お互いに初めて
夜更けにドアが小さくノックされ、どうぞと声をかけると、ビクターが入ってきた。
ワインを一本持って来ていたので、2つのグラスに注ぎ、用意していたチョコレートをポーチから出して包みを開けた。
きれいなチョコレートが8個入っている。
「どうぞ。王宮を出る時、お土産として頂いたものです。
きっとすごく美味しいと思います」
「ありがとう、いただくね。でも、まずは君から選んでくれ」
そう言って、箱をこちらに差し出す。
このチョコレートには軽い催淫作用のある薬が仕込まれている。上の段の4個が薬入りなので、薬が仕込まれていない下の段のチョコレートを一つ摘まんだ。
美味しい。甘いリキュール入りで、濃厚でうっとりする。
ビクターも、これは特別に美味しいね、と言いながら4つも食べてしまった。
そのうち3個は薬入りだったので、軽めだとは言え幻覚作用もあるのに大丈夫だろうか。
アンヌも薬入りを1つだけ食べた。ほおっておくと、ビクターが4つとも食べそうで、流石に危ないと思ったのと、自分自身の不安を和らげたかったからだ。
アンヌはガチガチに緊張していた。
本当にできるの?
行為が怖いのはもちろんだが。
それを自分が誘導するなんて、到底無理かもしれない。
それよりも、性行為が初めてではないと見破られるかもしれない。
ビクターの体に触れるのも怖い。
そして自分の体を見せたり、触られたりするのも怖い。
最後のは、彼にがっかりされるのが怖いのだけど。
痩せてしまって貧相になった体が恥ずかしい。そうでなくても恥ずかしいのに、どこにも自信が持てないので身の置き場がない。
ベッドに腰掛け、文字通り固まっていると、ビクターが、優しく抱きしめて首筋にキスしてきた。
ふわっと何かが湧き上がり、喉の奥から声が勝手にでてきた。
驚き、口を手で押さえた。
「あ、変な声を出してしまってごめんなさい。嫌だわ、何かしら」
謝ったら、ビクターが目を見張った。
気まずそうにしていると、
「いいや、嬉しいよ。
もっと声を出していい。君の声はかわいらしくて大好きだよ」
そう言って首筋から顔にたくさんキスされた。おかげで裸の体を見られずにすんで一安心、かしら?などと思っているうちに、気付けばナイトドレスが脱がされ、一糸まとわぬ姿になっていた。
触られたり、口付けされたところがどんどん敏感になり、熱くなり、産毛が逆立っていくのがわかる。自分のものではないような声も、どこかから湧き出て驚いてしまう。
薬のせいか、少し頭がぼんやりして、ふわふわと取り留めのない気分になってきていた。
それでも、『 初めてを 』 のことだけは時々頭の隅から浮かび上がり、なんとかそちらに導こうと頑張ってみたりもした。どうしたらいいのかはわからないので、泣きそうだったが。
そうこうするうち、ビクターがポロポロ泣いているのに気付いた。
その涙を指で拭ってあげながら聞いた。
「どうして泣いているの」
「君が可愛らしすぎて、君を好きすぎて、それに嬉しくて。
カッコ悪いね」
「そんなことないわ」
彼の頭をぎゅっと抱きしめた。
「あなたがとても女性に慣れているようで、少し複雑だったのだけど、そうじゃないのかしら」
「僕も初めてだよ。
すごく緊張しているし、怖いんだ」
「私もよ。でも、あなたならいいの。
こうしていると、あなたの体温が気持ちよくて、すごく安心するの」
そう言いながら髪の毛をさすっていると、私の腕の中からスポンと顔を出した。
「そうだよね。僕と君なら全てが良いことだし、なんだって楽しめる。
よし、頑張る」
急に元気よく言うので、笑い出してしまったわ。
時間がかかったけどちゃんとできた、と思う。
たぶん。