056 ツガイ狂いを阻止するために2
満月の夜、殿下は感情を爆発させた。
その事に責任を感じた私は、殿下の元にいたいと願った。
けれど今の殿下の前に私が現れたら、どう転ぶか分からないということで、私は彼に会うことを禁じられた。
それが殿下の意志なのか、周囲の判断なのか知らされていない私は、悶々とした日々を過ごしている。
そしてようやく本日、マクシミリアン様が状況を説明してくれるために、我が家に立ち寄ってくれた。
「粗茶ですが」
私は、自宅の居間にあるソファーに座るマクシミリアン様の前に紅茶を置く。
「お気になさらず。報告だけして帰宅しますので」
いつもの台詞が聞けてホッとしたのも束の間。マクシミリアン様がいつになく、険しい表情になる。
「ヨシュア殿下の様子はいかがですか?」
私はシリルの隣に座りながら、一番気になっている事をたずねる。
「心の問題ですからね。相変わらず見た目は通常通り元気そうです」
「そうなんですね」
それは良かったのか、悪いのか。
私には良く分からなかった。
「実のところ殿下は、普段は隠しているだけで、わりと何でも完璧にこなせる方なんですよ」
突然マクシミリアン様が、突拍子もないことを言いだす。
「殿下は天才肌ですからね」
シリルがそう付け加える。
「騎士学校でも殿下は簡単に一位を取れるはずなんです。誰よりも座学が出来るし、剣術の腕前がいいのに、常に二番手を意識していて誰にもその座を譲らないんですよ。普通は誰だって一番になろうと思うはずなのに」
シリルが不思議だと言った感じで、首を傾げる。
「殿下は幼い頃より王太子であられる、ヘルフリート殿下を決して追い抜く事がないよう、常に心配りをされておりますので、そのためかと」
まさかそんな事情があったなんてと私は驚く。同時に殿下はお兄様と上手くいってないのだろうかという疑惑が沸き起こる。
因みに、我が家は貧乏という絆で結ばれ、家族仲は良いほうだと思う。
それもどうかと思うけれど、仲違いするよりはずっといい気がした。
「何となくそんな気はしていました。王太子殿下より優れた者だと周囲に思われたら、王位継承問題に発展しかねませんからね」
シリルの言葉にマクシミリアン様が頷く。
「ええ。その通りです。ヨシュア殿下は優れた人物です。ただ、その事を決して表に出さない強い心をお持ちです。ですから、今回もシャーロット様のお気持ちを汲み、ご自分の気持ちを抑えようとなさったのかと」
「でもツガイは抗えない本能なはずです。あ、だから心のバランスが崩れて」
まるで私のせいと言わんばかり、チラリとシリルが私を横目で見た。でも確かに私のせいなので、シリルの咎める視線を私は甘んじて受け止めた。
それにしても、殿下の事を何も知らないという事実に密かにまた落ち込む。
いつもどこかほんわかとした人だと勝手に思っていたけれど、彼の無邪気に見える笑顔の裏には、様々な感情が隠されているようだ。
そして彼はそれらを吐き出すことなく、一人で抱えている。
そんなのとても孤独なことだと感じた。
彼はそういう弱い部分を私には、全然見せなかったからわからなかった……いや、そうじゃない。私が彼の中身を覗こうとしなかっただけ。
結局のところ、自分が今までヨシュア殿下を知ろうとしなかったこと。それが今になって最悪な状況一歩手前という形で返ってきているようだ。
「今回、事件の発端となったのは、ミランダ様がヨシュア殿下の唇に強引に触れようとなさったからです」
「えっ」
そうなの、ミランダ様から襲いかけたってこと?
私は、淑女教育とは……と遠い目になる。
「ミランダ嬢は、満月で気持ちを抑えられなかったと証言しているそうですね」
私よりずっと事情通らしいシリルが補足した。
確かにそう証言すれば、「ツガイだから仕方がない」とみんなが納得する。
この国で「ツガイだから」は、何でも許される魔法の言葉だから。
だけど、ツガイという運命を背負って、背負わされた方は、自由恋愛を楽しんでいる人にはわからない悩みを抱えている。
ヨシュア殿下も、私も。
本当にツガイという制度が幸せだと思うのは、部外者だけだ。
私は、またもやツガイという制度に抱えている不満を呼び起こし、ムカムカした気持ちに包まれた。
「ご安心下さい。殿下は彼女を突き飛ばし、そして錯乱状態になりミランダ様に襲いかかろうとしました。それを皆で阻止しようと乱闘した結果、あのような部屋の惨状となりました」
淡々と話すマクシミリアン様は、膝に置いた手を強く握りしめた。
どこか苦しそうな姿を目の当たりにし、もし、マクシミリアン様たちが必死に止めなければ、ヨシュア殿下はミランダ様を殺してしまったかも知れない。そんな恐ろしい考えが私の頭に浮かぶ。
ツガイ狂いの症状とは、きっとそういうものだから。
だとしたら、やはりヨシュア殿下はもう手遅れなのだろうかと、私は不安になる。
「殿下は体術も心得ているから、押さえ込むのは大変だったはずです。だから、仕方ないけど」
またもや、シリルが私を横目で見た。
確かに私が悪い部分が大多数を占めるかもしれない。けれど、いつまでも遠回しに非難されるのは勘弁願いたい。
「状況は良くわかりました。それで、私はいつ殿下に会えるんですか?」
私は思い切ってたずねてみた。
「医務の方で許可が降りればと言った感じなので、正確な日時はお答えかねます」
