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023 女性のためのコンクール

 シリルと朝から連続殺人事件について会話を交わした日。


 私たち王立美術学院の女子生徒達に、またとないチャンスが訪れるという情報が、担任のダミアン・パーカー教授によってもたらされた。


「マーシャル商会が発売した新作の絵具チューブの販促も兼ね、女性のための絵画コンクールを開催するそうだ。マーシャル商会会長、ゲオルク・マーシャル氏によると、女性作家の登竜門となるような大会にしたいと考えているそうだ。応募期間は二ヶ月と短いが、期間を短くすることで、参加者の熱意や集中力を高め、作品のレベルアップにつながることを期待しているのだろう。とにかく、君たちにとっては重要なコンクールである事は間違いない。是非出品しなさい」


 私たちを押し付けられた可哀想な担任、ダミアン教授がそう告げた瞬間、大きなざわめきが起こった。


「二ヶ月ですって?」


「題材は何でもいいの?」


「えっ、そんな急に言われても……!」


「そもそもマーシャル商会の絵の具チューブが発売されたのって数日前じゃない!」


 皆口々に驚きの声を上げ、戸惑いを隠せない様子だった。しかしそんな中でも、冷静に状況を分析した者がいた。


「新しい絵の具チューブを使うのは初めてよ。だからこそ、女性をターゲットにしたのね」


「どういうこと?」


 私は隣に座るジュリエットに顔を向け、たずねる。


 彼女は真剣な顔で私を見つめながら口を開く。


「馬鹿にしてるって話。普通は新しい絵の具を手にした時どうする?」


「色味や塗り心地に慣れるまで、試行錯誤を重ねるけど」


 私が答えるとジュリエットがニンマリと微笑む。


「つまりその時間を含めて二ヶ月しかないってことでしょ?」


「あっ」


 確かに授業もある中、たった二ヶ月で新たな絵の具の特性をマスターし、完璧な作品を仕上げるのは大変そうだ。


 私は意味ありげな表情をするジュリエットにより、このコンクールには何か裏がありそうだと、早速理解した。


「そもそも著名な画家はたいてい贔屓にしてるお気に入りの絵の具メーカーがあるでしょ?新作の絵の具チューブを試す事はあっても、その絵の具だけで作品を仕上げようとはしないでしょうね」


「まぁ、より鮮やかで色あせしにくい絵の具を使いたいもんね。しかも人目に晒す作品となると、安心安全で慣れてる絵の具を使うし」


 ジュリエットの言葉に私は頷く。


 そもそも輸入品を含めると、この世には絵の具が星の数ほど販売されている。そして肝心な絵の具の質はピンキリだ。勿論作者本人の好みもあるので一概に「これがいい」とは言えない。


 しかし、個性的な色の有無、扱いやすさなどが「優れている」と、画家の間で人気のメーカというものは確かに存在する。そして、著名な画家ほど、絵の具の品質や安定性なども考慮し、信頼性の高いメーカーを選び、より確実な制作環境を作り出しているものだ。


「マーシャル商会は、確かに大きな商会だわ。でも、私たちからすると絵の具に使う鉱石の輸入を取り扱う商会ってイメージじゃない?」


「確かに。王族コラボのマドレーヌを作ったりはしてるみたいだけど、一番は鉱石、特にラピスラズリのイメージだよね。確かに絵の具そのものを売ってるイメージはないかも」


 私は王家の紋章の焼印が入る、貝殻の形をした優雅なマドレーヌを頭に浮かべつつ、ジュリエットの意見に同意する。


「今回のコンクールでは、既存の絵の具を使わずに、あえて新しく開発したマーシャル商会の絵具を使用することが応募条件。けれど、そんな条件じゃ著名な画家は応募しない。でも、商会としては話題性が欲しい。だからこそ、常に肩身の狭い思いをしている女性をターゲットにしたんじゃないのかしら」


「女性のみのコンクールなんて珍しいから、それなりに応募はありそうだしね。つまり、一見すると女性作家の地位向上のためのコンクールに見せかけて、実は自社の作品をアピールしたいということか」


