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012 私は被害者です。でもお礼はします2

 私と王妃殿下が話している現場を目撃したヨシュア殿下。彼は顔を真っ赤にすると、王妃殿下の背中を強引に押してサロンから無理やり退出させてしまった。


 その姿を眺めていた私は、何でもかなえてもらえそうな王子殿下でも「反抗期はあるんだ」と、意外な事実に驚いていたのだが。


 ヨシュア殿下は肩で息をしたのち、くるりと振り返った。


「今のは母の勝手な妄想なんだ。全て忘れて欲しい」


 よくわからないが困った表情で言い切った。


 どうやら先程王妃殿下が私のことをヨシュア殿下のツガイだと、堂々と探りを入れてきた事を指しているようだ。私としても殿下のツガイだなんて疑われたら困る。


「わかりました。面倒そうなので忘れます」


 私が素直な気持ちを伝えると、ヨシュア殿下はホッとした顔で、ようやく微笑んだ。


 その瞬間、殿下からキラキラとした光の粒子が放出され、混乱し微妙な空気が漂っていた部屋の中が一気に明るくなる――そんな気がした。


 ヨシュア殿下には色々と問題アリだけれど、彼の笑顔は周囲の視線を虜にする、素敵な笑顔だ。私は是非この笑顔をスケッチしたいと感じ、瞬きも忘れて詳細に彼を観察し始める。


 王妃殿下譲りの美しい金髪は、柔らかな光を受けて輝いていた。その色白な肌は、透明感があり、この部屋の誰よりも際立っている。彼が笑うと目尻が微かに下がり、可愛らしく穏やかな印象で、無害な生物だという印象をこちらに与えてくる。


 彼の美しい青い瞳は、碧い海のような深さを持ち、まるで海底まで透けるんじゃないかと疑ってしまうくらい、綺麗に澄み切っている。


 彼の鼻は顔の中心で誇らしげにそびえ立っていた。その鼻筋はまっすぐで均整が取れ、端正な形状が周囲の要素と調和して、人の目に自然に映り込んでくる。


 彼の口元は穏やかでありながらも魅力的。微かに曲がった唇が品のある印象を感じる。


「まさか黄金比が隠されているのかしら」


 私は人間が最も美しいと感じるとされる縦横の長さの比率が彼の顔の中に隠されているに違いないと確信し、まるで彫像を前にした時のように、ヨシュア殿下から受ける印象をじっくり観察する。


「そ、そんなに見つめられると、恥ずかしいのですが」


 真っ赤になりこちらに訴えかけてくるヨシュア殿下に、「まずい、これは生身の人間だ」とようやく自分が不躾な視線を彼に送りまくっていた事に気付く。


「あ、今日はお時間を取って下さり、ありがとうございます」


 私は慌てて淑女の礼を取り、不敬な態度の挽回に励む。


「そんなに畏まらないで。毎回、毎回、迷惑をかけているのは僕の方だから」


「確かに……あ、いえ。独り言です」


 私は手にしていた、布に包まれる小さなキャンバスを扇子代わりにして口元を隠す。


「それは?」


 ヨシュア殿下が、私の持つキャンバスに視線を移す。


「これはこの前のお礼です」


「お礼?」


「麗しの彼氏アポロン様の写生大会と、コリン様の講義と、あと素敵なお茶会の」


「コリンはあいつが勝手にしたことだし、そもそも僕が悪いのであって」


「でも、シリルに言われたので」


 私はニコリと微笑む。するとヨシュア殿下が眉間に皺を寄せた。


「……シリル?」


「はい。私の双子の兄、シリルです」


「それは理解しているけど。なるほど、彼に言われたから、今日は約束してくれたんだ」


「はい」


「……」


 あからさまにがっかりした様子で俯く殿下。


 まさか私が自主的に来ると思っていたのだろうか。そっちの方が驚きなんだけど。そう思った私は口を開く。


「あのう、確認なんですけど」


「ん?」


「今回の件の被害者は私ですよね?」


 私は再度、しっかりと主張しておく。


「も、勿論そうです。僕が加害者で、あなたは被害者。ただ、媚薬を盛られたのであって、故意に君を襲ったというわけではなく、その、確かに酷い事をした自覚はあるのだけれど、それは不可抗力というか、その、もしかしたら、媚薬は盛られたけれど、万が一の可能性としてツガ……」


 ヨシュア殿下は、必死に弁明してくる。


 私は、もじもじしながら弁明するヨシュア殿下の話が長くなりそうだし、明らかに「ツガイ」という言葉を発しそうだったので、手にしたキャンバスを包んでいた布をペロリと剥がす。


「こちらよろしかったら、受け取ってください」


 満面の笑みで絵を差し出した。


「…………っ!!」


 絵を見たヨシュア殿下は、言葉にならない声を上げ、そのまま硬直してしまっている。


「どうかしました?あ、もしかしてお気に召さなかっ」


「……っ、そ、そんなことないです。すごくいい。いや、いいは普通すぎますね。こういう時、何と表現すれば良いのか。僕はそもそも美術にあまり造詣が深くはないし、うまく表現出来ないのですが、その、素晴らしいと思う気持ちは本当であって――」


