004 王立美術学院のクラスメイト達1
王立美術学院の校舎は、装飾が施されたレンガ造りの立派な建物だ。
その校舎の前には、荘厳な柱が並んだ玄関があり、門の上には誇り高き学院の絵筆が描かれた立派な紋章が刻まれている。
校舎内は、古くて重厚な木材が使用され、装飾的な彫刻が施された壁や天井が目を引く造りになっている。廊下には、美術品のレプリカや生徒たちの作品が数多く展示され、ただ歩いているだけでも、芸術に触れているような気分になれる。
王立美術学院は、芸術に対する情熱で溢れる雰囲気漂う場所。だから私はこの学院で、自分の才能を磨いていくことを心から楽しみにしていたのだが……。
「あら、犯罪者様、ごきげんよう」
教室に入り自分の席に着席した途端、隣から私をからかう声が飛んできた。
彼女は私と揃いの美術学院の女子生徒を示す、白襟のついた黒い清楚なワンピースに身を包み、こちらにニマニマとした笑顔を向けている。
勾留され寝不足のため、シルバーブロンドの髪がもはや老婆地味て見える最悪な私。そんな私に対し、青みがかった彼女の深い黒色の髪は、今日も豊かな光沢を放っていた。
「ついに釈放されたのね。お勤めご苦労さまでした」
私に悪戯な視線を送るのは、幼馴染で親友。シュタイン伯爵家のジュリエットことジュリアだ。
「もうやめて下さい、ジュリア様。というか、私は犯罪者なんかじゃないし」
「あら、だって騎士団に勤めるお兄様情報だと、シャーリーはヨシュア殿下に、媚薬を飲ませた罪で退学になるとか、ならないとか」
確実に私に起こった悲劇を楽しんでいる様子のジュリエット。
彼女は凛とした美しさを持つ、とても綺麗な子。普段は迷いなく私にとって自慢の親友だと言える。けれど幼い頃から仲良しであるが故に、時々こうして悪ノリするのが玉に瑕。
「ならないし、無実は証明出来たし。だからここにいるんですけど」
私は口を尖らせる。
「ふふ、冗談よ。それにしても一人でアポロン様と逢引しようとした罰なんだから、甘んじて受け入れるしかないわよね」
ジュリエットの言葉に、教室にいた他のクラスメイト達からも一斉に頷きが返される。
「確かに、究極の美しさを表現した芸術作品のひとつ、アポロン・ベルヴェデーレ像を独り占めしようとした罪は重いわよね」
「ほんと、シャーリーはずるいわ。私なんか、嫌々ながらも婚約者の相手をしてたっていうのに」
「昨日やたら人混みに果敢にチャレンジするシャーリーを見かけて声をかけたのに、私は華麗に無視されたし」
パティが非難がましい視線を私によこす。どうやら彼女がアポロン様に急ぐ私に声をかけてくれたようだ。
「ごめん、ごめん」
私は彼女に両手を合わせ、謝っておく。
「婚約者ならいいわよ。私なんて誘われるがままに踊れってお母様に脅されて、休憩なしでずっと踊らされたんだから」
「それ、もはや罰ゲームじゃない」
「あら、今のはリリアのさりげない、モテ自慢でしょ?」
昨日は王城で開催される満月の舞踏会という特別なシチュエーションのせいか、クラスメイト達も結構な確率で私と同じように、親から強制参加させられていたようだ。
彼女たちの話を聞く限り私は、逮捕されかけたけれどダンスは免れたし、何だかんだアポロン様に会えたのだから、むしろ幸運が勝つのかも知れない。もちろん若干とつくけれど。
「で、どうして釈放されたの?」
「犯人じゃないから」
ジュリエットに問われ、簡潔に正しく答える。
「だったらどうして捕まったのよ」
興味津々といった感じで、ジュリエットが矢継ぎ早に質問をぶつけてきた。
「ドレスのポケットに赤い絵の具を詰めた豚の膀胱が入っていたの。それが媚薬のせいで錯乱した殿下ともみ合っているうちに、芝生に落ちちゃったらしくて」
私はあり得ない状況の上澄みだけを伝える。
「それでどうしてシャーリーは捕まるの?」
クラスメイトのマリナから素朴な疑問が飛んでくる。
「そう、それ。私も意味がわからないと最初はそう思ってた。だって絵の具を持っていただけだし」
