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022 シリルとのんびり朝ごはん

 その日私はぼんやりとした頭で、シリルと朝食を取るために、自宅で食卓を囲んでいた。


 大きな木製のテーブルの中央には、ティーセットと共に、シルバーのトレイに乗ったジャム、ハチミツ、バターの入った瓶が並んでいる。それから私とシリル、それぞれの前に置かれた白い陶器のプレートには、トーストやスクランブルエッグ、ベーコン、トマトが盛られ、薄切りにした魚の塩漬けが添えてあるものが用意されていた。


 勿論これらを用意したのは私とシリルだ。なぜなら、経費削減により数も時間も、必要最低限で雇う事にした使用人の勤務時間外だから。よって朝食は、たいてい自分たちで用意することになっている。


 現在、向かい側に腰を下ろすシリルは新聞を読みながら、パンを口に運んでいる。私はというと、シリルの広げた新聞の記事を何となく眺めながら、パンにジャムを塗りたくっている所だ。


「やっぱり満月の後は、物騒な事件が増えるよな。また殺人事件が起こったらしい」


 爽やかな朝食の席にそぐわない話題を口にするシリル。とは言え、これは今日に始まった事ではない。


 産まれこそ伯爵家ではあるものの、次男であるシリルは私と同じ。親から授かる領地を持たないため、自分で人生を切り開かなければならない運命だ。しかも我が家は伯爵家とは名ばかりの、貧乏貴族。よってシリルは、王立騎士団の予科生となる騎士学校を卒業したら、そのまま騎士団に就職するつもりらしい。


 弁護士、医師、それこそ画家といった多様な職がある中騎士を選ぶシリルは、比較的堅実な性格である彼らしいとも言える。


 それにシリルは、授業の一環として、すでに城下を守る警らの補佐となる仕事を経験済み。だからこそ、街で起こる事件を身近に感じ、様々な事件に対しアンテナを張りめぐらせているというわけだ。


「今回の被害者はまだ十代の女の子らしい。僕たちと変わらないじゃないか」


「そうなんだ」


「トムス川の脇。大きなプラタナスの木の枝にぶら下がっていたようだ」


「首吊りってこと?だったら自殺じゃないの?」


 私はパンを口に運びながら、先程シリルが殺人と口にした矛盾点を指摘する。


「それがさ、半年前にも、同じような感じで、十代の少女が亡くなってるんだ。だからこれは殺人だと思う。しかも同一犯の犯罪」


 シリルは「これ見てみろよ」と、手にしていた朝刊を指差す。そこには『連続殺人事件』と大きく見出しが出ており、詳しい内容について書かれていた。


「えっと、被害者はいずれも十六歳前後の女性。死因は全て絞殺による窒息死……え」


 新聞記事の内容を読み上げた私の声が思わず裏返ったのは、被害者の女性に共通するのが、銀の髪色を持つことだと記載されていたからだ。


「ねぇシリル。これって私も危ないってこと?」


 私は自分の髪の毛先を摘み、決して世の中に溢れた色とは言えない、その色を確かめる。

 そこには光が当たるたびにキラキラと輝きを増し、まるでシルクのような質感を持つ、銀糸のように揺れる毛先があった。


「あー、確かに。被害者となる女性の特徴にシャーリーはぴったりだ。次は君が狙われたりして」


 呑気な口調でそう言うシリルをキッと睨むと、「そんな怖い顔するなって」と彼は苦笑いを浮かべた。


「でもさ、犯人はなんでわざわざこんな特徴のある女の子ばかり狙うんだろうな」


「……性癖なんじゃない?」


 思ったままを答えると、シリルはこれみよがしに肩を落とした。


「あのさ、ほんとにシャーリーは女の子なんだよね?」


 シリルは呆れた表情をこちらに向ける。


「そのつもりだけど。でもさ、同じような見た目をした子ばかりを狙うって事は、犯人にとって何か特別な感情を抱くからってことでしょ?」


「脳内化学物質の異常により、特定の刺激に対する快楽反応が強化され同じような容姿の人々に対して強い欲求を抱くようになる……犯罪心理学の授業ではそう習ったけど」


 シリルは突然、真面目な顔になり、そう呟いた。


「へぇ、流石は優等生のシリル君ね。百点をさしあげますわ」


 私がおどけると、シリルはムッとした表情になる。


「僕は普通。シャーリーがおかしいだけだから」


「私はおかしくはないわ。至って普通よ」


 私は「失礼ね」と口にし、パンを齧る。


「統計的にみたら社交デビューしたばかり。十六歳の伯爵令嬢は、ヨシュア殿下に裸を見せろと迫らないと思うけどね」


「うっ」


「しかも、強制的に脱がそうとしたらしいじゃないか。将来の上司候補である、マクシミリアン様からその事を告げられた時の僕の気持ち、わかる?」


 ギロリとシリルに睨まれ、私は目を泳がす。


「ヨシュア殿下が不敬に問わないでくれて助かったよ。もし公にされていたら、君の社交界での居場所は完全に無くなっていたんだから。それに僕だって、変態な双子の妹を持つ兄という色眼鏡で見られるんだけど」


「わかってるって」


 シリルの言葉はもっともだ。さらなる高みを求めるが故の学術的探究心から来るものだとは言え、王族であるヨシュア殿下に「裸を見せろ」と迫った行為は褒められたものではない。そして、その事が噂にでもなれば、私は確実に「ふしだらな女」だと社交界から爪弾きにされること間違いなし。


「礼儀正しく、優雅で、上品かつ控えめな女性になるよう、今日から努力する」


 私は社交界で男性に好かれると思われる、最低条件を口にする。


「それがいいよ。そもそもうちは貧乏って時点で、避けられやすいし、これ以上悪目立ちしない方が絶対にいいから」


 シリルが口にした、容赦のない我が家の現実に、思わずため息が出る。


「はぁ、私が結婚できる日はくるのかな」


 私が将来を憂いだ声をあげると、シリルは「頑張れよ」と他人事気味に口角を上げたのであった。

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