005 王立美術学院のクラスメイト達2
教授から提出した作品の講評を受けたあと、私は王立美術学院内に設けられた美しい中庭を、一人肩を落とし歩いていた。
視界に映り込む花壇には、色とりどりの花々が植えられ、噴水の水しぶきが風に乗って私の顔に保湿効果たっぷりな、細かい霧状になって飛んできた。
一定間隔で植えられた木々の間を優しく通り抜ける風は、花壇の花から香る、甘い匂いを私に運んでくれている。
いつもならばこの香りを嗅ぎ、領地に広がるのどかな風景を思い出し、心が癒されるところだ。しかし現在、私の心境は最悪の一言。よって、花壇からそよ風にのって辺りを漂う花の香りに癒やされたりはしない。
落ち込む私の脳裏に浮かぶのは、自分の作品を講評した教授の苦笑いを含んだ、少し小馬鹿にしたような顔。
『君の絵は何と言うか......残念ながら全体的に写実性に欠けるようだ。ふむ、この色使いは素晴らしいと思う。だが、圧倒的に筋肉部分に工夫が必要だ。この部分の柔らかさは、まるで女性のように見えると思わないか?それから、全体の構成には君の個性が出ていないように思う。他の者と同じような仕上がりになっている。今回君の描いた絵は、端的に言うならば、平凡だ』
教授から言われた容赦ない言葉が脳内で延々とリピート再生されている。
私は悔しさが込み上げ、両手で胸に抱えたスケッチブックをギュッと包み込むように、抱きしめた。
「気にしない、気にしない」
私は自分に言い聞かせる。そしてみんなに愚痴を吐き出すため、教室へと急ぐ。
『あ、それと来週のデッサンの授業だけど、君達女子生徒は例のアレを描くように』
目的地である教室前に到着した私の脳裏に、講評のついでにといった感じ。最後に付け加えられた教授の言葉が思い出され、やり場のない怒りが込み上げてくる。
「あーむかつく」
私は教室に入るため、ドアノブに手をかけた。そして、その場で深呼吸を一回ほど。絵の具の匂いの交じる空気をたっぷり吸い込み、気持ちを落ち着ける。
そしてバタンと教室の扉を開けた。
「おかえりー。おやおや、ユルゲン教授に講評でやり込められたって感じ?」
あからさまに浮かない顔をしていたせいか、既に席につくジュリエットが鋭く私の心境を察した言葉をかけてきた。
「あいつ、君の描く絵は写実性に欠けるとか言ったわ。それに、男性の線が細すぎて女性のようだとも。だけど仕方ないじゃない。男性のヌードなんて、見たくても誰も見せてくれないし。そもそも想像で描いているんだもん。どうしたって抽象的にならざるを得ないわよ」
先程した深呼吸は無駄だったようだ。
私は開口一番、大きな声でジュリエット達に愚痴を吐き出す。そして、ドスンと自分の席の椅子に腰掛けた。
「そもそもユルゲン教授は、懐古的な思想を持ってる人だもの。女性が絵を描く事に反対なんだから、褒めてくれる訳ないじゃない。何を言われても気にしないこと。それしか私たちが出来る対策はないわよ」
隣の席に座るジュリエットから声が飛んでくる。
「そうそう。社会的思想を混在した講評は気にしないに限る」
「女性ってだけで、作品展に出品出来ないんだものね」
「ほんと、世知辛い世の中」
「酷い講評を言われたのは、シャーリーだけじゃないから安心してね」
教室のあちこちから、励ましの声がかけられた。
「ありがとう。もう気にしない」
私はみんなに告げるも、心の底に理不尽だと思う気持ちが込み上げ、なかなか消えてくれない。
確かにここ、ルトベルク王国では女性を讃え、その役割を称えるものとして「家庭の天使」と言う言葉が良く使われる。これは家庭において家族や子供たちの世話をし、家事全般をこなす、良き妻、母のことを指しているもの。
そしてたいていの男性は、こういう女性を結婚相手として求めているというのが、私たちのような貴族籍の親を持つ女性を取り巻く現実だ。
それはここ、王立美術学院内でも例外ではない。
かつて女性の社会的地位の向上や、権利の拡大を求める社会運動を起こした人物がいた。
勇敢なその女性たちのお陰で、私たちは女性でありながら王立美術学院に入学が許可された。
けれど、実際は女性が嗜みを超え、絵を学ぶ事を良しとしない風潮が、学院内にも根強く残っている。
そのもっともな例が、毎年入学試験が行われる男子と違い、すでに在籍する私たちが十八歳で卒業するまで、新たな女子生徒が入学できないというおかしな制度があげられる。
つまり、王立美術学院に在籍する女子生徒は一クラスのみという、寂しい状況だ。
建前上は私たちのプライバシーを確保出来る施設が足りないからと言うけれど、そんなの体のいい言い訳だ。
私たちを女性だという理由で、男子生徒には当たり前に与えられる権利を制限したいだけ。
こんな調子だから私達女子生徒は、輝かしく充実した学院生活を送れているとは言い難い。
しかし、それを憂いでいても絵は上手くならないし、不満そのまま、現場の声を伝えたいと女性解放運動に精を出したところで、私の絵が認められるわけではない。
今の私に大事なのは、与えられた課題をコツコツとこなし、技術や知識を習得し、創造力や表現力、それから感性の向上に励むこと。
それしかない事くらい、理解しているつもりだ。
「みんながいるから頑張れてる気がする。だけど、私だってそろそろ生身の男性の裸がみたいわ。切実に」
私はクラスメイト達に感謝を伝えつつ、欲望を垂れ流す。
「シャーリー。その気持ちには完全に同意するけど、絶対に外で言っちゃ駄目よ?」
ジュリエットが有り難い忠告をしてくれる。
「なんせ、女性の足を連想させるからって、ピアノの足に靴下を履かせちゃう世の中だからね」
私が漏らした本音に対し、ジュリエットはクスリと笑う。
「でもさ、みんなだって見たいと思わないの?男性の裸を」
私は自分の思考回路がおかしいのだろうかと、疑いつつたずねる。
「そりゃみたい」
「結局のところ、想像じゃ、限界があるからね」
「でも、痴女扱いされるのはちょっと」
「やっぱ、結婚が手っ取り早いのかもなぁ」
「確かに。タダで見られるわけだしね」
「しかも見放題」
「でも結婚なんてしたら絵を描く時間がなくなるってば」
「あー、確かに」
クラスメイトが、私たちを取り巻く厳しい現状を嘆く。
そんな会話に耳を傾けながら、私は変態ではなかったと安堵する。そしてみんなと同じ。やっぱり男性の裸が見たいと願いつつ、デッサン用の鉛筆を手に取り、スケッチブックに向かったのであった。
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