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025 国王陛下に謁見する

 私が目先の裸に心を奪われ、荒ぶる気持ちのまま、父に手紙をしたためてから二日後。父が蒸気機関車を使い、私の元を訪れた。


「シャーロット!!」


「お父様!!」


 ギュッと抱き合うこと数秒。少しほこりっぽい匂いのする父は、そのまま領地の香りを運んできてくれているようで、私は懐かしさで嬉しくなった。


「で、お前は一体どんな弱みを握ったんだ?」


「は?」


「ヨシュア殿下の件だよ。そうでもしなければ、こんな貧乏伯爵家の娘を王室に迎えようだなんて、普通はありえないだろう」


 私に疑いの眼差しを向ける父。


「それが、シャーリーは本当にヨシュア殿下のツガイらしいですよ」


「おいおい、シリル。冗談はよせ。そんなことがあるわけが」


 父の言葉を遮り、私は口を開いた。


「本当ですわ、 お父様。私が殿下のツガイかも知れない可能性があるんです。しかも私は二回も殿下にバックハグされたし。ある意味すでに傷物な娘だから、もはや殿下以外とは結婚出来ないの」


 私はポケットからハンカチを取り出し、しおらしく見えるよう目元を押さえた。


「シリル。バックハグとは何だ?」


「女性を後ろから抱きしめることですよ。つまりシャーリーは殿下にそういう事を二回もされたという事です」


「まさか、本当にツガイなのか」


 父は唖然とした顔で呟くと、考え込んでしまった。


「とにかく、殿下に結婚しようって頼まれたのは事実なの。だからいいでしょ?」


「まぁ、お前がどうしてもというなら俺は構わんが……そもそもシャーリー。お前も殿下に反応したのか?」


 父の問いに、私はドキリとする。


「えっと……よく分からないけど、なんかあの時ドキドキしたっていうか……ヤッパリアレハ、ツガイナノカモシレナイ」


 目を逸しつつ答えると、父とシリルが同時にため息をつく。


「お前は昔から嘘が下手だな」


「片言すぎるし……」


「で、でも、殿下の方は私に反応してるんだってば!!」


 私は賢明に弁解するも、シリルはともかく父は全く信じてくれなかった。


 そこで私は急遽ヨシュア殿下に手紙をしたためた。


『チチ、ホウモン。ウタガイノマナザシ』


 短い言葉と共に、腕を組み薄目で私を見つめる父のイラストも添えておく。そして、書いた手紙は翌日シリルに学校でヨシュア殿下に手渡しをしてもらった。


 それから数日して私は、父と共に王城に召喚されたのであった。




 ***




 ヨシュア殿下が用意してくれた馬車に乗り、私は緊張しながら王城に向かう。王城前に広がる市民で賑わう公園を横目に、大きな丘を馬車はぐんぐん上っていく。城門をくぐると、そこには美しい石造りの建物がそびえ立っている。最近何かと訪れる機会が増えた王城だが、今回は父と一緒にという状況に緊張感が増している。


「お待ちしておりました」


 城の入口では、ヨシュア殿下の側近であるマクシミリアン様が出迎えてくれた。


「こんにちは、マクシミリアン様。今日はよろしくお願いします」


 私が頭を下げると、隣にいた父が口を開く。


「これはわざわざご丁寧に……。いつもうちの娘がお世話になっております」


「いや、こちらこそシャーロット嬢には色々と助けられておりますのでお気になさらずに」


 マクシミリアン様はヨシュア殿下のあれこれを思い出しているのか、父の言葉に苦笑いを浮かべていた。


「それでは、早速ご案内致します」


 マクシミリアン様が私たちを先導するようゆっくりと歩き出したので、父と共にその背中を追いかける。


 壮麗な大理石の回廊を進み、豪華な装飾が施された広間を通り過ぎる。すると目の前に大きな扉が現れた。扉の両脇には鍛え抜かれた体つきをした騎士が立っている。


 裸を暴いたらさぞ凄いだろうと思ったけれど、不思議とヨシュア殿下を前にした時のように「何が何でも見てみたい」という熱い情熱は湧かなかった。


 たぶん、結婚と引き換えにヨシュア殿下の裸を手に入れたも同然の私は、心に余裕が出来たのかも知れない。


「この部屋は何ですか?」


 素朴な疑問を口にすると、マクシミリアン様が振り返る。


「これから陛下との謁見になります」


「陛下!?謁見!?」


 私は思わず声を上げてしまった。


「あ、あのっ!私、こんな格好ですし、流石に陛下にお会いするなんて、失礼なんじゃないかと」


 一応登城するという事で、一張羅パステルイエローのドレスを着てきた。しかしこのドレスはミランダ嬢に流行遅れだと指摘されたドレスだ。そして髪の毛も自分で軽く結っただけ。つまり陛下ともあろう人に謁見するようなコンディションだとは到底言い難い状態なわけで。


