…ほらね、やっぱり絶対に持っていかれるって思ったんだよorz
……目の前には、SNSで話題騒然の輸入菓子。
すごくおいしいんだってさ。
経験したことのない食感なんだってさ。
一つ食べたら二つ三つと続けずにはいられない、魔物的なやつなんだってさ。
正直……食べてみたい。
新し物好きの、流行りモノ好き。
好奇心旺盛で、躊躇しないタイプ。
やらずに後悔するよりも、やって後悔したい性質。
伸ばす手を、止めることなど…できようもない。
ポケット菓子にしてはややお高めの代金を支払い、魅惑の小袋が…懐へ。
ベンチに腰を下ろし、記念撮影。
画像をSNSにアップしてから、袋を開ける。
……今ふうの、ややこじゃれた甘い香り。
ひとつつまんで、目の前10センチでまじまじと観察し、口の中に入れる。
………。
……………。
やばい。
これ……、歯にくっつくやつだ。
しかも、とびきりド級のレベルで貼りついて、歯の詰め物を根こそぎ奪いに来る系のやつ!!!
……。
………。
へたに、咀嚼しては、マズい。
口の中にある、7つの詰め物の命が危ない。
へたをすると、三連結してある大物までもが持っていかれる。
……。
………。
上の歯と下の歯で挟み込んだ、流行りの菓子。
上の歯と下の歯は、強力に接着されたまま微動だにしない。
今、もし。
上の歯と、下の歯を引き離そうとすれば。
確実に、持っていかれる。
確実に、銀色のやつが、引っぺがされる。
上のやつか、下のやつかはわからない。
上なら、詰め物。
下なら、差し歯。
……どっちがどっちに持っていかれても、ダメージがでかいこと間違いない。
しばし、あごを動かさずに…状況を俯瞰する。
……はりついているのは、歯と、菓子と、歯。
歯は、私の身体に備わっている体組織であり…短時間でとけることはない。
菓子は、ゼラチンと砂糖でできている食品であり…短時間でとける。
……よし、このまま口の中で菓子が溶解されるのを待つことにしよう。
混みあうお盆のモールのベンチで、人の行き交う様子を見送る。
楽しそうに移動する人々を見ながら、口の中を気にする。
今、この場所で、一番焦っているのは…私だろう。
今、この場所で、一番神経質になっているのは…私だろう。
……そろそろ、いいかな。
そっと、歯を。
噛みしめていた、顎を。
「あ、ごめんなさい!」
隣に座っていた奥さんが、私の足元に、ゲームセンターの戦利品を落としたので。
「あ、だいじょうぶです」
………。
…………。
ぜんぜん、大丈夫じゃ、ない。
持っていかれた、持ってかれたよ!!!
やっぱりの、案の定だよ!!!
くっ付いてた歯が、歯が、歯がー!!!
とれた、とれたよ、銀色のやつ―!!!
こうなると思ってた!!
やばいとは思ったんだよ!!
でも好奇心を抑えきれずにぃイイイイイイ!!!
また歯医者通いが!!
またきゅいーんが!!
また他の歯も直しましょうが!!
またここも悪くなってますねが!!
ああ……、後悔先に立たずとは、まさにこのことか。
持っていかれた、上の歯であった銀色の物体は、今もなお下の歯にくっついている。
……無理やり取ろうとすれば、下の歯まで持っていかれる事必至だ。
お手洗いで口をすすぎながら、自然にはがれるのを促すのがよろしかろう。
ベンチから立ち上がり、トイレに向かった私であったが。
うっかり『ぐちゅぐちゅぺー』をしてしまい、さらに大慌てをする羽目になろうとは…まだ知らないのであった。