酒場をはしごして憂さ晴らし
そのままルーザーと二人で飲みに出掛け、二軒はしごしてゆっくり飲み食いし話した。すごく久しぶりのことで楽しかったが、女と男が寄ってきて面倒なのはいつも通りだった。
女装していれば、女避けはできたのにと愚痴っていたら、ルーザーが帰国時の話を持ち出した。
国王軍の騎馬試合の指南役として国に戻っていたのだが、試合が今一つ盛り上がらなかったので、不完全燃焼だと言う。
「指揮官がダメなんだ。もう少し、こう、クレバーな指揮がとれないかなあ。見ていてイライラする感じでさ」
「ああ、もっさり、かあ。センスが悪いんだな。イリス様に指揮官をしてもらったら、ずっと面白くなるのにな」
「そうだな、イリス様の指揮能力はずば抜けているから。視野が広いのか、先読みがすごいのか。去年の公爵家の騎馬試合で圧勝していただろ。戦ってみたい相手だよな」
「帰国したら、騎馬試合で対戦しようよ。ルーザーが相手側の指揮官になってさ。私はイリス様の副官に付くから、よろしく。
ところで、さっきの王太子殿下の話、何?」
帰国して王太子殿下に会ったのは、待ち伏せされて捕まったそうだ。
イリス様の様子を聞きたかったようで、聞かれたことに返答したが、なぜか不満そうで、アイラかケインは戻らないのかと言われたそうだ。
「何聞かれたの」
「イリス嬢とブルーシャドウの皆は元気にしているか、だ」
「それで、なんて」
「皆、元気です、と答えたら何故か無言で、その後さっきのを言われた。結構ショックだ」
「そりゃあね、もう少し何かあるだろうよ。彼はイリス様の様子を知りたいのさ。日々のご様子とか、更に美しくなられたとか、元気以外のあれこれ」
赤ワインをカラフェからグラスに注ぎ、ぐっと飲んでから唇を引き結んで苦い顔をした。
「そういうのは苦手なんだ。お前帰れよ。何か教えてやれ」
「そうねえ。王妃様がいい男ばっかり相談所に誘うから、どんどん目が肥えていっています、とか、モフモフ撫でまわせる男を探していますとか吹いてこようかな」
「止めろ」
「でも、本当のことよ。
多分、王妃様はイリス様に、いい男といい恋愛に触れる機会を与えてくださっているのよね。腹黒いだけじゃないわね」
「女になっているぞ」
「イリス様にも恋愛のチャンスが訪れますように。ところでルーザー、この間、王妃様が引き合わせようとした女、どうだった。好み?」
「面倒くさい」
「つまらない男だな。二十九歳だろ。そろそろ嫁さん欲しくならないか」
「まだだな」
「そうか。つまらない。ところで、俺は今お前を真似ているんだが、どんな男に見える?」
ルーザーがちょっと体を後ろに引き、アイラをじろじろと見た。
「悪い男かな、で、変に色っぽい。俺に似ているとは思わんが、男女両方共、群がって来るぞ。新しい顔を増やしたな」
そのまま他愛もないことを話し、屋敷に戻ったのは真夜中だった。
一応戸締まりの確認をしようと巡回していたら、クリフの部屋で女の声がした。これは確認のチャンスとドアに近付いてみたところ、どうやら揉め事が起こっている様子だった。
主に女が喚いている。私のことを、とか好きだって言ったじゃない、とか切れ切れに聞こえてくる。
それに対する声は低くて聞き取れない。
別れ話か?と思ったら、急にドアが開いて女がまろび出て来た。バッチリ目の前だ。実際うろたえたが、この場面でこの態度は自然だろう。
クリフは部屋の入口で、こちらをじっと見ている。無口な奴だ。
寛いだ感じの部屋着姿で髪も崩していて、昼間に見る隙の無い様子とはまた違った魅力がある。
「旦那様、どうかなさいましたか」
フリージアに手を差し伸べて、しっかりと立たせてからお伺いを立てる。
「いや、特別なことは無い。巡回か?」
「はい、戸締まりの確認に回っております」
「そうか、ご苦労。フリージアを部屋に送ってやってくれ」
そう言うと、あっさりとドアを閉めた。フリージアはというと、泣いたのか化粧が剥がれて顔がボロボロだった。
あまり顔を見ないようにして、部屋までゆっくりと先導した。彼女は何も話さないので、こちらも無言だ。部屋に着いて、何か飲み物でもお持ちしましょうかと言ってみたが、何もいらないと言うのでそのまま巡回に戻った。
痴話喧嘩か、別れ話か、二人の関係はどんなものなのだろう。
2人の仲が、揺らいでいる様子なのはわかった。今回はハニートラップを使う必要もなさそうだ。