未だ納得できない思いで告げる。
「豚の膀胱に入った絵の具を持って、舞踏会に参加する令嬢なんていないからでしょ」
ジュリエットがあっさり、正解をみんなに披露した。
確かにその通り。
媚薬で苦しむヨシュア殿下の近くに謎の液体の入った謎の物体が落ちていた。さらに近くに私がいた。
そんな怪しさ満載の状況で、近衛騎士たちが私を疑うのは自然の流れだったと、今では思う。
けれど私にとって、舞踏会はインスピレーションの塊でもある。そのためスケッチブックを持っているのは当たり前だし、絵の具がうっかりポケットに入っていたのだって、美術学生あるあるだ。
「私たちにとって、全然珍しい事じゃないのに」
不満げに口を尖らせる私に、すかさず声が飛んでくる。
「え、流石に舞踏会に参加する日に、絵の具を持ち歩く伯爵令嬢なんて、なかなかいないと思うわよ?」
「確かに。親の目もあるし」
「抜け駆けしてアポロン様を、ちゃっかり一人で写生しようとした罰ね」
うんうんと、満場一致の勢いでみんなが頷いた。
どうやらみんなの憧れ、麗しの彼氏アポロン様と密会をしてしまった私の罪は、かなり重いようだ。
しばらくその件でチクチク、トゲトゲやられそうな雰囲気がぷんぷん漂っている。
「それでヨシュア殿下は平気だったの?」
「媚薬で私に惚れかけたけど、正気に戻ったみたいだし、多分平気じゃない?」
他人事気味に答える。
実のところ、庭園で近衛騎士に拘束され、その後、怪しい物体が豚の膀胱に入った絵の具だと証明され釈放された私は、騎士団所有の馬車に乗せられ、そのまま自宅へ送り届けられた。
よって、無理やり引き剥がされたヨシュア殿下と、あれ以来顔を合わせていないので彼が無事かどうかなんて分からない。
彼があの後どうなったのか。それが全く気にならないわけではないけれど、新聞に具合が悪いと言った記事が掲載されていないので、多分無事に生きているはずだと勝手に思っている。
所詮王子殿下なんて高貴なる存在は、貴族の娘であっても、雲の上の人でしかない。
「シャーリーに惚れかけたなんて、今頃悪い夢だとうなされているかもね」
「それはいくら何でも言い過ぎだから」
私はジュリエットを睨みつけた。
「でもさ、シャーリーが捕まった日って、確か満月だったよね?」
学級委員長でもある、しっかり者のリリアが確認するように口にする。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「満月の日って、「ツガイ狂い」が発生しやすいでしょ?だから人で賑わうホールにいる方が安全なのに、良く一人で中庭に行けたなと思って」
リリアの言葉で、今更ながらその危険性を忘れていた事に気付く。
あの時はアポロン様を一目見たいという、その気持ちに支配され、私は大事な事をすっかり忘れていたようだ。
因みにツガイ狂いとは、ツガイを求める気持ちがあまりに強まり、我を忘れてしまい人に危害を加える可能性のある、とても危険な状態を指す言葉だ。現代医学においてツガイ狂いは、精神病にジャンル分けされている。
しかし、統計的に見て満月の日に不思議と殺人事件が多いだけで、それとツガイ狂いは何ら関係がないと主張する論文を、私は新聞で読んだ事がある。
とは言え、満月の日にノコノコ一人歩きするのは、あまり褒められた事ではない。
「ま、ツガイ狂いに襲われたっていい。そう思うくらい、我らのアポロン様が素敵だって事でしょ?」
考え込む私の代わりに、ジュリエットが綺麗に話をまとめた。
「となると、やっぱり抜け駆けはずるいよね」
「そうよ。今度王城で舞踏会があったら、絶対声かけてよね」
「そうそう。みんなで行けば怖くないし」
「私にもお声がけ、よろしく」
「あー、私もアポロン様を見たかった!」
「シャーリーはやっぱり犯罪者ね」
女子学生を虜にするアポロン様の美しさのせいで、結局のところ私は、クラスメイト達から非難めいた視線を送られる事となったのであった。