんですか。イリス様と王太子妃を。ひとっつも似てないじゃないですか」
「さあ、分からないわ。でも、証拠だと言って髪の毛を渡されたそうよ。私の黒髪とは全く違う茶色の髪を、自信たっぷりな態度で」
そこでミラとアイラが身を乗り出してきた。
「前回の件で変装して二回出掛けていますけど、あの時、茶色の髪にしていました。その時に人物特定されていたとすれば、間違われる可能性はあります。雰囲気も大人し気なものに変えていたし、王太子妃と似ていなくもありません」
え~、という嫌そうな声が重なった。ルーザーは呆れている。カイルは面白がっているし、ケインはうんざりしたような顔だ。
「それで、イリス様を誘拐して、誰に何を要求して来たのですか」
「公爵家にアルガス山脈と周辺の土地を要求して来たそうよ。相手は宗教団体で、神様のお告げにより、その地の正当な所有者は自分達だって」
面白がりのカイルも、さすがに絶句した。
「理由になってないけど……」
「公爵家から急使が到着して、初めて事件が発覚したという訳。急使はハンスよ。休んでもらっているけど、呼びましょうか」
侍女を呼び、スコーンをもう五個と、ティーカップをもうワンセット追加する連絡と共に、ハンスを呼んでもらった。




