013 私は被害者です。でもお礼はします3
外から差し込む陽を、まるで独り占めしようとするかのように、しっかりと光を取り込めるように設計された大きな窓。
窓の先には、まるで一枚の絵画のような美しい景色が広がっている。
城壁の先。下に続く坂道を辿り、街並みを見下ろすと、広い街路が市街地の中心に通り、左右には美しい建物や教会が建ち並んでいるのが見えた。
遠くには、王国を見下ろす美しい山々が横に広がり、青くて広い空が無限に広がっている。
その美しい景色を邪魔しないよう、白で統一された椅子とテーブルセット。そこに私とヨシュア殿下は収まり、二人でガーデンパーティのような雰囲気を楽しんだ。
たいした会話を交わしたわけではない。むしろ、騎士学校でシリルがどんな風に過ごしているかといった、シリル中心の会話を交わしていたような気がする。
けれど、私とヨシュア殿下の共通の話題は、シリルしかない。むしろ「シリルよ、ありがとう」と、そんな思いを抱え、ヨシュア殿下と時間を共有した。
そして、あっという間に時は経ち、窓の外に広がる景色がオレンジ色に染まり、美しい夕焼け色に彩られる。
目の前に広がる夕暮れ時の何とも言えぬ美しい景色は、いつまでも眺めていたいほど。
しかし、そろそろお暇したほうが良さそうだと、私は話を切り上げる事にする。
「今日はとても楽しかったです。ここからの景色も切り取って持ち帰りたいほど、美しいものでしたし」
「ここから見下ろす景色全てに、僕には責任がある。美しければ美しいほど、それを守りたいと思う気持ちが湧いてくるんだ」
そう言って、遠くを見つめるヨシュア殿下の横顔は彫刻として残しておきたいほど、尊い美しさだった。
「殿下を描きたいな」
自然に漏れる言葉。
「え」
目を丸くした、ヨシュア殿下は私を見つめる。
そのあとハッとした表情になると慌てたように口を開く。
「じ、じゃあ。そ、その。君さえ良ければ、僕の肖像画を描いてくれないかな?」
「肖像画ですか?」
「そうだ。そ、そうなんだよ。それが言いたかったんだよ、僕は」
「?」
私は何が言いたいのかわからず首を傾げる。
すると、ヨシュア殿下はコホンと一つ、わざとらしく咳払いをすると、困ったような表情になった。
「実のところ、僕は今、世間で言う婚活中なんだ」
実のところどころか、多分国中が周知済みな情報を、なぜか勿体ぶって話し始めたヨシュア殿下。
よくわからないまま、とりあえず私は「まぁ、そうなんですね」と、話を合わせ頷いておく事にした。
「できたらツガイを見つけたい。でも一応、僕は王子だし、政治的なアレコレで他国の姫にも姿絵を送っているわけなんだけど」
言いづらそうに、視線を逸らすヨシュア殿下。
王族の結婚で一番優先されるのは、他の人と同じ、魂レベルで求めてしまうと言われる「ツガイ」の存在だ。そしてツガイが見つからなかった場合、政略結婚となる事が多い。
ただ、不思議と王族の皆様は、ツガイを発見する能力に長けているのか、軒並みツガイである人物を探し当て、生涯を仲睦まじく終える者が歴史的に見ても多い。
「つまり、殿下はツガイを発見できなかった時の事を考慮し、他国の姫に姿絵を贈っている。その際に贈る絵を私に依頼されるというお話でしょうか?」
口にして、流石に荷が重すぎる件だと気付く。
「ありがたいお話だとは思うのですが、ヨシュア殿下の将来を左右する絵になるわけですし、画家として実績もない、未熟な私には無理かと」
「確かに、今まで僕の絵を描いたのは、国内でも名を馳せた著名な画家なんだ。だけど何と言うか、まるで他人のように思えるんだ」
「他人みたい?」
私の問いに、ヨシュア殿下は眉間にシワを寄せながら答えてくれた。
「まず、目つきが違う。いつもならそんなふうに人を睨んだりしないのに、彼らが描く僕の目は強すぎるというか。あと、ポーズや角度も違う。何だか偉そうで、あんなに威張った感じではないと、個人的にはそう思っているんだけど」
どうやらヨシュア殿下は、画家と好みが合わない、もしくは、完成を目指す過程で意志疎通が上手くいっていないのかもしれない。
「ただ、彼らが悪いんじゃないんだ。絵としては素晴らしいものだと思うし。思いの外、頼んだ画家がみな張り切ってしまったというか。とにかく、君から見た僕の絵を描いてくれないかな?」
ヨシュア殿下は、私に頼み込んでくる。
けれど、私なんかがという思いは拭いきれない。
「写真を送ったらどうですか?」
私は画家の卵としてあるまじき、提案を口にする。
「写真はさ、ありのまますぎるから」
恥じる様子でボソリと告げられた。
確かに写真は、良くも悪くも嘘偽りのない自分が映し出されてしまう。
一方、絵画は画家独自の解釈や表現に基づいて描かれるため、写真とはそもそも写実性が異なるのが特徴だ。
それに写真は機械を使用し記録されるものを指すけれど、絵を描くには様々な手法が使用される。だからこそ、色彩、筆致、構図などが組み合わさり、作品に独自の魅力や深みを与える事もできる。
そもそも絵は画家の創造性や想像力に大きく依存するもの。そのため描き手は自由に描写することができ、観客の想像力を刺激することができる。しかし写真は現実の瞬間を捉える事が得意なため、創造性や想像力の余地は比較的少ないという風潮だ。
写真の台頭により、画家が仕事を奪われる。そうならないのは、まさにその点だろうと個人的には感じている。
もちろん絵に比べ写真が劣るという事ではない。
現実の風景や人物を絵より忠実に表現することができるし、被写体の動きや表情、光の瞬間など、一瞬のうちに変化するものを正確に収めることができるため、瞬間の美しさや感動を伝えられるという利点がしっかりあると思う。
だからヨシュア殿下が口にした、「写真はありのまますぎる」という言葉は、確かに的を射ている。きっと彼は写真に映る自分が、本来望む自分と違うので嫌なのだろう。
誰もが羨む容姿を持っているのに。
ただ、そう思うのは私が本人じゃないから。
「だめかな?」
コテンと首を傾げるヨシュア殿下。
あざといし、可愛いし、つい「了解です!」なんて言いたくなる。
けれど、国の未来を決めかねない、大事な肖像画を本当に私が描いていいのか。
女性である私に描かせた事で、ヨシュア殿下が男性優位な社会で馬鹿にされないか。
その辺りも心配だ。
「本当に私でいいのですか? 女性の絵描きに描かれるなんて、嫌じゃないんですか?」
私はどうしてもそう聞き返さずにはいられなかった。
「なんだ。君は周囲から僕が馬鹿にされる事を心配してくれてたんだ」
ヨシュア殿下はホッとした様子でニコリと微笑む。
「僕は君に自分を描いてもらいたいんだ。だめかな、きちんと謝礼を出すし」
謝礼と言う魅力的な言葉が飛び出し、私の迷いは消し飛んだ。
「ヨシュア殿下、その話承りました。誠心誠意、命をかけて殿下の肖像画を描かせてもらいますわ」
頼まれた案件にまつわるアレコレをすっかり蹴散らし、私は前のめり気味に了承したのであった。