マクシミリアン様は申し訳なさそうな顔を私に向けた。
「そもそも殿下は、妹に会いたいと願っているのですか?」
それを聞くんだと、私はシリルに恨めしい視線を送る。
気にはなるけど、答えが怖いから敢えて質問しなかったのに。
「危害を加える恐れが少しでもあるのならば、会わない方がいいと、殿下はそう仰っておられます」
「そうなんですか……」
私は今までの話で得た殿下の精神力の強さ、そして自らより他人を優先するような生き方をしているという話から、「そんな気がしていた」と、がっくり肩を落とした。
「でも、殿下はこのまま我慢を続けたら、本当にツガイ狂いになっちゃうんじゃないですか?」
私は「どうか間に合うと言って」と願いながら食い入るように、マクシミリアン様を見つめる。
「そうですね。殿下の精神力は強い。私はそう信じております。しかし、ツガイに対する想いというものに対し、認識が甘かった事は認めます。ですから、なんとも」
どこか後悔の滲む表情のマクシミリアン様は、小さく首を振る。
「こればっかりはツガイを持つ人にしか分からないですもんね」
シリルの呟きに、私はコリン様の顔が脳裏に浮かぶ。
あまりに辛そうなヨシュア殿下を目撃したばかりだからか、それともコリン様に強く諭されたからか。理由は自分でもわからないけれど、自分の中に存在するコリン様を想う気持ちが、だいぶ落ち着いてきている気がする。
だとすると、一度きちんとツガイの事についてコリン様に話を聞いた方がいいかも知れない。
それに私の中に残るコリン様への想いも、きちんとケジメをつけなければいけない。
そうしないと、ヨシュア殿下に失礼だ。
「シャーリーは、ヨシュア殿下の事をどう思ってるの?」
突然シリルが真面目な顔で私に問いかける。
「私は……」
思わず言葉に詰まる。
なぜなら、コリン様に感じていたような気持ちをヨシュア殿下に抱くかと言ったら、まだそこまでの想いは感じない気がしたから。
だけど前より殿下の事を知って、気にはなっている。
この状況を何と言い表せば良いのか。私の語彙力ではうまく表現できなかった。
「この前ウエストミントン教会で、あなたは眠る殿下の髪に触れていた。あの時はいつものように、学術的探究心からだったのですか?」
「!?」
私は「見られていたのか!」と目を見開く。
「まさかついに、変態思考を実行に移したの?」
呆れ顔のシリルに問い詰められる。
「ち、違うわ。あの時は良く分からないけど、ヨシュア殿下が美しくて、それで誰にも渡したくないと自然にそんな気持ちが浮かんできたの。そうしたら、なんか触れたくなって、ついうっかり……」
自分で言っていて、これは明らかに犯罪行為で、私は痴女でしかないと項垂れる。
「あのう、私は逮捕されますか?」
マクシミリアン様におずおずと尋ねる。
「殿下が嫌がったら別ですけれど、それはないかと。あの後二人で仲良く手を繋いでいましたし」
マクシミリアン様はニコリと微笑む。
そこまでしっかり見られていたとは。
まぁ、普通に考えれば気付かない方がおかしいとも言える。けれど、マクシミリアン様はいつも殿下の側にいるのが当たり前。だから私としても、常に意識しているわけではないので、こればかりは仕方がない。
「慣れって怖い」
私はボソリと呟く。
「妹の変態行為……コホン、ツガイに対する求愛行為らしき件について、殿下には知らされているんですか?」
どうしても私を変態にしたいらしいシリル。
言い直さなかったら、グーでお腹を殴っているところだ。
「いいえ、シャーリー様がいつものような探求心的なお気持ちで、殿下に触れたのかどうか。私には判断しかねました。ですからその件は殿下にお伝えしておりません」
「良かった」
私はホッと胸を撫で下ろす。
正直殿下ほどではないけれど、私も勝手に触れた事が本人に知られると、一方的に「バックハグをしたくせに」と責める事が出来なくなる。
今後の関係性を考慮した場合、出来れば今まで通り有利な位置……被害者の立場でいた方が何かと都合が良いので、出来ればマクシミリアン様には墓場まで持ち込んで欲しいものだ。
「良かったなんて安心してる場合じゃないと思うけど」
「なんで?」
シリルに問われ、私は首を傾げる。
「君がヨシュア殿下を意識し始めたのかどうか。そろそろはっきりしないと、二人ともツガイ狂いになっちゃうんだ。それでもいいの?」
シリルに詰められ、私は考える。
今までは私に勝手に触れてくる行動が先で、少し迷惑で怖くも感じていた。けれど、彼の性格を知れば知るほど、他にはどんな所を持つ人なのだろうと、もっと知りたい気持ちになっている。
それに私も殿下に我慢できなくて触れてしまった。
触れたいと異常に渇望する気持ち。
あれはどう考えたって、ツガイだからだ。
となると、もう逃げる事なんて無理かも知れない。
何より、私はツガイ狂いになりたくない。
結論が出た私はしっかり顔を上げる。
「私はヨシュア殿下を自分のツガイだと思います。だからもっと彼の事を知りたいです」
きっぱりと宣言する。すると、何だか心のモヤモヤが少し晴れた気がした。
「だいぶ前進したようで安心しました。やはり人間は成長する生き物なんですね」
マクシミリアン様は笑顔で言うと、わかりやすく肩の力を抜いたのであった。




