父親の調査
帰りの馬車の中、スザンヌを屋敷に送り届けた後でアロンが聞いてきた。
「本当にマダムですか」
「ええ、そうよ」
「瞳が同じだから、そうとはわかるのですが、違和感が拭えないです。変装とはすごいものですね」
「そうでしょ。今朝は気合を入れて作ったの。私、何歳に....」
マイクが、止めに入った。
「ナリア、その問いかけは不幸の元だよ。辞めておいたほうがいい」
アロンがニコニコと言った。
「まるで十代の乙女のようです。とても可憐で美しい」
麗しい顔でサラっと歯の浮くようなセリフを吐く。聞きたい言葉を聞けたはずが、あまり嬉しくなかった。気を取り直して今後のことを相談にすることにした。
「スザンヌ嬢の結婚観は御両親の様子を見てきたせいね。歪んではいるけど、ある意味平穏な結婚生活を送る方法の一つではあるわ。
上手くいっているカップルを見たら、少し変わると思うのだけど、仲々ちょうど良い知り合いがいないの。不仲やら、破局やらは噂に出やすいし、しかもけっこう多いのに、幸せな夫婦は噂されないし、スザンヌのご両親のように一見そう見えるというのも多そうだわ。
一番いいのはご両親の仲を改善することなんだけど、あなたは様子を全く知らないのね」
「二回お会いした時の様子は、そういえば、お義母さんは屈託なく微笑んでいたけど、お義父さんには少し影を感じたような覚えがあります。
色々知った今だから、という程度です。でも、あれが数年後の僕の姿なんだと思うと怖くなります」
結局、義父宅の様子を調べることで話が纏まった。
スザンヌの父、クリフ・メルビン伯爵は騎士団に所属している。第2騎士団の副隊長だ。
年齢は36歳で、騎士として鍛えているからか、見た目は年より若々しい。女性からの人気はあるが、寡黙な性格で浮いた話は全く無い。幼馴染の女性を本宅に住まわせ、本妻を追いやっている割には不思議なくらいに身綺麗だった。
若い頃からの恋愛遍歴も、妻と幼馴染の女性のみで、この女性によほど執着しているのだろう。こういう状況、妻はやりきれないだろう。浮気三昧の男の方がずっとましだ。
スザンヌの母の気持ちを考えると、他人事ながら気が重くなるし、それをずっと傍で見てきたスザンヌも可哀想だ。
スザンヌの母アイリスは三十五才。
伯爵家の次女で十六歳で婚約し、十八才で結婚、十九歳でスザンヌを産んだ。その五年後長男が生まれ、スザンヌが八歳、弟が三歳のときに別居している。
両家ともかなりの資産家で、お互いの財産に頼る必要がないため、現在は婚姻を結んでいるという以外の接点は少ない。公式の夜会に同伴する時くらいしか会わないようだ。
問題の幼馴染はフリージア・シベラスといい、クリフの母の親友の娘で、幼い頃から頻繁に交流していた。父親の事業の失敗で子爵家が傾き、子爵が亡くなった後はメルビン家に引き取って夫人が援助していた。
アイリスが嫁いで一年後に、フリージアも結婚して他家に嫁いだが、数年後に離婚し、結局その後はメルビン家からの援助で暮らしている。
「ねえアイラ、なんでクリフはフリージアと結婚しなかったのかしら。その辺りの情報は出てこないの」
「クリフの父親が結婚に反対していたという話は上がってきています。フリージア親子に良い感情は持っていなかったようですね」
「アイリスと婚約した当時から、二人はすでに恋人同士だったのよね」
「そこがちょっと曖昧です。クリフは、ずっと妹か恋人のようにフリージアの面倒をみていたらしく、周囲はそう思っていたようですが、2人は違うと言っていたそうです」
妹のように思っている幼馴染と言っても妹ではないのだから、ケジメはつけないと相手は不快よね。
「フリージアの結婚相手は裕福な伯爵家の嫡男で、夫の素行、評判とも良好です。母親も一緒に受け入れていますし、望まれての結婚だと思われます。離婚理由は、クリフと妻の関係が切れないことが問題になったようですね。
クリフとアイリスの結婚当時、使用人達は、恋人が住む屋敷に花嫁が同居するのを不安に思っていたようです。当たり前ですね。揉めないわけがない」
それは使用人にとっても気が重いシチュエーションだわ。メルビン家とシベラス家には常識が無いのかしら。結局同居してたのだから、無いのでしょうね。
結婚して屋敷にアイリスがやって来たとき、どんな挨拶をしたのだろう。聞いているだけでも腹が立つのに、よくアイリスはその状況で嫁入りしたものだわ。
「結局アイリスの実家からの強い申し入れで、フリージアの処遇を決めることになり、その後結婚して家を出ましたが、結婚後もクリフとの交流は続いています」
「なぜクリフが離婚しないのかもわからないわ。爵位はアイリスの息子に渡す約束をしているのよね。
二人の間に子供はいないの?」
「フリージアには子供が二人いますが、前の夫との子供です。現在は本宅の女主人として采配を振るっています。でも、社交は控えめで、夜会に出ることもめったにないようです。そのせいで醜聞が広まらないのでしょう。
アイリスは大っぴらに社交界に恋人と出掛けています。隠し立てが一切ないので、逆にこちらも黙認されていますね。変則的ですが、ある意味うまくいっている夫婦との評判です」
「アイラってハニトラの名手よね。どっちが対象なの」
「どっちもです」
今日のアイラはたおやかな美女だ。
どっちも、かあ。
どっちに仕掛けてもらおうか。
やっぱり愛人側よね。お父さんの浮気相手を増やしてしまうのは、良くないことだもの。