 ヨシュア殿下は、壊れた時計の針がグルグル回る感じで「うまく言えないけれど、凄くいい」を何度も繰り返し、喋り続けている。


 目の前の彼は、何となく気の利いた言葉を言わなくてはと、相当無理しているように思えた。


 そんなに頑張って褒めてくれなくてもいいし、感じたままを言って貰えた方が、私にとっては嬉しい事だ。どんな意見でも私を成長させる糧になるはずだから。


 たとえそれが批判的な意見だとしても。


 私は手にした自分の絵を、もっとヨシュア殿下に見やすいように立てて持つ。


「これ、どこの景色だと思いますか?」


「ん、城下だと思うけど」


「城下のどこだと思いますか?」


「そうだな、西地区の路地裏かな」


「うわ、大当たりです」


 私が素直に驚くと、ヨシュア殿下は微笑んだ。


「この夕陽の見え方、僕も知ってるから」


 嬉しそうな表情で明かす殿下を、私は意外に思う。


 なぜなら、私が殿下に贈呈した絵に描いた場所は、城下の西地区。スラム街とまではいかないが、裕福でもない。この国で一番人口が占める割合が多いと思われる、標準的と言われる階級の人達が集まる地区を描いたものだったから。


 そんな場所に、高貴なお方が足を運ぶだなんてと、正直驚いた。


 絵の中に描き込まれているのは、古い石造りの家々が建ち並ぶ細い路地。


 壁には蔦が這い上がり、屋根には煙突から煙が立ち上っている。日が暮れる時間帯で、空には橙色のグラデーションが広がり、街灯が灯り始めだ瞬間。


 街が徐々に夜へと移り変わっていくその瞬間が、切り取られ描かれているもの。


 路地裏では母親らしき人物が井戸端会議にうっかり花を咲かせている。その脇で母のスカートを握りしめた小さな子が、路地をすり抜ける猫を視線で追っているという絵。


 特段美しい風景ではない。むしろ何の変哲もない、ただの日常だ。けれど、変わらない日常の中にある普遍性の美しさ。それを私は追求したいと思っている。


 その美しさは、財産の有無に限らず、誰しもが意識すれば感じる事のできる幸せだから。


 日々追われる中で、ふとした瞬間に自分を取り巻く小さな幸せに気付きたいし、感謝したい。


 誰かに伝えた事はないけれど、私は常々そう思っている。


「綺麗な夕焼けが見たいから、丘の上に登る。そこから見る夕焼けは確かに綺麗です。けれど、こうやって路地裏からふと見えた夕焼けも、同じくらい綺麗だと思うんです」


 プレゼントする絵について、私は軽く説明する。


「わかる。特段代わり映えのない日々を、退屈だと言う者もいるけれど、変わらぬ日々を送れたこと。それが実は、地味だけど一番幸せなことなんだ」


 ヨシュア殿下は絵を見つめていた視線を、私に移動させる。


「市民が毎日変わりない日々を送れること。それは僕が生涯をかけて目指するものであるからさ」


 ヨシュア殿下の瞳の色が、強く輝く。


 意外にもふんわりと、どこか頼りなさそうに見える普段の雰囲気からは想像出来ないくらい、彼は大きな視野でこの国の未来を考えているようだ。


 そして、変わらぬ日々が幸せという考えは、私と同じ考えだったので素直に嬉しくなる。


「素晴らしい絵をありがとう」


 改めて言われると恥ずかしい。けれど、私の自信作でもあるので、喜んでもらえて嬉しい。


「殿下、そろそろシャーロット嬢と、ゆっくり座ってお話をなさった方がいいのではありませんか?」


 マクシミリアン様が遠慮がちに、ヨシュア殿下を促す言葉を発する。


「た、確かにそうだね。悪い、マクシミリアン。この素晴らしい絵を僕の部屋に運んでおいてくれないか?」


「かしこまりました。すぐに手配致します」


 私の絵は、マクシミリアン様の手によって運ばれていく。そして外に控える別の騎士服を着た近衛騎士に私の絵は託された。


 この感じだと、しばらくは灰にされずに済みそうだ。


 私は内心ホッとする。


 気に入らなかったら燃やせばいい。そう思った事は嘘ではない。嫌いな絵を飾るなんて地獄でしかないから。


 けれど製作者としては、想いを込めて描きあげたもの。だからどれも我が子のように大事に思う。むしろそう思える作品だから、人目に晒せるとも言える。


 そんな大切な我が子を燃やされるのは、やっぱり悲しみしかない。だからヨシュア殿下の対応に実のところ私は、心から安堵しているという状況だ。


「今日は天気が良いから、バルコニーでお茶をしようと思うんだ。どうかな?」


「いいですね。景色も楽しめそうですし」


 ヨシュア殿下と私はバルコニーへ足を進める。


「君が何を好きなのかわからないから。とりあえず知り合いに勧められるまま、用意したんだ」


 バルコニーに置かれたテーブルの上。銀の皿の上には、いつぞやと同じ。


 マーシャル商会と王室がコラボしたお菓子が、お行儀良く、しかも恐ろしくたくさん並んでいたのであった。

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