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027 スランプ

 ここ数日、私たち王立美術学院の女子生徒たちは、一日のカリキュラムの半分以上をマーシャル商会主催、女性の為のコンクールに向けた制作にあてられている。


 コンクールの題材はズバリ自画像だ。


 そもそも芸術家にとって、自画像を描く事は自己表現そのものだと言える。

 自分自身を描くことは、自分がどのような芸術家であるかを他者にわかりやすく表現できるという利点があるので、世間にアピールするためには良い宣伝にもなるからだ。


 しかしそのためには、自分自身の内面的な感情や思考、アイデンティティなどを表現しなければならない。


 そもそもこのコンクールが開催される理由は明確なもの。


「どうせ、マーシャル商会の宣伝に良いように利用されてるだけだし」


 私は自分のやる気がイマイチ乗らない理由を、一人呟く。


 現状、我が国における女性は社会的制限が多く、芸術を学び、制作することが非常に困難だ。そんな中、女性だけの絵画コンクールを開催することは、女性たちに自己表現の場を提供することにつながる。


 つまり、女性たちが芸術に参加することで、女性の権利や平等を主張する一つの手段として機能し、話題性抜群。そしてマーシャル商会は、実際の思想はどうであれ、その話題性に乗る形で自社製品を宣伝しようとしている。


 そのやり方は私からすると、女性をいいように利用していると思えて仕方がない。


「食いものにされるのは、うんざりなんだけど」


 そう思う一方で、話題性が抜群であるという事は、売名する良い機会でもあるわけで。


 出来れば真剣に作品を制作し、入選を狙いたいと思う気持ちも抱いている。


 その気持ちのまま、このコンクールにまつわる大人の事情を考えると、本当に入選を狙うのであれば、社会的メッセージ性の高い自画像にするべきだと、私は考えた。


 しかし私は、芸術に政治的な意味合いを持たせられるほど、世間に対し「これは言っておきたい!」と思える主張を持っているわけではない。


 女性にふさわしくないという理由で、男性に許される裸体モデルありきのデッサンの授業に、参加出来ないこと。それに対し納得がいかないくらいだ。


 けれどその事を訴える為に、敢えて対抗策とばかり、自分の裸を作品の題材にするほどの、勇気はない。


 そんな悶々とした気持ちを抱えているせいで、私は何となく無難に描いた自画像の下絵に色を入れるため、片手に筆、もう一方の手にパレットを持ち、しばらく手が止まっているという状態だ。


「自画像って難しいんだけど。そもそも自分自身の内面なんて正直覗き込みたくはないし」


 そもそも近くに置いた鏡に映る自分は、どこにでもいそうな十六歳だ。


 私はヨシュア殿下に言い寄られるくらいだ。だから自分は特別美人なのかも知れない。確かに容姿だけ見たら、銀色の髪は珍しいし、瞳の色だって、紫色をしているのは身近ではシリルくらい。運良く母ゆずりの全体的に恵まれた容姿は、有り難いと思い感謝している。


 でもそれは、あくまでも外見だけ。中身は普通の十六歳。


 格好いい人を見るとトキメクし、結婚願望だって人並みにある。甘いものには目がないくせに、太りたくもないと思っている。それから他人の色恋の話は大好きだし、ドレスだって、出来れば毎年新しく新調したいと思っている。


「私の個性か……」


 私はため息をつくと再び筆をとる。しかし、鏡に映る自分を眺めてみても、どう描けば本当の私が表現できるのか、さっぱりイメージが浮かばなかった。


「あー、もう駄目だ。ちょっと気分転換しよっと」


 私は筆を置くと、陛下から贈られたばかり。ウルトラマリンブルーとラベルが貼られた、チューブ入り絵の具を手に取る。そして「早く使ってみたいと」うっとりと絵の具チューブを眺めた。


「ん?シャーリー、もしかしてそれってウルトラマリンブルー?」


 隣でキャンバスに真剣に向かっていたはずのジュリエットが、さっそく私が手にした豚の膀胱に入る絵の具に貼られたラベルを覗き込んできた。


「うん、そうだよ」


 私はここぞとばかり、ジュリエットに絵の具を見せびらかす。しかも良くラベルが見えるように。


「それ、本物?」


 ジュリエットは私の手元から絵の具をサッと取り上げると、まじまじと見つめた。


「本物に決まってるじゃない」


 私は「失礼な」とジュリエットから絵の具を取り返す。そして改めて手にしたそれをしげしげと眺める。


 大きな声では言えないが、これは陛下から貰ったものだ。よって偽物であるはずがない。どう見たって本物だ。これを疑うこと、すなわち陛下を疑うことになるので、不敬罪まっしぐらで確定だ。


