チャールズの洗脳
片や、襲撃者を追い払った護衛騎士達とチャールズは、王宮に帰還していた。
チャールズは腕に一太刀浴びていたのと、頭を強打しているのかフラフラしていたので、騎士の馬の背に、うつ伏せに乗せて運ばれた。
王宮の医師の見立てでは、腕の傷は浅いので問題ないが、頭の打撲がかなりきついので、少し眠らせて目を覚ましてから再度診察するとのことだった。
次の日、目覚めたチャールズは、この半年のことを何も覚えていなかった。医師が、最後の記憶を訪ねると、半年前の領地から戻る日だという。途中の宿で、就寝中に何者かに襲われたことまでは覚えているが、その後がさっぱりわからないと言う。
伯爵家の使用人達に帰着時の様子をそれとなく聞いたが、特別なことは何もなかったそうだ。宿で襲撃されたことは、何が起こったか定かではないため秘匿している。
伯母から詳しく調べたいからケインを寄越してくれと言われ、医者として変装したケインがチャールズの元に向かうことになった。
イリスも変装して助手として同行した。
2人と、侍女が入室すると、べッドに寝ていたチャールズは、体を起こして挨拶した。血の気が失せた白っぽい顔にほつれた髪が垂れかかっている。薄い夜着越しに鍛えられた体がうっすらと透けて見えた。困ったことに、かなり目の毒な感じである。侍女も頬を赤くしている。
心の中で、こいつはくされ外道よと言い聞かせるが、視覚が伝えてくる情報のほうが生々しい。もう少し恋愛方面を鍛えないと、私はちょろすぎるのではないだろうか。
控えていた侍女を退室させ、ケインが体の状態を調べ、聞き取りを行う。やはり、半年前に襲われた後のことが全く飛んでしまっているようだ。
「ただの打撲での記憶喪失ではなさそうなので、催眠術を使って覚えていることを探ってみてもいいでしょうか」
「ぜひ、お願いします。襲われた後に何かされたはずだと思います。お金を盗まれた程度ならいいのですが、何事もなく皇都の家に帰ったらしいのがかえって不安です。
覚えていない間のことが分かれば助かります。お願いします」
部屋を薄暗くし、意識を解放させる薬を飲ませる。ろうそくの火とガラス玉を使ってチャールズの意識をトランス状態に持っていくと、襲撃された夜の話を聞き始めた。双方、話し方はすごくゆっくりだ。
「宿はどうしてそこを選んだのですか」
「宿場で一番にぎわっている宿だったからです」
「夕食はどこで」
「その宿のパブで、グリルした豚肉の塊肉とバターを載せたバイクドポテト、豆とカブと赤ワインです」
「おいしそうですね」
「すごくおいしいです」
「さあ、部屋に戻り眠りました。それから何がありましたか」
「ドアが開く音がして、男が二人襲い掛かってきました」
「何をされましたか」
「変わった匂いがする布を押し付けられ、力が抜けました」
「それから」
少し間があってから言った。
「何かを飲まされて、何かを言われました」
「何と言われたのでしょうね。思い出してみましょうか」
「アン」
「アンとは」
「僕の愛する人です」
「他には」
「絶対に手に入れる。何をしてでも手に入れる」
ケインが筆談で、この記憶を何かに置き換えて、忘れさせていいでしょうか、と聞いてきたので、それでいいと答えを返した。
「それは物語のストーリーで、現実のことではありません。手を叩いたらそのお話を全部、記憶から消しましょう。そして少し眠りましょう」
パンッ
「この男なら、執着する令嬢の一人や二人いても、おかしくないわね。そのうちの誰かが暴走したってことなのかしら」
「アンヌ嬢の幼少期の愛称がアンでした。たぶんそこで、置き換えが起こったのでしょう」
「アン・何とか嬢のはずが、妹のアンになってしまったということ?」
「チャールズの周辺にアン・ネーベル嬢という令嬢がいます。語感が似ているのと、その令嬢のことが嫌で、抗ったせいもあると思います」
その線で調査した結果、やはりアン・ネーベルが犯人だった。
実行犯を雇い、領地の屋敷に勤める使用人に、お金を掴ませて情報を得ていた。その使用人の余罪を探り、それが発覚するよう手筈を整えた。そのうち解雇されるだろう。
アンはその後チャールズにまとわりつき、相手にされず、夜会の最中に癇癪を爆発させる、という騒ぎを起こしていた。術が掛かったはずだと思い、かなり積極的な接触をしたようで、社交界でも物議を醸していた。
この件は王妃様にも報告し、後日秘密裏に、何らかの処罰を行うことになっている。
次回が最終回です。