033 突如出現した痣
ヨシュア殿下の体に突然現れたツガイの紋章。
残念ながら私はそれを拝むことは出来なかった。
そしてなんとなく、紋章が現れたのであれば、私がツガイだという事実は認めざるを得ない。そんな気持ちで帰宅した。そして一晩ぐっすり睡眠を貪った翌日の朝。
「というか、ヨシュア殿下に紋章が出現したからって、なんで私が彼のツガイである証拠になるの?もしかして、騙されたってこと?」
私は自室のベッドの上。木目の天井を見つめながら、大事な事に気付いたのであった。
そしてその日、普段通り学校へ向かい、締切の迫るコンクール用の自画像制作に真摯に取り組んでいたのだが。
「やだ、それなに?」
「なにって、なに?」
私はキャンバスから視線をそらし、ジュリエットに顔を向ける。すると彼女の視線は、私の首元に固定されていた。
「そこまで悲観する事ないのに」
なぜかジュリエットが私に、同情するような視線をよこす。
「え、どうしたの?」
「確かにミランダ様のインタビューだけを見たら、完全にシャーリーが悪女みたいになってる。だけど私は信じてるし、クラスのみんなだってそうだと思う」
励ますように、私の肩にポンと手を置くジュリエット。
「ちょっと、何のこと?」
「社交新聞の記事。それに絶望して、もはや誰とも結婚は望めないと自暴自棄になってタトゥーを入れたんじゃないの?」
ジュリエットの視線が移動し、再び私の首の脇あたりでピタリととまる。私は彼女の視線が落ち着いた場所。すなわち首筋を撫でてみる。しかし、指先には皮膚の異変が一切感じられなかった。
そもそもタトゥーなんて無意識で入れられるものではないはずだ。
「タトゥーなんて入れてないけど」
「コウモリ?ヘビ?ハート?よくわからないけど、なんかぼんやり入ってるじゃない」
「冗談やめてよ」
私は自画像を描くために置かれた鏡に自分を映す。そして、ジュリエットが凝視している首筋を確認すると。
「え、やだ。何これ」
私の首元に確かにぼんやりとではあるが、見覚えのない痣があった。黒いコウモリが羽を広げたような感じに見える。
「枕のあとかなぁ」
そうであって欲しいという気持ちも込め、何となく呟く。
「絶対違うと思うわ。というか、自分で入れたんじゃないなら、誰かに寝込みを襲われたって事になるけど。まさか生の裸が見たいからって、ゆきずりの男性と……」
ジュリエットが明らかにニヤニヤとした視線をこちらに向けた。
「そんなわけないじゃん……と思うけど」
勢いよく否定したものの、首元に見知らぬ痣があるのは事実だ。でもさすがにゆきずりの男性はない。
「でも昨日はヨシュア殿下のところに行って、謝罪のジャムサンドをご馳走になっただけだし」
昨日の行動を思い出し、私は呟く。
「あ、気付いちゃった」
突然ジュリエットが何かを思い付いたかのように声をあげる。
「気付いたって、なにを?」
「シャーリーの首元のコウモリみたいな紋章。私、それと同じのを王城にあるモザイク画でみたことがあるわ」
「王城のって、中庭に抜ける回廊のところにあるやつ?」
私は記憶を遡ることにする。
王城には入り口から中庭に通り抜けるための、大きな回廊がある。そしてその回廊の壁には、光に当たるとキラキラ光る、美しいモザイク画が描かれている。それは王族の結婚式の様子を描いたものやら、我が国の美しい風景などなど。とても美しく荘厳な雰囲気のある壁画だ。
「確かあれは、建国五百年記念の時に制作された壁画よ。ルトベルク王国の初代国王、セナ陛下が描かれている手の甲に、シャーリーのそれと似たものが描かれていた気がする」
「えっ」
「一体どういう意味があるんだろうって、不思議に思った記憶があるから、間違いないと思う」
「そうなんだ」
まさかヨシュア殿下に見せてもらいそこねたツガイの紋章。それが私の首筋にある、コウモリのようなコレなのだろうか。
私は嫌な予感を感じつつ、首筋を撫でる。
「もしかして、シャーリーのそれって、ヨシュア殿下のツガ――」
「ジュリエット!!」
私は慌てて自分の声を張り上げ、ジュリエットの言葉を遮る。同時に、昨日ヨシュア殿下が「ツガイを見つけると、その身に特別な変化が現れる」と、さも秘密を打ち明けるように私に告げていた事を思い出す。
しかしあの時、殿下は特別な変化が現れるの前に、「王族の」と自慢気に断りを入れていたような気がする。だとすると、私の首元のコレはいったい何なのか。
私は気になりつつも、ひとまず痣についてこれ以上詮索されてはいけないと、直感的に感じたままに行動を開始する。
「ジュリエット。あなたは痣なんて見なかった。いいわね?」
私は唇に指を当て、ジュリエットに「シィィ」と、静かにするようジェスチャーを送る。
「でも、あるじゃない」
呆れたように私を見つめ返すジュリエット。
「いいえ、これは……コ、コウモリのネックレスを下敷きにして寝ちゃったから、あ、跡がついただけ」
私は首筋を押さえながら、言い訳を口にした。
「へぇー。まぁ、そういうことにしておくけど」
「そ、そうよ。そういうことなの」
疑いの眼差し全開なジュリエットに対し、私は必死に誤魔化す。
「ほら、絵の続きを描かないと。期日は迫ってるんだしさ」
私は言いながら、ポケットからハンカチを取り出し、首のまわりにしっかりと巻いておくのであった。




