079 裸体デッサンをしたい私とツガイの殿下2
事件もなく、平穏に殿下と王城デート中の私。
緑で囲まれた庭園の一角でアポロン様を前に絵を描く私は、密かな決意を胸に秘めている。
それは今日こそ、殿下の裸を拝みたいという人体の不思議に対する、探究心溢れる気持ちだ。
「はぁ……」
私はわざとらしくため息をつく。
「どうしたの?楽しいんじゃないの?」
早速私の事を放置出来ない殿下が釣れた。
「アポロン様は美しい肉体美だなぁって思うんです。思うんですけど」
「……うん」
「でも、模擬戦でシリルと本気の戦いをする殿下が握った剣を持つ腕を伸ばした時の、肩関節周囲の筋肉群の動きの方があまりにも美しくて。だからアポロン様を見ても、前みたいな感動を感じないなって」
クラスメイトと言葉を巧みに拝借し、私はヨシュア殿下にたたみかける。
「…………」
チラリと横目で殿下の様子をうかがうと、澄ました顔で本と見つめ合っている。
「あーあ、やっぱり本物が見たいなぁ」
私はワザとらしく呟いた。すると、殿下が読んでいた本をパタンと閉じる音が響く。
「君の気持ちは嬉しい。でも一度それを許したら、君と会う時は常に裸を要求される気がするんだけど」
ヨシュア殿下は困ったような表情を私に向けた。
「え、でも殿下は私がツガイだと認めたら、裸はいつでも好きな時に見ていいって言ってましたよね?」
私は約束が違うと、アポロン様の裸体部分を描いた場所にペタペタと色を入れながら抗議する。
「結婚したらって、そう伝えた気がするんだけど」
ヨシュア殿下の主張に、キャンバスの上で筆を止める。
思えば確かに、そんな言い方をしていた気もしなくはないような……。
どうやら私は自分に都合よく記憶を改竄していたようだ。しかし、それを認めたら私はヨシュア殿下の麗しの裸を見るまであと何年も待たなければいけないということになってしまう。
十六歳である殿下の裸は今だけのもの。
五年後十年後では、今と全く違う肉付きになっている可能性だってある。
それはそれで、二度美味しい気もする。
でもそう思えるようになる為には、今の若々しい殿下の身体を見せてもらう必要があるわけで。
「やっぱり見せて下さい。今のありのままの殿下の裸を」
「無理」
すげなく返されてしまった。
しかし長年ふつふつと溜め込んでいた私の学術的探究心は、こんな事では挫けない。
「というか、いずれ結婚することはもう決まっているわけです。だったら今見せても、後で見せても同じってことですよね?」
「同じじゃないよ」
「だったら、今すぐ結婚して下さい」
私はアポロ様の大事な部分を白く塗りつぶしながら、殿下に告げる。
「え……そ、それって僕にプロポーズしてる?」
「……そうですね。そうなりますね」
私はまずかったかなと、殿下をちらりと見た。
「え……そう、そうなんだ。僕も君と今すぐにでも結婚したい。だって本当に君が好きだから」
耳まで赤く染め上げたヨシュア殿下は、本に向かってプロポーズしていた。
「でもお互い学校を卒業するまでは無理だよね。結婚って君の人生に責任を負うってことだし、だから君と一緒に家庭を築く基盤を作ってからじゃないと……」
ヨシュア殿下は真剣な表情で本に喋りかけている。
その真摯な気持ちは嬉しいし、私も実際今すぐ結婚なんて無理だとわかっている。
ただ、どうしても見たかっただけだ。
ヨシュア殿下の裸を。
「ですよね。私ももっと色々な世界を見て、刺激を受けて、それを絵に活かしたいし」
少しだけ拗ねた気持ちで、これからの抱負を語る。
「君の絵がどんな風にこれから変化していくのか。それを隣で見られるのも楽しみだな」
「殿下の裸がどんな風に変化していくのかは、私に見せてくれないくせに」
私はまたもや、本音を漏らしてしまう。
「う……」
殿下は痛いところをつかれたと言わんばかりに、言葉を詰まらせる。
「でも、いいです。今後社会が変化して、女性が男性の裸体をデッサンする事が認められる時代が来るかも知れないし」
今は想像出来ない世界だ。
けれどそうなったら、女性の画家だって増えるだろうし、作風だって男性、女性とわかりやすく区別されなくなるかも知れない。
問題はその時代まで私が生きているかどうかだけれど。
「……君がやましい気持ちで男性の裸を見たい訳じゃないことくらい、わかってるよ」
ボソリと殿下が漏らす。
「そうです。私が殿下の裸にこだわるのは、何度もお伝えしている通り、学術的探究心からです」
