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002 媚薬に侵された美男子発見2

 麗しのアポロン様に逢いたい一心で、私は舞踏会の会場を抜け出した。


「わー、綺麗」


 満月から届く、明るい光に照らされた庭園は、昼間とはうって変わり幻想的な雰囲気だ。


「今日はツガイが見つかる人が出るかな」


 うっかり飛び出た夢見る乙女のような言葉は、綺麗な満月のせい。


 なぜなら、我が国では昔から、「ツガイ」と呼ばれる運命の相手は、満月の夜に見つけやすいと言い伝えられているからだ。


「でも、ツガイだなんて。今どき見つけられるほうが稀だし」


 昔より遥かに人口が増えた現在。ツガイを見つける事は、ある種宝クジの一等を当てるも同然の確率だと、巷ではそう噂されている。


 よって、社交界デビューし結婚適齢期中にツガイを見つけられなかった人は、ツガイを求める事を潔く諦め、普通に政略もしくは恋愛結婚をする。


「運命の相手と出会うだなんて、ロマンチックだし、憧れる気持ちもあるけど」


 出会えるかどうかわからない相手を探し求め、舞踏会に参加するのは時間の無駄。


 結婚なんかより、夢中になれる事をしっかり持っている私は、そう感じている。


「それに私は初々しさ溢れるデビュタントだし」


 十六歳の私は今年社交界にデビューしたばかり。とりあえず伯爵家の娘という肩書を持つ身なので、結婚はいずれ避けられない問題だと覚悟はしているけれど、今すぐ相手が欲しいわけでもない。


 いつか誰かと出来たらいいなと、ふんわり思う程度というのが、私の現状だ。


「ふぅ」


 夜風を感じ、リフレッシュした気分で私は立ち止まり、そっと目をつむる。すると五感が研ぎ澄まされた私の耳に、舞踏会の会場からもれ出す、軽快な音楽が届く。


「あそこで聞くと、うるさい気がするけど」


 一音も外すことなく安定した音程を、満月に照らされた中、一人楽しむ分には悪くない。


「あぁ、生き返る」


 広がるドレスのせいで、パーソナルスペースを奪い合う人で埋まるホールにいたせいか、広い庭園を独り占めしているという優越感に浸る。


 夜風と共に、新鮮な空気が私を包み込みとても気持ちが良い夜だ。


 世界を包む、満天の星が輝く夜空の下、しばし開放感に浸った私は、パチリと目を開けた。


「よし、麗しの彼。アポロン様に会いに行くとしますか」


 私が目指すのは庭園の奥にそびえる、白い大理石の彫像。麗しの彼こと、ベルヴェデーレのアポロン像。


 世界に誇る名作な彫刻なのに、王城内の庭園にあるせいで滅多にお目にかかれない逸品とくれば、逢わないわけにはいかない。


「あ、でもスケッチブックをシリルに、というか、クロークに奪われちゃったんだっけ」


 私にとって大事件なそれは、会場のクロークで手荷物を預ける際に起きた。


 羽織ってきた薄いコートをクロークに預け、当たり前のようにスケッチブックを胸に抱えたまま会場入りしようとした私に、シリルは怖い顔で私を睨みつけ首を振った。その後、嫌がる私から無理やりスケッチブックを奪うと、非情にもクロークに預けてしまったのである。


 軽快に歩きながらその事を思い出した私は、途端に浮かない気持ちになってしまう。


 いつも持ち歩くスケッチブックは、王立美術学院に通う私にとって試行錯誤を繰り返しながら、絵画やイラストを完成させるためのアイデアや素材が詰まる宝物。だからこそ、常に持ち歩く必要があるし、己の創造力を育むためなくてはならないものだ。


 つまり、私のような画家の卵にとってスケッチブックという存在は、騎士に対する剣と同じくらい、必要不可欠なものなのである。


「そんな大事な物をか弱い妹から容赦なく取り上げたシリルを呪う、絶対に呪う」


 私は人知れず、双子の兄シリルを恨んでおく。


 しかし沈んだ気分も何のその。


 私は彼氏ことアポロン様の全身が見渡せる位置に辿り着くや否や、全てを忘れ、彼に見惚れる作業に没頭する。


 煌めく夜空の下、アポロン様は美の極致を具現化したような、圧倒的な美しさを持っていた。


 若々しい裸の青年の姿で表現されたアポロン様は、目鼻立ちの整った美しい顔立ち、優雅で理想的な体型、まるで生きているかのような、完璧に彫り上げられた筋肉とその流れは、見る者を魅了し圧倒的な迫力を与えていた。


 体重の大部分を片脚にかけ、今まさに歩き出そうと言わんばかりの上品で自信に満ちたポーズは、絶妙なバランスで完璧。まるでそこに神が降臨したかのようだ。


 私は彫像を静かに見つめ、その美しさに一人、酔いしれる。


「はぁ……」


 突然、色っぽいため息をアポロン様が吐く。


「え、アポロン様?」


「はぁ、はぁ……た、助けて」


「アポロン様が喋ってる?」


 私は驚き目を丸くする。


「は、はぁ、く、苦しいんだ」


「苦しいって、石像なのに?」


 思わず真面目に返答したその瞬間、アポロン様が悠然と構える白い台座部分に背をつけ、一人の男性がうずくまっている事に気付いた。


「え、誰……」


 私は不信感たっぷりに目を凝らす。


「はぁ、はぁ」


 男性は片手で胸元を掴み、とても苦しそうだ。


 さすがに見て見ぬ振りをするのは、人としてどうかと思う。


 私は貧乏だけど伯爵家の娘だからと、正義感を奮い立たせ、苦しむ男性に恐る恐る近づく。


「あの……っ!」


 男性の前で立ち止まり、その顔を見てハッとする。なぜなら、目の前にいるのは、まるでアポロン様から産まれ落ちたかのような、極上の美男子だったからだ。


「す、すまないが……」


 彼は胸元をギュッと握りしめ、艶やかな唇から苦しそうに息を吐いている。こちらを見つめる青い瞳はとろんと蜜が垂れたようだし、頬はりんごのように赤い。


 人知れず色気をダダ漏れさせた美男子が、目と鼻の先に存在する。


 そんな状況を目の当たりにしたら、誰だって心は嫌でも跳ね上がるというもの。


 問題は人気のない庭園にて、人知れずアポロン様の台座に寄りかかり悶えている美男子が、どうみても我が国の第二王子、ヨシュア殿下に似ているという事だろう。


「というか、ヨシュア殿下本人なのかな?」


 だとすると、確実に緊急事態だと言える。


「……うーん」


 正直厄介そうな状況なので関わりたくはない。しかし彼のとろんとした瞳は、確実に私を捉えているような気もする。


 となると、ここで彼を見捨てて逃げたら指名手配されるかも知れない。なんせ悶える彼は我が国の第二王子殿下なのだから。


 流石に国を追われるのは勘弁だ。


 そう結論付けた私は、彼に声をかけようと、渋々口を開いたのであった。

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