父、源重郎
結姫の部屋は奥座敷でも中庭の見えるいい部屋のさらに真ん中で、普段は客間として使用されている部屋らしかった
里下がりの初日、結姫が戸を開け払ってお付きの雪と荷物を解いてると、父親の源重郎が商売ついでに顔を見せた
商売人ゆえ派手な格好はしないが、着ている着物は紬で、きっと良い値がするのだろうと結姫は思っている
源重郎はいつも、まず表にいる主人に挨拶をしてから、結姫のいる奥座敷へとやって来る
そして持ってきた布や小物を広げながら、結姫と世間話をするのが常だった
結姫は最初はお付きの雪にだけ同席させていたが、次第に使用人たちも話に加わるようになった
源重郎の広げた品物たちを、通りがかる使用人たちが気にしているようだったから、通るたび結姫が声をかけたのだ
そのうち源重郎も「さぁ使用人の皆さまもどうぞ」と言って、手に取りやすい価格の品も持ってくるようになった
源重郎は巷で流行っているものの話をして、結姫は都で流行っているものは何かと使用人たちに尋ねる
年かさの使用人は話には加わらないが、気になる品があると源重郎に声をかけられるまま足を止めたり、卸して欲しい品物の話をしたりした
使用人たちは入れ替わりで品物を見ていくのだが、順繰りに話が続いていくので不思議とずっといるような心地になる
彼女たちは誰が格好いいだとか、他愛ない話をしながら、結姫の宮での生活を聞きたがった
結姫はギンという呼び名は明かさずに、いつも灰色の着流しを着た一重で切れ長のひょろりとした人だと伝えていた
そしていつの間にか、ギンはこの屋敷では灰色の君と呼ばれるようになっていた
使用人たちはみな、灰色の君に好意的で結姫が近くに行くと避けられている気がすると言ったときも
「恥ずかしがりですね、灰色の君は」と前向きな解釈をされた
それから結姫に対しても全面的に味方らしく、「灰色の君がお好きなものを聞いて仲良くなるといい」だとか、色々な助言をくれた