襲撃
馬車が大きく揺れ、外が騒がしくなった。小さな森に差し掛かった辺りだ。襲撃が始まったようだ。
それをかいくぐり、侯爵邸に逃げ込む予定なのだが、兄が護衛に加わっているため、どうなるか分からない。
兄はとても剣の腕が立つ。強くて美しい兄は、半年前までは私の自慢だったのだ。敵に回したらこんなにも厄介な人だなんて。
ひときわ大きく剣を交える音が響いた。
気になってカーテンの隙間から覗くと、兄と襲撃者の一人が激しく打ち合っている。あの兄と互角にやり合うとはすごい。
占い師は、護衛の騎士よりずっと腕が立つといっていたが、本当のようだ。訓練の様子は何度も見ているが、それとは比べものにならないほど、切迫した雰囲気で、体ごと当たりに行くような激しい打ち合いで、見ているだけで怖い。
襲撃は、軽く騒ぎを起こすだけで引き上げると言っていたが、この様子だと、どちらかが傷を負うことになりそうだ。憎い相手だけれど、それでも兄に傷付いて欲しくはなかった。
でも兄が勝てば、この場で連れ戻されてしまう。
真っ青になったアンヌが見続けていると、賊の一人が目配せしたのに気付いた。そうだ、私はここから逃げなければ。御者に、全速力で近くにあるモリス侯爵邸に逃げ込むよう伝えると、カーテンを閉め、外の風景を閉め出した。
走り出してすぐに、アンヌ、と叫ぶビクターの声が聞こえた。
駆け付けて騎乗のまま窓を叩く。
「アンヌ、無事か」
無言でカーテンを開け、ビクターを見つめた。
久しぶりに、しっかり目を見つめることができて、涙が溢れてきた。嬉しいのか怖いのか、よくわからない状態であった。
ビクターが賊と戦っている護衛達とチャールズに向かって叫んだ。
「馬車は、侯爵邸まで駆け抜ける。君たちは賊を足止めしてくれ」
チャールズがこちらを振り返った瞬間、賊の剣が閃いた。
片腕を押さえて蹲ったところに、矢継早に剣が繰り出され、それを躱すのに精一杯の様子だ。ビクターは一度立ち止まり、従っていた侯爵家の騎士2名を応援に向かわせた。
「二人はチャールズを助けて、全員で王宮に知らせに走ってくれ」
そのまま土埃を蹴立てて、馬車と騎馬は走り続け、侯爵邸の門前に到着した。
慌てた門番が門を開け、一行を引き入れた。ビクターは馬から降りると門前を警護の騎士達に固めさせ、そして、追加で数人を襲撃場所へ向かわせた。
安全が確保されてから、馬車からアンヌ達を降ろし、急いで屋敷の玄関ドアに向かった。
一行の後ろで重い門の扉がガシャンと閉まる音がした。
「アンヌ、大丈夫か」
「ええ」
「部屋を用意させるから、それまではこちらで休んでくれ」
すぐに冷たいレモネードが運ばれ、アンヌは一気にそれを飲み干してしまった。体をぶるっと震わせる。
「怖かったわ。目の前で戦う姿を見るのが、こんなにも怖いなんて知らなかった。
思っていたよりずっと剣の動きが速くて。
あの音、びりびりするような金属のぶつかり合う重い音や、金属同士がこすれる音が恐ろしかったわ」
もう一杯飲むかい、と言ってビクターがレモネードのピッチャーを持ってアンヌの横に座った。グラスに注ぐと、自分のグラスにも注ぎ、ぐっと飲み干した。
「ああ、あんな激しい打ち合いは、実力が拮抗していなければ出来ないので、滅多にないんだ。
力量が違えば、すぐに勝負が付くか、もっと余裕を持ってあしらえる。
チャールズと互角とは、恐れ入った賊だな」
「本当ね。驚いたわ。あんなに腕が立つなら、賊なんて辞めて、騎士団に入団したらいいのに。
どういう人なのかしら」
2人共この襲撃が見せかけのものだと知っていたが、チャールズの参入でどう転ぶか分からない状態になっていた。それがなんとか筋書き通りに収まったため、ホッとしているのだった。腕の立つ賊に感謝しかない。
特にアンヌにしてみれば、襲撃後にチャールズが付いて来てしまったら、一緒に帰るしかなくなるし、彼を追い払う方法も、自分が侯爵邸に残るための理由も全く思いつかない。
そんなあれこれを考えながら、半分放心して喋っているため、本来は怪我を負ったチャールズの心配や、襲ってきた賊についての話題になるはずが、賊の強さに感心しきりというおかしさに、二人共が全く気付かないのだった。
主にこの回と前の回で兄の名がリチャードに入れ替わっていたので修正しました。すみません。