「大丈夫ですよ。シャーロット嬢。陛下はとても気さくな方なので。それにヨシュア殿下とご結婚なさるのであれば、陛下と親しい間柄になるわけですし」


 不安げに呟く私にマクシミリアン様はニコリと微笑む。しかしその爽やかな笑みには、「自業自得」と言いたげな様子がありありと見て取れた。


 どうやら裸に釣られた私を、さり気なく小馬鹿にしているようだ。


「が、頑張ります……」


 すでに回れ右をし、全てをなかった事にしたいと若干後悔しつつも、ここまで来たら腹を決めるしかないと思い、父の腕を取る。すると心が自然に落ち着いてきた。


 私はすでに十六歳で成人だけれど、未だに父なるパワーは侮れないようだ。


「陛下は見た目で人を判断されるような方ではないから大丈夫だ。それに、お前は誰よりも美しい、私の自慢の娘なんだからな」


 私が不安に思う気持ちを感じ取ったのか、父は身内贔屓全開な言葉で優しく励ましてくれた。


「ありがとう」


 父に励まされ、私は完全に復活する。しかしすぐに、父の言葉「なんでも許せる」を信じ、最高の笑みを近衛に向けたのに、呆気なく捕縛された件を思い出す。


 やはり身内の褒め言葉は、間に受けてはいけない。

 私はキッと顔を引き締めた。


「さぁ、行きましょう」


 マクシミリアン様に促され、私たちは重厚な扉をくぐる。


 ドアが開くと、豪華絢爛な装飾が施された広間が広がっていた。高い天井にはシャンデリアが輝き、赤い壁紙には金箔で王家の紋章が細かく描かれている。広間の奥には金色のいかにも王座といったゴージャスな椅子が置かれており、そこに腰掛ける人物を見て、「こ、国王陛下だ、本物だ!」と、私は大興奮のあまり言葉を失う。


「陛下、バーミリオン伯レナルト様及び、バーミリオン伯爵家の娘、シャーロット様をお連れしました」


 いつもより硬く、はっきりとした声でマクシミリアン様が私たちの来訪を陛下に伝える。


 私は自分の名が告げられた途端、緊張のあまりその場で固まってしまう。しかしそんな私とは対照的に、父は全く動じず、堂々とした足取りで私を引っ張りながら陛下の前に進む。そして片膝をつく形で臣下の礼をとった。その姿を見た私もハッと我に返り、慌てて父の横で淑女の礼を取る。


「面をあげよ」


 低く響く重々しい声でそう言われて顔を上げると、そこには威厳のある表情をこちらに向ける、金色の髪に青い瞳を持つ美丈夫な男性がいた。そしてその隣に控えているのは、金髪碧眼の美女。以前一度だけ、王城の応接室でお会いした王妃殿下だ。


 なるほどこの二人から生まれたら、麗しくないわけがないと、私は殿下の容姿にしっくりきた。


「よくぞ参った。レナルト。王都嫌いで領地に引きこもりがちであるお前も、娘の一大事にはその重い腰をあげるようだな。姿勢を直せ、楽にせよ」


 陛下のお許しが出たので、父と共に姿勢を正しながら、からかうような陛下の言葉に、もしかして二人は仲が悪いのだろうかと、私は心配になる。


「勿論ですとも。亡き妻の忘れ形見。私にとってはかけがえのない可愛い娘でもありますから。陛下こそ、王城に引きこもられてばかりで、肌がより一層透けてしまっておられるようですな」


 恐れ多くも陛下に対し、ありえないほどフランクに言葉を返す父に私は目を丸くする。


「余計なお世話だ」


「これは失敬いたしました」


 父の返しに陛下は苦虫を噛み潰したように顔を歪めたが、すぐに笑顔を取り戻す。


「とまぁ、茶番はこのへんで良かろう。レナルト、どうやら私の息子がお前の娘にツガイの反応を示しているようだ」


 陛下の鋭い視線が父を貫く。父もその強い眼差しを受け止めるかのように真っ直ぐに見つめ返した。その隣で私は、心臓に悪い茶番はやめて欲しいものだと密かに思う。


「ヨシュア殿下が娘にツガイ反応を示したというのは、確かなのでしょうか?」


「あぁ。お前の娘に対し、二回も背後から抱きしめ、体臭を嗅いでしまったそうだ。シャーロットからすればさぞかし驚いたことだろう。すまないな。ただ、普段のヨシュアは、令嬢に対しそのような不敬とも思える行為をしたりはしない。むしろ……」


「あの子は、自分の意見を飲み込む事が多いし、引っ込み思案で、奥手なのよ」


 王妃殿下が陛下の言葉を引き継ぐ。


「なんと、殿下が娘に二回もバックハグを!!」


 父がシリルに教えてもらったばかりの言葉を、意気揚々と発した。しかも神聖なる謁見の間でだ。これはもう、かなりカオスな状況だと言える。


「何も驚く事はないわ。それは確実にツガイに対する反応そのものですもの」


 王妃殿下が優雅に扇子をあおぎながら告げた。


「ツガイが見つかった場合、その者同士で結ばれる事は自然なことだ。よって、シャーロット嬢には我が息子ヨシュアの妻になってもらいたい。異論はあるまいな」


 陛下は真剣な目つきで父を見据える。


「しかし、我が娘は殿下に対し、ツガイの反応を示しておりません。万が一間違いであった場合、娘が傷つく事になります。すでにヨシュア殿下からバックハグを二回も受け、娘はショックのあまり心を痛めておりますし」


