追加 その後のある日、友人との再会
その後のある日、アイラがちょっとだけ、クリフの周辺に干渉してもいいでしょうか、と聞いてきた。
何をする気、と聞いたら、離婚の噂をフリージアの元夫の耳に入れるだけです、と言う。
「古参の使用人から聞いたのですが、クリフの友人のコリンは、フリージアにベタ惚れだったそうです。離婚後の現在も独身です」
「それで、クリフの離婚で何かが動くと?」
「多分、フリージアとクリフが再婚すると思われているでしょう。それが、全く逆で、この機会に家から出ることになりそうだと、噂を流そうと思います」
「私が引き揚げる頃には、フリージアのヒステリーはひどくなる一方でした。今までコリンには、子供との面会すら拒絶していましたが、会う気を起こすかもしれません」
「ふうん。ほんの一吹き程度の干渉ね。良いでしょう。やってあげて。
でも、そんな性格の悪そうな女に、元夫がまだ執着しているとは思えないのだけど」
「イリス様。
世の中には悪い女が好きな男も、我儘な女が好きな男もいるのです。ざっくり言うと、趣味が悪いとも言いますが、人の好みはそれぞれということです。コリンは彼女のああいった性格が、好みなのかもしれませんよ」
「そう。ある程度、裏を取ったということね。アイラ、男の意識が強くなりすぎじゃないの」
「男にも女にもなるので、余計に深く両方の考えがわかるのです。今回はクリフに助力したくなってしまいました。
屋敷を下がる日、執事のフレッドさんと少し話しましたが、彼も複雑な顔をしていました。あの屋敷で起こったこと全てを、ずっと見てきたのです。現在の状況に思うところが一番大きいのは、彼かもしれません」
二週間後、メルビン邸にコリンが来訪していた。クリフがこの友人と会うのは実に7年ぶりであった。
コリンが訪ねてきた表向きの理由は、ハイドの進学についての相談だった。
離婚の時に、まとまった資産をフリージアに与え、その後も子供の養育に、ある程度の資金を送っていたが、学校への進学にはもっとお金がかかるのだった。
もっとも、フリージアにはクリフから支払われている給金、それも侍女長としては破格な額を受け取っており、生活は全てメルビン家が持っているので、お金には全く不自由のない状態だった。
今まで相手にしなかったコリンと会うと言い出したのは、クリフから受けた拒絶の屈辱を誰かで晴らしたかったからだろう。コリンなら、いつでも自分の思う通りになると思っているのだ。そして、今まではクリフもそうだと思っていたのだろう。
クリフの私室で二人は向かい合い、久しぶりに酒を飲んだ。
「君はやはり、フリージアに異性としての思いは無かったのだな」
「ああ。何回も言ったろう」
「うん。聞いた。でもな、やはり不安になってしまったよ。
アイリスが家を出たと聞いて、彼女はなりふり構わず家を出ようとした。どうしようもなかったよ。周りも、そのまま結婚を続けることを、許さない雰囲気になっていたし」
コリンは、酒を一口含んで、ゆっくり飲み込んでから少し笑った。
「初めてだよ。さっき、君のことを悪し様に言うのを聞いた」
「そうか。それでいい」
二人とも、自分でもう一杯注いだ。
「この酒、いけるね」
「そうだろ。アロンが持って来てくれたんだ。娘の婚約者だよ。私は身内を全て失ったけど、友人が一人出来たようだ」
「それは羨ましいね」
「君にはハイドがいる。君にそっくりだ。いい子だよ」
「そうか。大きくなっただろうね。会うのが楽しみだ。それで、マリアはフリージア似なのか?」
「そのようだ」
「かわいいだろうな。甘やかしたい。思いっきりわがままを聞いてあげたい」
「君のそれ、私には全くわからないのだが、相変わらずなんだな。あの当時も、フリージアと結婚したいと言ってくれる君が、救世主に見えたよ。もしかしたら、再婚しようと思っているのか?」
「フリージアがそんなことを言っているんだ。私は大歓迎だね。
もう、君に頼ろうとはしないだろうし、今度はうまくやっていけると思うよ」
もう一杯注いでぐっといった。
だいぶペースが上がってきているので、チェイサーを勧めた。微発泡の水を冷やしたのを用意している。この酒にはとても合う。今度アロンと飲むときにも、これを用意しよう。
「私はフリージアをずっと、妹としてしか見ていなかった。守るべき存在、か弱くて頼りない子供。とんでもなく間違えていたのだろう」
「君、不器用だからね。ずっとアイリス嬢一筋で、他の女には目もくれなかっただろ。あんなに引く手あまただったのに。
そして、フリージアのことも見えていなかったんだな。そのせいで幸福を逃してしまったか」
「私のは自業自得だ。君こそ、不出来な妹が苦労かけてすまない」
グラスの中を見つめていたら、なんだか笑い出したくなった。
「変な会話だな。こういうのを腐れ縁っていうのかな。これに付き合わされたアイリスに、本当に申し訳ないと思うよ。今度会ったら謝るつもりだ。
母がいる限り同居は厳しいだろうから、別居状態の方が良いと思っていたんだ。アロンに馬鹿だと言われたよ」
会話は、その後も続いた。
お久しぶりですね、とにこにこしながら、執事がお酒を二本持って来てくれて、結局、昔のように、二人して寝落ちしたのだった。