「残念なのは、これはマーシャル商会のものじゃないから、今すぐ使えないってこと」


 私は現在制作中である、自分の作品を見つめる。

 やはりそこには、どうにも私ではない人物がいた。


「じゃ、仮にそれが本物だとして、誰の弱みを握ったの?」


「わかりましたわ、ヨシュア殿下ですわよね?」


 反論する暇を与えない勢いで、リリアが横から余計な言葉をかけてきた。


「なるほど。殿下がシャーリーをツガイだと間違えた。で、迷惑料がソレってわけね」


 ジュリエットはやれやれと言った表情を浮かべると、再び自分のキャンバスに向かった。


「何で知ってるのよ」


 私は情報通な二人に薄目を向ける。


「ヒントはね、数日前に社交新聞に掲載されたヨシュア殿下の写真。その背後に飾ってあった風景画」


 リリアは勿体ぶった口調でそう言うと、キャンバスに筆を落とす。


「風景画?」


 一体なんの事だろうと、私は首を傾げる。


「あの場所を題材に選ぶ人物と絵のタッチで、私たちはシャーリーが殿下に絵を送ったことを理解したってこと」


 ジュリエットの言葉に、私はシリルに言われヨシュア殿下に風景画を贈呈した事を思い出す。同時に殿下は、私の絵を捨てずにきちんと何処かに飾ってくれているのだと知り、嬉しい気持ちになった。


「そしてヨシュア殿下はシャーリーがあげた絵を飾っている。つまり二人は、何気にいい関係だって、そのくらい誰だって気付くわよ」


 リリアが得意げな表情を私に向けた。


「リリア、誰だっては言い過ぎよ。絵をみたくらいじゃ普通は誰が描いたかわからないもの」


 ジュリエットが鋭い指摘を飛ばす。


「確かに。でも、私たちの目は誤魔化せなかったってことですわ」


「そうね、そういうこと」


 ジュリエットとリリアがニタニタとした笑みを私に向けた。


「社交新聞、おそるべし」


 思わず呟く。


「貴族の情報源ですもの。定期購読必須ですわよ」


「そうは言っても、高いじゃない」


 私はリリアに口を尖らせる。


 経費節約に徹する我が家は、シリルがどうしてもと譲らない、ルドベルク王国新聞のみしか許されていないのである。


 一度シリルに相談したところ、社交新聞を購読したければ、絵の具を買う頻度を減らせときた。


 だから私は潔く社交新聞の定期購読は諦めた。絵の具の方が私にはずっと価値があるからだ。


「まぁ、家庭の事情は色々あるしね。あ、じゃあ、シャーリーはコリン・ウィンドリア様の噂も知らないってこと?」


 ジュリエットが私を庇いつつ、気になる事を口にした。


「コリン様の噂ってなに?」


 私は前のめり気味にたずねる。


「知ってるわ。コリン様はツガイを亡くされた過去がある。だからその悲しみを作品にぶつけ描いている、という話よね」


 リリアが得意げな顔で衝撃的な噂を暴露した。


「え、そうなの?」


 思いもよらぬ事だった私は驚く。


「私はその噂、あながち間違っていない気がするな。だって、コリン様の絵に描かれる少女って、いつも迫る死に怯えたように物悲しそうに思えるもの。あれはきっとコリン様のツガイだった少女なのよ」


 ジュリエットは淡々とした口調で言う。


「確かにそれは言えてるかもしれないわ。ツガイを見つける事って、とても幸せな事だと思っていたけど、本当に幸せなのかどうか、悩ましくもあるわね」


 リリアがふと寂しそうな表情を見せた。


「リリアの意見に賛成。そもそもツガイに関係なく、誰かに恋する事自体は必ずしも幸せとは限らないしね。ま、恋愛して傷ついてもいい作品が残せれば、無駄ではないとは思うけど。そもそも誰かを好きになるって、美しい気持ちだもの」


 ジュリエットがしんみりと放った言葉は私の心に突き刺さる。


「誰かを好きになるか……」


 私は自分の自画像を見つめる。相変わらずそこには、面白みのない私がいる。そんな私のどこに惹かれて、ヨシュア殿下は私を好きだと言ってくれたのかよくわからないほどだ。そして、自分自身が魅力的に思えないのは、恋すらした事がない、その事が原因かも知れないと思うのであった。

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