「確かにバックハグは結婚前の男女にあってはならぬ行為だろう。だが、ある意味その程度で済んでいるのはヨシュアの精神力の強さのお陰とも言える」


「えぇ、私なんてはじめましての挨拶をする前に、突然陛下に口づけをされましたから」


 王妃殿下が、その時のことを思い出すかのように微笑む。


「あれは、貴女があまりにも美しく魅力的だったからだ」


 陛下が恥じる様子なく言い放つと、隣にいた王妃殿下はクスリと笑う。


「ふふ、私も同じ気持ちでしたわ。私達は出会った瞬間、お互いをツガイだと認識しましたものね」


「そういうわけだ。私達夫婦は運命に導かれた。ヨシュアとシャーロットもまた、ツガイであれば同じ道を辿るはず」


 陛下が自信満々に言い切る。一見するとほのぼのとしたいい話ふうに聞こえるが、実際のところ犯罪スレスレの行為だ。お二人はツガイだからいいものの、普通出会ったばかりの男性に無理矢理キスをされたら、男性恐怖症になる程度には怯えるだろう。


 ヨシュア殿下のバックハグだって、私の類まれなる精神力。主に男性の裸に対する探究心がなければ、すでにこの世にいないかも知れないのだから。


「ツガイであれば、確かに何も問題はありません。しかし娘には未だその気配すらない。私はそこを危惧しております」


 どうやら父は、ヨシュア殿下と私が婚約したのち、本当のツガイが現れた場合を心配してくれているようだ。


 けれどもし、ヨシュア殿下の裸を見た後であればそこまでショックは受けない気がする。


 勿論、内密な約束なので父には説明できないけれど。


「しかしヨシュアの話だと、そなたの娘も、息子と結婚しても良いと。お互いの気持ちが通じ合ったと、私は報告を受けているのだが」


 陛下は顎に手を当て、少し考え込む。


「……それに関しては私から説明いたします」


 そう言って一歩前に出たのは、いつの間にか私の横に立っていたマクシミリアン様だ。


「シャーロット様は殿下の依頼を受け、肖像画を制作しておりました。きっと肖像画を描くために人知れず、殿下と向き合った結果、我が主であるヨシュア殿下の内面の純粋さ、美しさにお気づきになられたのかと。それにシャーロット様は、ツガイの反応こそ示しておりませんが、陛下のはだ――」


「私はヨシュア殿下をお慕い申し上げています!!」


 マクシミリアン様が余計な事を暴露しかけたので、私は慌てて遮るように大声で叫んだ。


「シャーロット!?」


 父は驚愕の声を上げ、私の方を向く。そんな父に私は曖昧な笑みを返しておく。


「ほう、随分と潔いな」


 陛下が面白そうに言う。


「で、殿下との会話の中で、お慕いしているというお言葉も頂戴いたしました。そのお気持ちはとても嬉しいです。ですから私でよければ、喜んで殿下の妻となりたく存じます」


「ふむ。では、二人の気持ちは同じなのだな!!」


 陛下が嬉しそうな声をあげる。


「はい。私は殿下の事が好きです」


 私はその場の雰囲気にのまれ、出まかせを口にする。


「ならば、何も問題ないな。一応こちらもツガイに反応しやすくなると言われておる、秘伝の漢方薬をお主に渡しておこう」


「後は、恋愛小説を読むのもオススメよ。私がオススメの本を貸してあげるから、是非読むといいわ。恋に憧れる気持ちを抱いだ途端、ツガイスイッチが押される事もあるようだから」


 陛下と王妃殿下が各々優しい笑顔でアドバイスをしてくれた。


「シャーロット、本当に良いのだな? 陛下も私も、お前の意思を尊重するつもりだ。少しでも不安に思う事があれば、遠慮なく今吐き出しておきなさい」


 父の言葉に、私はふるふると首を左右に振る。


「大丈夫よ、お父様。心配してくれてありがとう。でも私は、ヨシュア殿下と結婚したいわ」


 だって彼の裸を見たいんだものと、内心付け足しておく。


「……わかった。だが、まだ早いと思ったらいつでも言ってくれ」


「えぇ、その時はよろしくお願いします」


 私は父とのやり取りを終えると、陛下と王妃殿下に改めて礼をする。


「では、詳しい婚姻の日取りについては、後日改めてレナルトと相談しよう。それらが決まり次第、国民に二人の婚約を知らせる」


「かしこまりました」


 父の返事を聞き届けると、陛下と王妃殿下は満足げにうなずいた。


 こうして私は、トントン拍子といった感じ。呆気なくヨシュア殿下の婚約者の座に収まった……いや収まるはずであったのだが。


 そうは簡単にいかないのが、王族との結婚なようで。何とヨシュア殿下が、私ではない人物にツガイの反応を示す事件が勃発したのであった。

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