私は正しく主張する。
「わかってるんだけど、今後社会が変化して、他の男の裸を君が見る機会がある。それを想像すると、すごい嫌だ。だったら僕の裸を見て欲しい気がする」
殿下の心の叫びに、私は目を輝かせる。
「いいんですよ、殿下。ご無理をなさらなくても。私はいずれ他の男性の裸をデッサン出来るかも知れませんし」
「…………」
「早くみたいなぁ。楽しみだなぁ」
私は色を塗りながら、殿下を最大限煽る。
「わかった。愛するツガイの望みを叶えるのは当たり前だ」
「ええ、そうですとも」
アポロン様の輪郭に黄色を足しつつ、私は答える。
すると、キャンバスに影が落ちた。
横を向くとヨシュア殿下が脇に立っている。
「……シャーロット嬢」
ヨシュア殿下は私に一歩近付いた。そして私の耳元で囁く。
「今から僕の部屋で君の望みを叶えるね」
殿下の艶っぽい囁き声に、私は肩をびくりとさせ、慌ててキャンバスに向き合う。
今のは、満月の夜の彼を彷彿とさせる、危険な香りがするような。
「ええと、別に今日じゃなくてもいいかも知れません。なんか今日はアポロン様がやめろと言っている。そんな気がするし」
急に怖気づいた私は、キャンバスに描かれたアポロン様を見つめたまま告げる。
「そっか、残念。でもさ……」
気になる所で話が途切れ、気になった私はおそるおそる隣に立つ殿下に顔を向ける。すると、ヨシュア殿下はニヤリと意地悪に微笑む。
「シャーロット嬢、君には僕を煽った罰を受けてもらわなきゃいけないよね?」
「ば、罰ですか?」
「君にキスしていい?」
「えぇっ!」
「返事は?」
「……は、はい」
私が小さく返事をすると、殿下は優しく微笑む。
それから殿下の大きくて剣だこが出来た、少しゴツゴツとした手が私に伸ばされた。
ついに私は大人の階段を上る時が来たようだ。
私は期待と不安と弾けそうなドキドキを抱え、ギュッと目をつぶる。
「シャーロット嬢、大好き」
ヨシュア殿下が甘く囁く。そして、私の額に柔らかい感触が落ちた。
その瞬間、私はパチリと目を開ける。
「え?」
私は思わず握ったままだった筆を落としそうになるも何とか持ち直し、向き合うヨシュア殿下の顔を見上げる。するとそこには、耳まで真っ赤にした殿下がいた。
「殿下……照れてます?」
「……うん」
私の問いかけに、小さく頷くヨシュア殿下。
その顔は妖艶な色気漂うそれではなく、普通の男の子が見せた恥じらいそのもの。
そんな殿下の可愛い姿に私は心を奪われつつも、内心「そこじゃない」という言葉がうるさいくらいに頭の中で連呼する。
「殿下、今のも大変素敵だったのですが」
私は一旦そこで言葉を切ると、筆を持つ手を強く握りしめる。
「こ、今度は私が大人の、本当の、その……キ、キスというものを教えてあげます」
私は筆を置くと、彼の唇にキスをしようと背伸びをする。しかしそれは叶わなかった。
なぜなら、私がキスするより先に、ヨシュア殿下が私の唇を奪ったからだ。
「!?」
突然重ねられた唇に、私は思わず目をつぶる。唇から感じるのは、先程の恥じらう彼からは想像もつかない、荒々しさを感じる唇の触れ合い。
想像していたものとあまりにも違う、まるでツガイを心から求めるような乱暴さ漂うキスに衝撃を受ける。
私は、息苦しさに思わずヨシュア殿下の胸をどんと叩いた。するとようやく唇が離れる。
「あ、ごめん」
慌てたように謝るヨシュア殿下は、私をしっかり抱き込み、呼吸を整える私の背を優しく撫でる。
「シャーロット嬢……君が好きすぎて……ダメだ僕」
独り言を呟く殿下を見上げると、やっぱり可愛らしく恥じらっている。
そんな殿下を見上げる私も、幸せが体に染み渡るのを実感した。
「ツガイですから、お気になさらず」
「だめ」
ヨシュア殿下は私の唇に指を当てて閉じる。
「今だけは、その言葉を口にする存在を思い出したくないからね」
殿下は微笑む。そして今度は優しい口付けを私の唇に落としてくれたのであった。
おしまい
最後までお読み頂きありがとうございました。
ブクマに評価などを頂けると、嬉しいです。
新作は、時代のギャップに翻弄されつつ、明るく生きる魔法使いの女の子のお話です。遺物オタクの王子様と、わちゃわちゃするお話になっております。
『遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下』
こちらも是非、よろしくお願いいたします。




