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019 絵の具チューブ発売記念パーティー4

 ヨシュア殿下が私たちの目の前で、突然具合が悪くなった。その結果私は、マクシミリアン様になぜか任務を言い渡される羽目になる。


 そして現在私は、与えられた任務を渋々こなすべく、近くにいた給仕に頼んで布と水を用意してもらった所だ。


「っていうか、休憩室ってどこよ?」


 広大な庭園を抜け、屋敷に入った。しかし、そこには予想以上に多くの部屋があり、どこに向かって進んでいけばよいのか、正直私は困惑する。


「そもそも、私に頼むのが間違いじゃない?」


 ミランダ様がそばにいたのだから、マクシミリアン様は彼女に頼むべき。その方がすべてがスムーズに行くはずなのに。


 私は不満に思いつつも、とりあえず屋敷の中を進んでみる。


 廊下の壁は高く、天井は広々としている。吊るされたシャンデリアによって、程よく照らされた屋敷内。足元に敷かれたカーペットには、華麗な模様が織り込まれ、置かれた家具も豪華で手入れが行き届いている。


「その辺の貴族よりお金持ちって言うのは、あながち間違ってないかも」


 私はつぶやき、屋敷の奥へと進む。


「あぁ、こちらに、いらっしゃいましたか」


 背後から声をかけられ振り向くと、整った髪型が特徴的な黒いモーニング姿の壮年男性がこちらに歩いてきていた。


「突然お声がけしてしまい、失礼致しました。バーミリオン伯爵家のシャーロット様でお間違いないでしょうか?」


「はい」


 私は警戒しつつ、答える。


「私はマーシャル家の執事をしております。サミュエル・フォーブスと申します。ヨシュア殿下の元へご案内するよう、お嬢様より言付けられております」


 低い声で丁寧に説明され、私は「助かった」と安堵する。


「では、ご案内いたします」


「ありがとうございます」


 サミュエル様は私を促すように歩き出す。


 外の喧騒とはうって変わり、静まり返った室内。サミュエル様と私の足音だけが響く静かな廊下を進む中、階段を上がり下りし、いくつも部屋を通り抜けていく。


 そしてついに私は、目的の部屋にたどり着くことができた。


「ヴァルトハウゼン様、バーミリオン伯爵家ご令嬢、シャーロット様をお連れいたしました」


 サミュエル様が部屋のドアをノックし、中に声をかける。


「ありがとう。彼女を中に。君はそのまま業務に戻ってくれ」


 ドアを少しだけ開け、マクシミリアン様は室内から、サミュエル様に告げた。


「かしこまりました。それでは、私はこれで」


 サミュエル様がその場を立ち去ると、「どうぞ中へ」とマクシミリアン様に声をかけられた。

 私は促されるまま、部屋の中に侵入する。


「……失礼します」


 そこはやはりというべきか、豪華な調度品に囲まれた広い空間だった。壁際には暖炉が設置され、そこにかかった大きな絵画は、部屋全体を明るくするような子どもが野原を走っている姿が描かれている。


 そして奥部屋の中央を陣取るソファーには、横になったヨシュア殿下の姿があった。


 赤く火照る頬に、荒い息。苦痛に耐えるかのような表情で、目は固く閉じられている。

 パッと見先程よりも症状が悪化していそうだ。


「すみません、こんな事をお願いするのは、大変恐縮なのですが、殿下の額をその布で拭って頂けますか?」


 ソファーの横に立つマクシミリアン様が、私に告げる。


「わかりました」


 私は言われるがままに、ソファーに横たわるヨシュア殿下に近寄る。そしてその場でしゃがむと、おそるおそる汗ばむ彼の額に布を当てた。すると、布越しでもわかるくらい、驚くほど彼が熱を帯びていることに気付く。