 私はふむふむと顎に手をあて納得の表情を浮かべる。


「それに、応募期間が短いのは、たいした作品が出品されなくても、それは期間が短かったせいだから。それと描き手が女性だからって言い訳出来るし」


「つまり、あまり優れた作品が出品されなくても、絵の具のせいじゃない事を世間にアピールする理由が出来るってこと?」


 私の言葉にジュリエットは大きく頷く。


「最初から腕はそこまで期待されていないし、女性である私たちを利用する気まんまんってことよ」


 ジュリエットは吐き捨てるように言い切った。私は絵画コンクールに隠された真相を知り、眉間にシワを寄せる。


「それでも、才能を認められることで名声や商業的成功に繋がることもある。だから私たちも茶番に乗っかるしかないというのが、悲しい現実よ」


 ジュリエットの説明を聞きながら、確かに彼女が言う通りだと頷く。


 もし仮に高名な画家たちがこぞって新作の絵の具を使った作品を出展したとしても、それはそれで大ニュースになる事だろう。しかし、それはあくまで世間一般の話だ。


 新たな絵の具の購買層となるであろう、貴族や芸術家の世界においては、賞レースに無名の画家の作品が紛れ込んだ時の方が、よっぽど大きな事件となり、話題性は抜群。


 だからこそ、私たちもこのチャンスに全力を尽くす必要がある。たとえそれがどんなに馬鹿げたコンクールであっても、そこで結果を残せれば、きっと無駄にはならないだろうから。


「公募の詳しい条件は、教室内に張り出しておくように。ハミルトン君、これを早速貼っておいてくれ」


「はい」


 ダミアン教授がリリアに丸められたポスターを手渡す。受け取ったリリアは、早速教室の空いたスペースにポスターを画鋲で貼り付けた。


「今後二ヶ月は公募に向けた作品作りのため、カリキュラムを変更して行ってもよいと、学院長より許可もおりている。よって、各自よく検討した上で、美術学院の生徒として恥ずかしくないような作品を提出出来るよう、各々努力するように。以上」


 一方的に伝え終えたダミアン教授は、教壇から降り、いつも通りそそくさと教室から出て行った。


 残された私たちは早速、壁に貼られたポスターの前に集まる。


「あれって、絶対マーシャル商会から袖の下もらってそう」


「確かに、学校に寄付でもされたんじゃないの?」


「私たちを餌にってことよね。ほんと頭にくる」


「二ヶ月しか無いなんて、どうしよう……」


「嘘みたいだよね。これなら普段通りのペースで授業を受けていた方が良かったかも」


 教室内のざわめきを耳にしながら、私はぼんやりとポスターを見つめる。


 マーシャル商会主催、第一回女性のための絵画コンクールにおける要項。


【テーマ】


「自画像」


 このテーマに基づいて、個人的な解釈や表現を自由に取り入れた作品を募集します。


【応募条件】

 ・制作年:二ヶ月以内の作品に限ります。

 ・国籍:ルトベルク王国籍を持つ女性に限ります。

 ・応募料:五シルバーを納入する必要があります。


【応募作品に関する注意事項】

 ・応募出来る作品は、マーシャル商会より新発売された、チューブ式絵の具のみを使用し、絵画を制作すること。

 ・応募作品は、絵画に限ります。

 ・作品の大きさは、縦横合わせて最大でニメートルまでとします。

 ・作品には、作者名、作品名、制作日、使用した技法についての情報を記載してください。


【賞】

 ・大賞:五百ゴールド

 ・準大賞:百五十ゴールド

 ・優秀賞:百ゴールド

 ・審査員特別賞:三十ゴールド


【審査員】

 ・絵画評論家、美術史家、著名な画家などから構成された審査員団が選考を行います。


【展示方法】

 ・審査通過作品は、マーシャル商会での展示を予定しています。

 ・展示期間は、一ヶ月とします。

 ・展示作品は、売却される可能性があります。売却された場合、売却価格の四十パーセントが作者に支払われます。


「ふむ、百ゴールドか」


 思わず呟く。


「シャーリ、あなたは私の一番の親友だけど、大賞は譲らないわよ」


 ジュリエットが私の肩をドンとつつく。


「私だって負けないもん」


「望むところよ」


 ジュリエットと私は顔を見合わせ微笑む。


 たとえ馬鹿げたコンクールだったとしても、その事に怒りを覚えていたとしても、普段そういった賞レースに出ることすらかなわない私たちにとって、これは長年願い、かなうことを諦めていた夢のような出来事には変わりない。


 私たちは不満を持ちつつも、自分の腕試しが出来る事にワクワクする気持ちを抑えきれずにいたのであった。

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