爽やか十代カップルのピクニック
ピクニック当日、イリスは男装したアイラと一緒に、待ち合わせ場所にいた。アイラは影の一人で、長身とキリッとした美貌を活かして、男性に化けての諜報活動もよく行っている。今、イリスの横でエスコートする姿は、どう見ても素敵な貴公子だ。周囲の女性の目がちらちらとこちらを気にしているのが分かる。
素敵な彼とデートしているようで、くすぐったい気分だ。そう思った後、こういうデートをしたことがなかったのに気が付いた。
王太子殿下と気楽に街デートはできないが、年の差のせいもあった。ローティーン時代の二歳差は大きいのだ。早熟な16歳のイリスと成長期まっさかりのひょろっとした14歳の殿下が並ぶと、イリスは姉か、従妹のお姉さんだった。
今日のイリスはいつもとだいぶ雰囲気が違う、小動物系女性に変装していた。茶色いウイッグと茶色のカラーコンタクトを付け、メイクで大人しい雰囲気に顔を作り、髪にリボンまで結んだ。靴も低めにしてある。
服は王妃様付きの侍女から借りたもので、ふんわりとしたかわいいタイプ。あっさり系が好みで、自前のドレスでふわふわひらひらしたものは持っていない。以前からいつも年上に見られがちだったので、今日は何としてでも十代に見えると言わせたくて、張り切ってしまった。
そして今後悔している。まるで、まだ若いのよ、と頑張っているようなものだ。少しばかりやりすぎた感もあり、本当に若造りしている三十歳になった気分だ。
メイク担当のミラも、恋人役のアイラも可愛いと言ってくれたが、目の生暖かさが心を抉った。
馬車がやって来て少し手前で止まると、アロンが降りてきた。反対側の扉を開け、女性の手を取って馬車から降ろすと手の項にキスして微笑んだ。一連の動作がとてもスムーズでスマートだった。そこだけキラキラしているような華やかさがある。
アイラが素の声で言う。
「聞いていたより女性の扱いがうまそうな男性ですね。ちょっとドキっとしたなあ。こなれ系の男を演じる時の参考に、よく見ておこう」
「恋の対象として見てもらおうと、頑張っているのじゃないかしら」
「私は、あれが素の方に賭けます」
「じゃあ、シェフ渾身のスイーツを賭けましょうか。今日のピクニックのデザートはバラのジャムとカシスのジャムを二層に挟んだブラマンジェなのよ」
「美味そうですね」
「そうよ。絶対おいしい最新作よ。私も改善案を出したのよ。ポイントは隠し味のラム酒と菫の花の砂糖漬けのトッピングよ」
「ところで今日の私はこなれ感のある男性の設定だったけど、被りませんか」
「そうねえ。十代っぽい初々しさ満載の爽やかカップルにしましょうか」
「あ、やっぱりそこにこだわるんだ」
「え、なあに」
「いいえ、爽やかね。で、初々しい、と」
というと、少しの間目を瞑っていたが、目を開けたときには雰囲気が一変していた。20歳くらいの快活な男性が、ニコッと笑って爽やかな男性らしいテノールで言った。
「今日は楽しみですね。天気もいいし」
さすがだ。
マイクとイリスが声を掛けると、ホッとしたような顔でアロン達が近付いて来た。
「お早うございます。お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、僕達も先程来たばかりです。今日はよろしくお願いします。とても楽しみにしていました」
アロンが連れの女性を紹介した。
「僕の婚約者でメルビン伯爵家のスザンヌ嬢です」
「初めまして。スザンヌ・メルビンです。スザンヌとお呼びください」
小柄でほっそりとした可愛いらしい令嬢だ。こんな可憐な娘に恋愛は別の人となんて言われたら、相当ショックだろう。
ついで、イリス達を紹介する。
「こちらは僕の友人でマイクと、その恋人のナリア嬢。二人は留学生で、身分は伏せているので、家名は省略させてもらうね」
「はじめまして。アロン様、スザンヌ嬢。私も名前でお呼びくださいね」
イリスは少しかわいく作った声で挨拶し、面食らったような顔をしているアロンに、にっこり微笑みかけた。
マイクが二人に、自分の馬車に一緒に乗らないかと持ちかけ、四人で相乗りすることになった。予定している場所まで1時間、これは有効に使えそうだ。
侍女達はもう一台の馬車に乗り込み、目的地の自然公園に向かって出発した。