「これは、かなり高熱ですね」


 私は驚き、私の横に立つマクシミリアン様を見上げる。


「はぁ、はぁ、こ、この香り」


 すると、苦しそうな呼吸を繰り返すヨシュア殿下が、何かに気付いたかのように目を開けた。そしてとろんとした瞳で私を見つめると、彼は弱々しく手を伸ばす。


「ええと、大丈夫ですか?」


 私は反射的にその手を握り返す。するとヨシュア殿下は、手袋をした私の手に、あろうことか頬ずりをしはじめた。


「ちょ、ちょっと!」


「やはり、そうか」


 あまりの出来事に私が慌てふためく横で、マクシミリアン様が一人納得した声をあげる。


「あの、何とかして欲しいんですけど」


 私の手に頬ずりをし、うっとりとした表情を浮かべるヨシュア殿下。そんな彼の姿に困惑しながら、マクシミリアン様に助けを求める。


「なんて魅惑的な香りなんだ」


 突然ヨシュア殿下がその身を起こし、私の体を背後から引っ張りあげた。


「きゃあ!」


 あり得ない力に驚き、悲鳴をあげる私。


「す、まない。だけど、我慢、できないんだ」


 切れ切れとした吐くような、とてつもなく色っぽい声で、どこかで聞いた事があるような弁解を口にするヨシュア殿下。


 正直言葉と行動が伴っていない人ナンバーワンだよ、あなたって人はさ……。


「ヒッ」


 私は情けない悲鳴を連発する間に、殿下に背後から抱きしめられる形となる。つまり、彼の股の間にストンと腰を落とす格好で、ソファーに落ち着いたというわけで。


「ヒィィィイ」


 ヨシュア殿下は私の首筋に顔を埋め、停止した。


「……落ち着く」


「全然落ち着かない」


 私は涙目になりながら、必死に脱出を試みる。しかし、ヨシュア殿下の背後から伸ばされた腕が、ガッチリと私の腰に絡みつき、離れることができない。


「ちょっと、離して下さい」


「す、すま、ない。はぁ、はぁ」


 耳元で囁かれ、ゾクッとする。そして私は、以前これと同じような状況に陥った時の事を嫌でも思い出してしまう。


「もしかしてまた、媚薬を盛られたんですか?」


 私は咄嗟に閃き、何故かヨシュア殿下を放置するマクシミリアン様にたずねる。


「……たぶん」


 マクシミリアン様は、不自然な間の後に私の惨事から目を逸らしながら同意した。


「というか、何で私ばっかりこんな目に」


「申し訳ありません」


 マクシミリアン様は謝罪の言葉を述べた後、「実は……」と、言いづらそうに口を開く。


「殿下がこのような状況に陥るのは、二回目なのです。一回目はあなたも参加されていた、王城での舞踏会。そして二回目は今回です。その二回に共通するのは……」


「満月の夜ってことですね」


 私は探偵気分で得意げに告げる。


「いいえ、あなたです」


「え?」


 思いがけない解答に、私は愕然とする。


「な、なぜそんな事に」


「おそらく前回も今回も、貴方から香った匂いが原因だと思われます」


「でも、私は媚薬入りの香水なんてつけてないと思います。だってこの香水は……」


 家の裏庭。もしくは美術学校の花壇から少々拝借した花を元に、自分で安価に作成したお手軽な香水なのだから。


 そもそも香料の調合に必要な材料や道具は、一般的に入手可能なので、個人的に調合することは手間はかかるが難しい事ではない。


 もちろん、プロの調香師による香水の方が、日持ちもするし香りも抜群に良いものだ。ただしそういった高品質な香水は、高価なものと相場が決まっており、一般人には手の届く物ではない。


 よって貧乏伯爵家の娘である私は、蒸留器を使用し、水蒸気で花からエッセンスを抽出。


 それから、ローズウォーターと無水エタノールを混ぜた物の中に、エッセンシャルオイルを垂らした香水を自作している。よって、私が作る香水の中に、媚薬となるようなものは一切入っていないと断言出来る。


 しかしそれをここで暴露するのは恥ずかしい。

 一応貧乏だろうと、伯爵家に属する者だし。


「と、とにかく、様々な要因があって、私は香水を自分で作っています。だから媚薬は入ってないし、何なら騎士団に、私の香水を提出してもかまいません」


 私は疑われてはたまらないと、必死で訴える。するとマクシミリアン様は、困ったように眉を下げた。


「そこまでされなくて、大丈夫かと」


「どうしてですか?状況的に見て、私が媚薬を盛ったと、またもや疑われているんですよね?」


「そうでもないよ」


 突然会話に参加してきたヨシュア殿下。首元で喋るせいで、彼の息が私の髪にかかり、ゾクリとする。


「ち、ちょっと、そこで喋らないで下さい」


「ご、ごめん」


「だから喋らないで下さい。それに、意識がはっきりしてきたなら、もう離してもらえます?」


「それは無理」


「ええ!?」


「君からは、本当に、いい香りがするから」


 ヨシュア殿下が、うっとりとした口調で呟く。


「確かにあなたは、殿下が腑抜けてしまう現場に立ち会っている。しかも二回もだ。しかし、王城で行われた舞踏会、そして今回と両方に参加し、殿下と近い距離にいた者が、他にもいるんです」


「それって、殿下に媚薬を盛ったと疑わしき人が、私以外にもいるってことですか?」


 私の問いかけに、マクシミリアン様は頷く。


「だとすると、私への嫌疑は晴れたと思っていいのでしょうか?」


「あなたは殿下に媚薬を盛った犯人ではないと、私はそう思います。むしろあなたには、別の疑惑がかけられているという状況ですから」


 マクシミリアン様が、真剣な表情で私を見つめる。


「べ、別の疑惑ですか?」


 私は他に何かしただろうかと、不安になる。


「僕のツガイではないか、という疑惑だ」


 私の首元に顔を埋めるヨシュア殿下が、とんでもない事を口にした。


「はい?」


 私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「だから僕が君の香りに酔ってしまうのは必然。なぜなら、君は僕のツガイであって、魂レベルで惹かれ合う運命の人だから」


 しっとりとした声で告げられ、私はゆっくりと顔を横に向ける。するとそこには、熱を帯びた瞳で私を見つめる殿下の姿があった。

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